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第2章 氷の王子と消えた託宣
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◇
「本当によろしかったのですか?」
気づかわし気にエマニュエルは問うた。ここはグレーデン家の一室だ。朝一番で出発したものの、雪が降りしきる悪天候の中、到着は正午を過ぎてしまった。
「いいのよ。休暇を与えたのはバルバナス様だもの。いちいち許可を得る必要はないわ」
目の前のソファに座るアデライーデは、公爵令嬢にふさわしい装いとなっている。夕べはりきって手入れをしたおかげか、その肌も髪もつやつやだ。今は眼帯はせず、その傷は化粧で薄く隠されている。
騎士団での任務中も、それなりに肌の手入れに気を使っているようだ。以前、あまりにもさぼりすぎのひどい肌荒れ状態に、エマニュエルが泣きながら抗議したのが功を奏しているのだろう。
「それもあるのですが……ウルリーケ様とお会いになっても大丈夫なのですか?」
ウルリーケとバルバナスは、昔から犬猿の仲だ。王家の血筋に誇りを持つウルリーケは、いまだに結婚しないまま逃げ回っているバルバナスをよく思っていない。
「エーミール様はまだ婚約者もいらっしゃいません。もしまた強引な手に出られたら……」
「その時はその時よ。エーミールだってもう子供じゃないわ。何もかもお婆様の思い通りになりはしないでしょう?」
王族として生まれたウルリーケは、龍から託宣を賜ることはなかった。政治的なバランスを取るためにグレーデン家へ降嫁し、現在のグレーデン侯爵であるエメリヒを生んだ。しかし、そのエメリヒが託宣を受けることは叶わず、その子供であるエーミールとその兄にも、やはり託宣は降りることはなかった。
「みんなして、龍に捕らわれ過ぎなのよ」
アデライーデは静かに言った。
ウルリーケは昔から、王家の血を絶やさぬようにと、アデライーデとエーミールの婚姻を望んでいた。龍に選ばれることを栄誉と考え、自身が叶えられなかったその願いを、エーミールに託そうと躍起になっている。その相手にアデライーデはうってつけの存在だ。
対照的にバルバナスは、龍の血を厭い、自らの血筋を残すことを嫌っている。様々な婚姻話を跳ねつけているのはそのためで、王城に近づくことは滅多にない。
アデライーデはそんなバルバナスに付き合わされている形だ。アデライーデが子をなせば、その子が託宣を受ける可能性はある。自分が決めた道ならば、一生未婚でいたとしてもかまわない。だが、支配されるように従わされるのはもうたくさんだった。
睨むように紅茶に映る自身の顔を見やった時、案内人のメイドがやってきた。
すっと表情を引き締め、公爵令嬢の自分となる。アデライーデは文句のつけようのない所作で、ゆっくりと立ち上がった。
◇
「ですから! わたしは騎士団の長である王兄殿下の命で、こちらへ調査に来ているんですよ。何も調べないまま追い返させるわけにはいかないんです!」
困り果てたようなニコラウスの声がした。
「だまらっしゃい。そのような調査は不要です。今すぐお帰りなさい」
冷たく震える声音が響く。メイドふたりに支えられるように立っているウルリーケの姿を認めると、アデライーデはそのそばへと近づき優雅な礼を取った。
「ご無沙汰しております、ウルリーケお婆様」
「おお! アデライーデ……!」
その姿に目を見張ったウルリーケが、感極まったように声を震わせた。
「雪のせいで到着が遅れて申し訳ございません。お会いしたかったですわ、お婆様」
「アデリー……よく、よく来ました……もっと近くで顔を見せてちょうだい」
メイドの手を離れて、アデライーデの頬を痩せた手で挟み込む。かがみこむようにしてアデライーデは、ウルリーケに最上級の淑女の笑みを向けた。
「おお……可哀そうに。お前の美しい顔が、こんなむごいことに……」
右目にかかる傷を痛々し気に見つめ、ウルリーケは苦しそうに自身の胸を押さえた。
「お婆様、興奮なさってはお体によくないですわ。昔のように、温室でゆっくりとお話いたしましょう?」
その言葉にメイドが再びウルリーケを両脇から支えた。
「ねぇ、お婆様。こちらの騎士様はどうなさったの?」
呆けたように口を開けているニコラウスをそ知らぬ顔で見やり、アデライーデは上品に小首をかしげて見せた。その際にやさしげに微笑むことも忘れない。
途端に動揺したように真っ赤になったニコラウスに、ウルリーケは冷たい視線を向けた。
「お前、まだいたの。さっさとお帰りと言ったはずよ」
「いや、ですが、異形の調査がまだ……」
しどろもどろで答えるニコラウスを見て、アデライーデは大げさによろけて見せた。
