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第2章 氷の王子と消えた託宣

第24話 石の牢獄

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【前回のあらすじ】
 雪が降りしきる中、ウルリーケに会いに行ったアデライーデは、自分の人生を歩んでいこうと新たな決意をします。
 一方、王都に戻ってきたイグナーツの元に向かうカイ。いなくなったルチアの居場所を問い詰めるも、イグナーツはどこ吹く風で。
 グレーデン家の異形の調査がニコラウスの手で夜通し行われる中、ひょんなことからエーミールもまたそれに協力するのでした。





 話し終えるまで、エラは口をはさむことなく黙って聞いていた。自分でも荒唐無稽こうとうむけいだと思えるような内容だ。それでもエラは、言葉のひとつひとつを聞き逃さないかの様に、最後までじっと耳を傾けてくれていた。

「では、お嬢様が昔からよくお転びになっていたのは、異形の者が原因ということですか?」

 深く頷いたリーゼロッテを前に、エラは痛ましい顔をする。

「でも、もう大丈夫なのよ。このジークヴァルト様の守り石があれば、異形たちは寄ってこられないから」
 胸の守り石を手に取ると、応えるようにその青がゆらめいた。

「今も異形の者はいるのですか?」
「そう言えば、この部屋ではほとんどみかけないわね。お屋敷の廊下やサロンにはたくさんいるけれど」

 部屋の中をきょろきょろと見回すエラに、リーゼロッテも同じように辺りを見回した。公爵家のあてがわれた部屋で、ソファに座って話をしている。人払いをして、今はエラとふたりきりだ。

「わたしにはどうあっても視えないのですね。なんて役立たずなのでしょうか……」
 落胆した様子で、エラは悲しそうにため息をついた。

「そんなことはないわ。エラは無知なる者だから」
「無知なる者?」
「お義父様やお義母様、それにルカもそうなのだけれど、無知なる者は異形が悪さをできない人のことを言うの。だからエラが一緒にいてくれるだけで、異形たちは近づいて来ないのよ」
「わたしでもお嬢様のお役に立てるのですか?」

 瞳を輝かせるエラに、頷いて笑顔を返す。見つめ合ったまま、リーゼロッテの瞳は次第に潤んでいった。

「こんなおかしな話をしているのに……エラは、わたくしの言葉を信じてくれるのね」

 異形が視えるなどと言い出して、気がふれたと思われても仕方のないことだ。だが、エラは疑うことなくすべてを受け入れてくれた。

「お嬢様が嘘をおっしゃるはずはありません。むしろ、お嬢様の苦しみをずっと知らずにいた自分に腹が立っているくらいです」
「ありがとう、エラ」

 ほっとしたら涙が溢れて止まらなくなってしまった。リーゼロッテの手を取って、エラも涙ぐんでいる。

「あと……わたくしとジークヴァルト様の事なのだけれど」

 この先を話せるかどうかはわからない。龍に目隠しをされるのなら、それはそれで仕方がないと、リーゼロッテはどうにか流れ出る涙を押しとどめた。

「エラはこの婚約は王命だと聞いているでしょう?」

 神妙に頷くエラに、リーゼロッテは意を決したように口を開いた。

「この国は、龍から託宣を賜ることで、平和な世を築いているの。わたくしがジークヴァルト様の相手に選ばれたのも、龍の託宣を受けたからなのよ」
「龍の託宣、でございますか?」
「わたくしの胸に丸いあざがあるでしょう? あれは龍から託宣を賜ったあかしなの」

 頷き返しながら自身の胸を両手で押さえる。

「生まれつきのあざは龍の祝福と言われているけれど、この託宣の証は龍のあざと呼ぶのだそうよ」

 目隠しされることなく託宣の存在を話すことはできた。そう安堵するも、さすがのエラも目を丸くしている。

「信じられないのも無理はないと思うけれど……」
「それではお嬢様も公爵様も、国の守護神である青龍に選ばれた方ということなのですね」

 感嘆交じりのエラの言葉に、リーゼロッテは少し困ったような顔を返した。

「そうね……そういうことなのでしょうね」

 自分も、ジークヴァルトも、龍によって選ばれた。それがゆえに、どんなにお荷物だろうと、ジークヴァルトはこの自分を放り出すことも叶わない。

「お嬢様……公爵様のことで、何かお悩みがあるのですか?」

 気づかわし気に問うエラに、リーゼロッテは小さくかぶりを振った。

「ジークヴァルト様は本当におやさしい方よ。さっきも話したように、わたくしね、異形をはらう力は持っているの。だけれど、それがうまく使いこなせなくて、いつもジークヴァルト様にご迷惑ばかりおかけしてしまって……」

 きゅっと唇をかみしめる。昨日の裏庭での出来事も、途中で記憶が途絶えている。自分の体から抑えきれないほどの力があふれ出たところまでは覚えているが、今朝、気づいたら公爵家のいつものベッドの上だった。
 エラにクッキーを食べさせてもらいながら目覚めたと言うことは、また力を使い果たして倒れてしまったのだろう。

 あの後、ジョンとカークがどうなったのか。すぐにでもあの裏庭に行って確かめたい。そうは思うが今の自分では、ひとりでこの部屋を出ることすら、ジークヴァルトの負担になってしまう。

「お嬢様……」

 そのときリーゼロッテの肩に、ぽてりと何かが寄りかかった。座るソファの上、並ぶように横に置かれていた大きなクマの縫いぐるみだ。

「アルフレート……あなたも慰めてくれているの?」

 毛むくじゃらなもふもふに体を預けるように沈み込む。この縫いぐるみは、貴族街に行ったときに雑貨屋で売られていたものだ。

 あの日、ジークヴァルトが買ってくれたのは、今もそこの文机ふづくえに並んでいるひとそろいのステーショナリーグッズだ。だが、後日この部屋に通されたときに目に飛び込んできたのは、リーゼロッテがちょっといいなと思った品々だった。

 このクマの縫いぐるみをはじめ、いちばん気に入ったオルゴール、中には軽く手に取っただけの物もいくつかあった。だが、並んでいるのはどれもリーゼロッテが心惹かれたものばかりだ。
 買ったすべてはジークヴァルトが指定したのだと、マテアスがこっそり教えてくれた。雑貨屋で黙って後ろをついて回っていたジークヴァルトは、自分の様子をちゃんと見ていたということだろう。

 大きなクマの縫いぐるみを見て、リーゼロッテは驚きのあまり言葉を失った。次いで込み上げてきたのは純粋なよろこびだった。あまりにもうれしくて、大きな縫いぐるみを高々と持ち上げて、部屋の中をくるくると回ってしまったほどだ。

 そのクマの縫いぐるみに、リーゼロッテはアルフレートと名前を付けた。時々、アルフレートと一緒に眠っていることは、ジークヴァルトには内緒にしてもらっている。

「あまり泣いているとアルフレートに笑われてしまうわね」

 つぶらな瞳と見つめ合って、リーゼロッテは涙が残った瞳を細めてふふと笑った。その様子にエラも頬を緩ませる。

「そろそろお支度をはじめましょうか」

 エラの言葉に頷いた。午後いちばんでジークヴァルトがこの部屋に来ることになっている。

 昨日、あの後何があったのか、きちんと話をしてくれるだろうか。そう不安に思いつつ、アルフレートをソファの上に残して、リーゼロッテは静かに立ち上がった。

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