ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

第25話 陰謀の夜会 –前編-

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【前回のあらすじ】
 エラに異形の者と龍の託宣の存在を告げたリーゼロッテ。龍に目隠しをされることなく、ひと通り話すことができ、安堵の涙を流します。
 泣き虫ジョンとカークの無事をジークヴァルトから知らされ、年末の夜会に向けて準備を始めることに。
 そんな中、ひとりラウエンシュタイン公爵家へと向かったイグナーツを待っていたのは、静かに眠りにつくマルグリットの姿なのでした。





 夜会のドレスの仮縫いを終えて、リーゼロッテは一息ついていた。今度の夜会は王城で開催されるものの、白の夜会ほどは大規模なものではない。
 とはいえ、新しい年を迎えるお祝いのような舞踏会であるため、社交好きの貴族の大半は参加する。大みそかから年明けの翌日まで夜通し行われる夜会は、冬の間雪に埋もれるこの国の貴族たちにとって、唯一にして最大の楽しみと言えた。

「先ほどのドレスはとっても不思議な織物でしたねぇ」
「ジルケ伯母さまに頂いた隣国の絹織物なのよ」

 興奮気味のベッティは、不思議な光沢を放つあの生地がいたく気に入ったようだ。

「アンネマリー様も同じ織物で、ドレスを仕立てておられるそうですね」
「そうなの! 白の夜会ではアンネマリーに会えずじまいだったから、次の夜会が待ち遠しいわ。アンネマリーのドレス姿もきっと素敵ね」

 リーゼロッテがうれしそうに両手を合わせると、エラとベッティは互いに目を見合わせた。白の夜会でアンネマリーが、王妃に贈られた宝飾とドレスを纏っていたことは、今でも社交界で話題になっている。

 クラッセン侯爵令嬢は王子の不興を買った。もはやクラッセン家に未来はない。そんなうわさ話に花が咲いたかと思うと、いや、彼女は王妃のお気に入りである。王太子妃候補はクラッセン侯爵令嬢が有力だ。そんな風に吹聴する者も多くいた。白の夜会を途中で抜けたリーゼロッテの耳に、その話は届いていない。

「クリスタお義母様とジルケ伯母様も、結婚前はよくおそろいのドレスで夜会に行ったそうよ」
「亜麻色の髪の姉妹として、おふたりは社交界で名をはせていらっしゃいましたからね」
「わたくしね、貴族名鑑で若い頃のお義母様たちの絵姿を見たの。ジルケ伯母様はアンネマリーそっくりだったわ」
「先日カイ坊ちゃまと調べ物をしていた時ですかぁ?」
「ええ、そうよ」

 ベッティはあの日、同じ書庫の中で控えていた。考えてみたら、ベッティはあの頃からリーゼロッテを守っていたのかもしれない。

(でも、エラには黙っておいた方がいいかしら……)

 エラも『カイ坊ちゃま』のワードに首をかしげている。そうなるとエラにはカイとベッティが兄妹である事実は伝えていないのだろう。そう思ってリーゼロッテは話題を戻すことにした。

「ジークヴァルト様は幼くて、とても可愛らしかったわ」
「まあ、公爵様が」

 エラが目を丸くする。可愛らしいジークヴァルトなど、なかなかに想像し難いものがある。

「アンネマリーは赤ん坊の頃から髪がふさふさだったわ。わたくしなんて産毛がちょっと生えているくらいだったのに」
「お嬢様の赤ん坊姿……きっと天使のようだったのでしょうね。その頃にお会いできなかったことが本当に残念です」
「わたくしが生まれたばかりの時は、エラだってまだ小さいじゃない」

 くすくすと笑いあっていると、部屋にエマニュエルがやってきた。

「リーゼロッテ様。もしよろしければ久しぶりにお話がしたいと、アデライーデ様がサロンでお待ちです」
「アデライーデ様がお帰りになっているの? すぐにお会いしたいですわ」

 アデライーデと会うのは白の夜会以来だ。リーゼロッテはふたつ返事でアデライーデの元へと向かった。

 エマニュエルに連れられて、エラとベッティと共にサロンへ行くと、そこにはドレス姿のアデライーデにエーミール、それに知らない王城騎士の青年がいた。

「お姉様、ご無沙汰しております」
「リーゼロッテ、あなた、バルバナス様にたいへんな目にあわされたそうね」

 ハグし合ったまま頭を撫でられる。

「いえ、王兄殿下には何も……」

 おとといの騒ぎは、自分が勝手に力を使い果たしてしまっただけだ。むしろジョンに会いに行けたのは、リーゼロッテにしてみれば僥倖ぎょうこうだった。バルバナスに呼ばれなかったら、自分は今も王妃の離宮にいたに違いない。

「もう動きまわって大丈夫なの?」
「はい、昨日ゆっくりと休ませていただきました。ジークヴァルト様にも、カークを連れて行けば自由にしていいと言われていますわ」
「そう」

「何すか? ソレは……」

 声の主を見やると、ぽかんと大口を開けた王城騎士がカークを指さして固まっている。

「これは不動のカーク。リーゼロッテの護衛みたいなものよ」
「不動って……めっちゃ動いてるし」

 何と説明すればよいものかと、リーゼロッテが困ったような顔をした。

「ああ、この騎士はニコラウスよ」

 アデライーデに騎士を紹介されて、リーゼロッテは優雅に淑女の礼を取った。

「お初にお目にかかります。リーゼロッテ・ダーミッシュと申します。ニコラウス様は、もしやブラル伯爵様のご血縁の方でいらっしゃいますか……?」

 どこかで見覚えのある見事なたれ目だ。王城の廊下で出会った宰相を思い出し、リーゼロッテは可愛らしく小首をかしげた。

「ふわぉ! うわさのダーミッシュの妖精姫っ!」
「ニコ、あなた、聞かれたことにはちゃんと答えなさいよ」
「あだだだだだだっ!」

 アデライーデがニコラウスの尻肉をぎゅっとつまみ上げた。

「アデライーデ、おまっなんてことを……!」

 尻をさすりながら涙目のままニコラウスが言うと、横にいたエーミールがいきなり抜き身の剣先を突き付けた。

「貴様! アデライーデ様を呼び捨てにするなど一体どういう了見だ!」
「おわっ」
「やめなさい、エーミール。いいのよ、騎士団でニコは一応わたしの上官の立場なんだから」

 アデライーデの言葉に、エーミールがしぶしぶ剣を収めた。一歩飛びのいたニコラウスは、マジで危なかったとつぶやきながら胸に手を当てている。

(ニコラウス様はなんだか賑やかな方ね)

 そんなことを思いながらアデライーデの顔を見やる。化粧で薄くはなっているが、右目の上下にかかる傷が目に入った。王子の話を思い出して、リーゼロッテは無意識に瞳を伏せる。

「リーゼロッテ?」

 気づかわし気に呼ばれ、リーゼロッテははっと顔を上げた。傷を負った経緯を知ったところで、自分に何ができるわけでもない。以前とかわらずにいるしかないのだ。そう思いなおすと、アデライーデに微笑んだ。

「お姉様は新年を祝う夜会にはお出になられるのですか?」
「今年も欠席の返事を出しているはずよ」

 夜会の招待などは、すべてバルバナスに任せてある。今まではそれでかまわないと思っていたが、今後は自分で管理できるようにしなければ。

「どうやって説得しようかしら」

 あのバルバナスが素直に頷くはずもない。アデライーデが肩をすくめると、リーゼロッテが不思議そうな顔をした。

「なんでもないのよ。今日は久しぶりにゆっくり話しましょう?」
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