「まあ! 異形だなんて恐ろしい……! お婆様、お願いですわ。わたくし今日はこちらに泊めさせていただこうと思っておりましたの。ですから、騎士様にきちんと調べていただきましょう?」
涙を浮かべながら訴えるアデライーデは、気の毒に思えるくらい青ざめている。それこそ今にでも卒倒してしまいそうだ。どこから見てもか弱い令嬢にしか見えないその姿を、ニコラウスは相変わらずの大口でぽかんとしたまま見つめていた。
「ふん、そう言うことなら仕方ないわね。いいでしょう。明日までなら調査を認めます。後は任せたわ」
そばで控えていた老齢の家令に言い渡すと、ウルリーケはその場を後にした。アデライーデもそれに続くように歩を進める。
すれ違いざまニコラウスに耳打ちする。
「時間稼いでやったんだから、きっちり仕事しなさいよ」
小声で言って、何事もなかったかのようにアデライーデは通り過ぎていった。その後ろ姿は、儚い公爵令嬢そのものだ。
ふわりといい匂いがした。清楚なドレスを身にまといつつも、あらわになった胸の谷間に目が釘付けとなる。あのドレスの下に隠れた脚の美しい曲線を、ニコラウスは知っている。体にぴったりと沿った騎士服は、その柔らそうな臀部のまろみを隠しきれはしない。
ぐっと顔をしかめて、ニコラウスは突然前かがみになった。大事な何かを隠すように、周囲に気取られないよう、なんとなくな手つきを装って両手を添える。
視線を感じると、グレーデン家の家令がじっとニコラウスの股のあたりを見つめていた。しかし、ふいと目をそらすと、何も見なかったように廊下の先に視線を移した。
「異形が出た廊下は、こちらの先にございます。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ、ニコラウス・ブラル様」
勅命書を見せただけで名乗りはしなかったニコラウスは、この家令に身元がバレていることに気づき、戦慄を覚えた。
(うおぉぉぉぉっ! オレは何をやっているんだぁ……!)
貧乏くじを引かされ、上位の貴族宅で大恥までかいてしまった。弱みを握られた貴族は、いいように使い捨てられるのがおちだ。
(いざとなったら、親父に勘当してもらおう)
腹違いと言えど、妹は可愛い。家にだけは迷惑をかけないようにと、ニコラウスは涙目のまま胸に固く誓った。
少々内股になりながら、ニコラウスは家令の後ろをよろよろとついて行った。
「本当によろしかったのですか?」
気づかわし気にエマニュエルは問うた。ここはグレーデン家の一室だ。朝一番で出発したものの、雪が降りしきる悪天候の中、到着は正午を過ぎてしまった。
「いいのよ。休暇を与えたのはバルバナス様だもの。いちいち許可を得る必要はないわ」
目の前のソファに座るアデライーデは、公爵令嬢にふさわしい装いとなっている。夕べはりきって手入れをしたおかげか、その肌も髪もつやつやだ。今は眼帯はせず、その傷は化粧で薄く隠されている。
騎士団での任務中も、それなりに肌の手入れに気を使っているようだ。以前、あまりにもさぼりすぎのひどい肌荒れ状態に、エマニュエルが泣きながら抗議したのが功を奏しているのだろう。
「それもあるのですが……ウルリーケ様とお会いになっても大丈夫なのですか?」
ウルリーケとバルバナスは、昔から犬猿の仲だ。王家の血筋に誇りを持つウルリーケは、いまだに結婚しないまま逃げ回っているバルバナスをよく思っていない。
「エーミール様はまだ婚約者もいらっしゃいません。もしまた強引な手に出られたら……」
「その時はその時よ。エーミールだってもう子供じゃないわ。何もかもお婆様の思い通りになりはしないでしょう?」
王族として生まれたウルリーケは、龍から託宣を賜ることはなかった。政治的なバランスを取るためにグレーデン家へ降嫁し、現在のグレーデン侯爵であるエメリヒを生んだ。しかし、そのエメリヒが託宣を受けることは叶わず、その子供であるエーミールとその兄にも、やはり託宣は降りることはなかった。
「みんなして、龍に捕らわれ過ぎなのよ」
アデライーデは静かに言った。
ウルリーケは昔から、王家の血を絶やさぬようにと、アデライーデとエーミールの婚姻を望んでいた。龍に選ばれることを栄誉と考え、自身が叶えられなかったその願いを、エーミールに託そうと躍起になっている。その相手にアデライーデはうってつけの存在だ。
対照的にバルバナスは、龍の血を厭い、自らの血筋を残すことを嫌っている。様々な婚姻話を跳ねつけているのはそのためで、王城に近づくことは滅多にない。
アデライーデはそんなバルバナスに付き合わされている形だ。アデライーデが子をなせば、その子が託宣を受ける可能性はある。自分が決めた道ならば、一生未婚でいたとしてもかまわない。だが、支配されるように従わされるのはもうたくさんだった。
睨むように紅茶に映る自身の顔を見やった時、案内人のメイドがやってきた。
すっと表情を引き締め、公爵令嬢の自分となる。アデライーデは文句のつけようのない所作で、ゆっくりと立ち上がった。
