ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
363 / 528
第2章 氷の王子と消えた託宣

第26話 陰謀の夜会 –中編-

しおりを挟む
【前回のあらすじ】
 リーゼロッテが新年を祝う夜会に向けて準備を進める中、アデライーデに振り回され気味なエーミールとニコラウス。
 紅のしるしをもつ女を女神とあがめるミヒャエルは、国家転覆をたくらみます。
 そんな中、舞台は夜会の会場へと移り、リーゼロッテはジークヴァルトと共にファーストダンスを踊ることになるのでした。




 貴族たちが見守る中、ジークヴァルトにエスコートされてダンスフロアへと進んでいく。先を行くのは王と王妃だ。ふたりがフロアの中央に立つ姿を確認し、左の空いたフロアへと移動する。後に続いていた王子と令嬢姿のカイは、右隣りへと進んでいった。

 自分たちの姿に不躾な視線が向けられたが、令嬢を連れた王子が姿をあらわすと、フロア全体がどよめくのが分かった。王の登場に静まっていたその場が一転、囁き声でうめ尽くされていく。

 騒然とした雰囲気のまま、オーケストラの演奏が始まった。まずは王と王妃が踊りだし、一節置いてからリーゼロッテも最初のステップを踏み出した。

(今はダンスに集中しなくちゃ)

 なぜ自分たちがこの場で踊ることになったのか。詳しい理由は分からないが、王子の態度を見ると、自分たちの存在がこの場に必要だったのかもしれない。それは王子とカイにばかり注目がいかない様にするための、話題提供のようなものだろうか。

 なんにせよ、今ここで自分が踊っているのは、ジークヴァルトがいてこそだ。公爵である彼は、王族と並ぶにふさわしい立場と言えるだろう。

(ジークヴァルト様に恥をかかせるわけにはいかないわ)

 夜会用の高いヒールにも随分慣れた。新しい靴に靴擦れの痛みを感じるが、今は気合で乗り切るしかない。

(いでよ! アドレナリン!)
 優雅にターンを決めながら、そんな言葉が脳内をこだまする。幸い、フロア内に異形の者の姿はなかった。広いスペースの中リーゼロッテは、ジークヴァルトと見つめ合いながらのびのびと踊った。

 やがてワルツは終わりを告げ、リーゼロッテはジークヴァルトと向かい合わせになって互いに礼をする。

(やっぱりヴァルト様とはすごく踊りやすいわ)
 少しばかりステップが乱れても、ジークヴァルトがさりげなくフォローしてくれる。息の合ったダンスというよりは、息を合わせてくれているといった感じだろうか。

(かゆい所に手が届くダンス、というのもアレかしら?)

 何かほかに適切な表現はないものかとリーゼロッテが小首をかしげた時、いつの間にか壇上に登ったディートリヒ王から、夜会開始の宣言がなされた。

「過ぎる年に感謝し、来るべき新年を祝う夜会の始まりだ。今宵ばかりはすべての憂いを忘れ、存分に楽しむといい」

 重い声が響くとわっと歓声が上がり、貴族たちは思い思いに動き出す。ダンスフロアにも人がなだれ込むが、一目散にハインリヒ王子に向かっていく一団が目に入った。

 ハラハラしならその動きを目で追っていくと、王子とカイは既に壇上にいた。王と王妃の座る玉座の斜め後ろに立ち、耳元で何かを囁き合っている。しばらくすると、王子はカイを丁寧にエスコートしながら、王族専用の扉を出ていった。

(よかった……王子殿下は無事に退場されたみたい)

 この人だかりに囲まれでもして、誰か女性が王子に触れるような事態に陥ったら、どんな惨事になるか分からない。今まで王子は、さぞかし気が休まらない日々を送ってきたのだろう。今さらながらにそんなことを思った。

「抱くぞ」
「え?」

 不意に耳元でそう言われ、リーゼロッテの体が浮き上がる。

「なな何をなさるのですか」
「お前、足を痛めているだろう。隠してもわかるぞ」

 周囲にいる貴族の視線が刺さる。抱き上げられたこの状況を回避するには、一体どうしたらいいのだろうか。そんなことを考えるも、ジークヴァルトはお構いなしに歩き出した。

 リーゼロッテを横抱きにしたまま、ずんずんと進んでいく。そんなジークヴァルトを前に、驚き顔の貴族たちが次から次に道を譲っていった。
 恥ずかしさのあまりその首筋に顔をうずめる。足は痛いには痛いが、歩けないほどではない。なんとか降ろしてもらおうと、リーゼロッテは青い瞳を覗き込んだ。

「ヴァルト様……わたくし歩けます」
「なるべく目立つように言われている。堂々と顔を上げていろ」

 逆に耳もとで囁かれてしまう。やはりこれは王子に注目がいかないための陽動作戦なのだ。命令とあらば、自分もそれに従うしかないだろう。
 覚悟を決めてリーゼロッテはその顔を上げた。すれ違う貴族たちに物珍し気に見つめられて、客寄せパンダの気分になってくる。

(もういいわ! やるならとことんやってみせるわ!)

 開き直って、これ以上はないというくらいの渾身の淑女の笑みを作った。夜会で抱き上げられて、ニコニコ笑っている令嬢など前代未聞だろう。こうなったらジークヴァルトも道連れだ。王族の命令ならば、恥もまるごと一蓮托生ということだ。
 甘えるようにぎゅうっとしがみつく。しあわせそうな笑みを作り、目が合った貴族には思いっきり微笑み返してみせた。

 笑顔を向けた貴族は、みな示し合わせたようにさっと目をそらしていく。ジークヴァルトはジークヴァルトで、見せつけるようにあてどもなく会場の中を練り歩くものだから、珍獣を見るような視線に次から次へとさらされた。

 だがそんな痛い視線にも次第に慣れてくる。気分がおかしな方向にハイになり、最後の方はなんだか楽しくなってきてしまった。

(出てるのはアドレナリンというよりエンドルフィンかも……)

 どうせ目をそらされるならばと、笑顔を大盤振る舞いしながら、そんなことを思う。しかし、みなが目をそらすのは、リーゼロッテが微笑みかけた者たちを、ジークヴァルトが眼光鋭く睨みつけるからだ。

 リーゼロッテのこの笑顔は、実のところ淑女の鏡だと大絶賛を浴びていた。のちに淑女教育のお手本となり、リーゼロッテスマイルとして後世まで語り継がれるなど、本人は知る由もない。

 行く先に見知った者たちの姿を認めると、珍獣行脚あんぎゃもようやく終わりを告げた。フーゴとクリスタの前で降ろされて、リーゼロッテはようやく息をつく。

「やあ、リーゼロッテ。元気そうで何よりだよ」
「ふふ、ジークヴァルト様と仲良しさんで安心したわ」
「お義父様、お義母様……その、今日はお会いできてうれしいですわ」

 行脚への突っ込みがないため、かえって返答に困ってしまった。ニコニコ顔の両親の後ろにジルケとアンネマリーの姿が見える。

「アンネマリー! ジルケ伯母様も」

 小走りで駆け寄るも、ここは夜会の会場だ。いつものようにハグし合うわけにはいかないので、リーゼロッテはふたりの前で淑女の礼をとった。

「ジルケ伯母様、ご無沙汰しております。アンネマリーも会えてうれしいわ」
「リーゼロッテも元気そうね」

 アンネマリーは少し複雑そうな顔をして微笑んだ。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...