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第2章 氷の王子と消えた託宣

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     ◇
「しっかりつかまっていろ!」

 ジークヴァルトに抱え上げられたまま、夜会の混乱の中を進む。

「エーミールは憑かれた貴族を、エマはそれ以外の者たちの避難の誘導に回れ」

 その言葉にそれぞれが動き出す。エラやフーゴたちとはいつの間にかはぐれてしまった。ニコラウスは王子が襲われているのを見て、一目散にそちらへと走っていった。

「フーゲンベルク公爵!」

 騎士服姿のキュプカー侯爵が駆けてくる。夜会には貴族としてではなく、警備の総責任者としてこの場にいたキュプカーだった。

「キュプカー隊長、これは異形の仕業だ。錯乱している者は可能な限り怪我を負わせないでくれ」
「異形の者が?」
「行動がおかしいものは極力特務隊に対応させた方がいい。王太子殿下にはカイがついている。隊長は避難の指示を優先してほしい」

 キュプカーは力ある者ではない。異形の存在は近衛騎士の隊長として認識しているが、その姿が視えるわけではなかった。

「了解した」

 こういう事態では適材適所だ。総責任者とは言え臨機応変に動けなければ、人命を失うことになる。キュプカーはジークヴァルトの指示通りに、逃げ惑う人だかりへと向かっていった。

 リーゼロッテを抱えたまま、人波を縫うようにジークヴァルトは大股で進んでいく。壁際へ辿りつくと、下げられた厚いカーテンをまくり上げ、ジークヴァルトは乱暴に壁を蹴り上げた。

「ジークヴァルト様!」
「しゃべるな、舌を噛む」

 蹴りつけた壁が扉のように開く。そこを通り抜けると王城の廊下へと出た。扉の存在はカーテンがあるおかげで誰も気づいていない。いわゆる隠し扉というやつだろう。

「あの、ヴァルト様、どちらへ」
「はじめの控えの部屋に戻る。あそこなら異形は近づけない」
「でしたらみなも……」

 自分たちだけ先に安全な場所へと行くのはためらわれた。あの部屋が安全というなら、ほかの者にも教えるべきだ。

 廊下の向こうに貴族の男がいるのが視界に入った。黒いモヤを纏い、うつろな瞳でぼんやりと立っている。しかし、ふたりの姿を認めるや否や、突然奇声を上げてこちらへと向かってきた。

「きゃあっ」

 ジークヴァルトの首にしがみつく。その男をギリギリで避けたジークヴァルトは、その首筋に一撃を食らわせる。力を込めた手刀は、あっけなく男を昏倒させた。

「お前とオレとでは、異形の標的にしかならない」

 そう言って再び大股で歩き出す。自分たちの存在が周りに被害を与えることを悟り、リーゼロッテは抱きつく腕にぎゅっと力を入れた。

(異形たちがおびえている……)

 見回すと、廊下にいる弱い異形の者たちが、これ以上ないほど気を荒立てている。その様は恐怖に震え、周囲を懸命に威嚇する子猫のようだ。広がる不穏な気配も相まって、リーゼロッテの胸は締めつけられるように苦しくなった。

「同調するな!」

 強く言われてはっとなる。異形の心に飲まれないよう息を吐く。ぎゅっと目をつぶり、包んでいるジークヴァルトの力の気配だけに意識を集中させた。

「絶対にここを動くなよ!」

 突然下に降ろされる。床に手をついたジークヴァルトは、リーゼロッテの周りに円状に力を施すと、背後から襲ってきた近衛の騎士に振り向きざま体当たりをくらわせた。
 騎士の体を禍々しいモヤが覆っている。異形に憑かれているのだと悟るも、リーゼロッテは恐怖でその青い円の中から動けない。

「ヴァルト様!」

 目の前でもみ合うジークヴァルトは夜会仕様で丸腰だ。剣を片手に襲い掛かる騎士を前に、苦戦を強いられていた。力を込めた拳を叩きつけ、ようやく近衛の騎士の体が床へと沈みこむ。

 間髪置かずにジークヴァルトは、転がりながら落ちていた剣を拾い上げた。いつの間にか現れた別の騎士の一振りをその頭上で受け止める。
 がきんと火花が散り、押し合うように対峙する。眼前で繰り広げられる死闘に、床にへたり込んだままのリーゼロッテはなす術もなかった。
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