◇
「ですから! わたしは騎士団の長である王兄殿下の命で、こちらへ調査に来ているんですよ。何も調べないまま追い返させるわけにはいかないんです!」
困り果てたようなニコラウスの声がした。
「だまらっしゃい。そのような調査は不要です。今すぐお帰りなさい」
冷たく震える声音が響く。メイドふたりに支えられるように立っているウルリーケの姿を認めると、アデライーデはそのそばへと近づき優雅な礼を取った。
「ご無沙汰しております、ウルリーケお婆様」
「おお! アデライーデ……!」
その姿に目を見張ったウルリーケが、感極まったように声を震わせた。
「雪のせいで到着が遅れて申し訳ございません。お会いしたかったですわ、お婆様」
「アデリー……よく、よく来ました……もっと近くで顔を見せてちょうだい」
メイドの手を離れて、アデライーデの頬を痩せた手で挟み込む。かがみこむようにしてアデライーデは、ウルリーケに最上級の淑女の笑みを向けた。
「おお……可哀そうに。お前の美しい顔が、こんなむごいことに……」
右目にかかる傷を痛々し気に見つめ、ウルリーケは苦しそうに自身の胸を押さえた。
「お婆様、興奮なさってはお体によくないですわ。昔のように、温室でゆっくりとお話いたしましょう?」
その言葉にメイドが再びウルリーケを両脇から支えた。
「ねぇ、お婆様。こちらの騎士様はどうなさったの?」
呆けたように口を開けているニコラウスをそ知らぬ顔で見やり、アデライーデは上品に小首をかしげて見せた。その際にやさしげに微笑むことも忘れない。
途端に動揺したように真っ赤になったニコラウスに、ウルリーケは冷たい視線を向けた。
「お前、まだいたの。さっさとお帰りと言ったはずよ」
「いや、ですが、異形の調査がまだ……」
しどろもどろで答えるニコラウスを見て、アデライーデは大げさによろけて見せた。
「まあ! 異形だなんて恐ろしい……! お婆様、お願いですわ。わたくし今日はこちらに泊めさせていただこうと思っておりましたの。ですから、騎士様にきちんと調べていただきましょう?」
涙を浮かべながら訴えるアデライーデは、気の毒に思えるくらい青ざめている。それこそ今にでも卒倒してしまいそうだ。どこから見てもか弱い令嬢にしか見えないその姿を、ニコラウスは相変わらずの大口でぽかんとしたまま見つめていた。
「ふん、そう言うことなら仕方ないわね。いいでしょう。明日までなら調査を認めます。後は任せたわ」
そばで控えていた老齢の家令に言い渡すと、ウルリーケはその場を後にした。アデライーデもそれに続くように歩を進める。
すれ違いざまニコラウスに耳打ちする。
「時間稼いでやったんだから、きっちり仕事しなさいよ」
小声で言って、何事もなかったかのようにアデライーデは通り過ぎていった。その後ろ姿は、儚い公爵令嬢そのものだ。
ふわりといい匂いがした。清楚なドレスを身にまといつつも、あらわになった胸の谷間に目が釘付けとなる。あのドレスの下に隠れた脚の美しい曲線を、ニコラウスは知っている。体にぴったりと沿った騎士服は、その柔らそうな臀部のまろみを隠しきれはしない。
ぐっと顔をしかめて、ニコラウスは突然前かがみになった。大事な何かを隠すように、周囲に気取られないよう、なんとなくな手つきを装って両手を添える。
視線を感じると、グレーデン家の家令がじっとニコラウスの股のあたりを見つめていた。しかし、ふいと目をそらすと、何も見なかったように廊下の先に視線を移した。
「異形が出た廊下は、こちらの先にございます。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ、ニコラウス・ブラル様」
勅命書を見せただけで名乗りはしなかったニコラウスは、この家令に身元がバレていることに気づき、戦慄を覚えた。
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貧乏くじを引かされ、上位の貴族宅で大恥までかいてしまった。弱みを握られた貴族は、いいように使い捨てられるのがおちだ。
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少々内股になりながら、ニコラウスは家令の後ろをよろよろとついて行った。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
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こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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