ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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 ジョンを振り返る。そこにはリーゼロッテを守るように、カークが両手を広げて立っていた。

『レオン・カーク……! お前さえいなければぁっ』

 追憶の続きのまま、ジョンの憎しみが増幅していく。燃え上がる紅の炎が、カークへと一直線に向けられた。何もかもを焼き尽くすそれは、何も生み出すことのない虚無の炎だ。
 目の前でその灼熱にカークが飲まれた。同時にカークの思いが掻き消えていく。

「駄目よ、駄目! カーク、戻ってきて! やめてジョン! ジョン! ジョバンニ――っ!」

 ジークヴァルトの腕の中、リーゼロッテは悲鳴のようにただ叫んだ。その瞬間、リーゼロッテの体から、緑の光がほとばしる。その光はカークの体を追い越して、灼熱を押し戻すようにジョンひとりを目ざした。

 その場にいた誰もが動けなかった。ある者は意識を飛ばし、ある者は膝をつく。いまだにそこに立っていたのは、バルバナスと、リーゼロッテを抱えあげているジークヴァルトだけだ。

 さいなむようなジョンの憎悪が、一瞬で清廉せいれんな気に置き換わる。急激なその変化に、一同はさらに苦悶くもんのうめき声を上げた。

 リーゼロッテの力が、枯れ木ごとジョンをすべて包んでいく。その緑はまるで繭玉まゆだまのような大きな塊を作り、全てを覆い隠していった。

「一体、何が起きたってんだ――?」
 乾いたバルバナスの呻き声が響く。

「ダーミッシュ嬢!」

 ジークヴァルトの腕の中で、リーゼロッテが力なく崩れ落ちる。片膝の上にその背を乗せ、ジークヴァルトは震える手つきで、色を失った唇に小さな菓子を差し入れた。
 咀嚼そしゃくされることなく、その菓子は雪の上にこぼれ落ちた。リーゼロッテの顔色は、もはや蝋人形のように白い。

 懐から取り出した小瓶の蓋を親指の腹で乱暴に開けると、ジークヴァルトはその中身を一気にあおった。
 ためらいなくジークヴァルトはリーゼロッテに口づけた。冷たい唇を自らの舌でこじ開け、含んだ糖蜜をその口内へと注いでいく。

 こくりとのどが鳴る音がした。少しずつ少しずつ、リーゼロッテの嚥下えんげに合わせるように、残りの蜜をその中へと落としていった。

 含んだ蜜がなくなると、ジークヴァルトは一度唇を離した。微かな呼吸がゆっくりと繰り返される。後ろ手に手のひらを向けると、すかさずマテアスが同じ小瓶をその手に乗せた。
 その中身を一気にあおる。再びリーゼロッテの唇を塞ぎ、確かめるようにゆっくりと蜜を注ぐ。

 こくりとのどを鳴らしながら、リーゼロッテの舌がもっととそれを求めてくる。応えるように舌を絡ませ、ジークヴァルトは慎重にすべての蜜を流し込んだ。

 最後のひとくちを飲み込むと、リーゼロッテは小さく息をついた。頬に赤みがさしている。ほっとするのも束の間、晴れた空が急激に曇りだし、一気に雪が吹きすさび始めた。

「ちっ! 撤退だ! 動ける奴は意識のない者を順に運べ! ひとりも忘れず回収しろよ!」

 そう叫んだバルバナス自身も、近くで倒れ伏していた騎士をひとりその肩へと担ぎ上げた。
 去り際に振り返る。泣き虫ジョンを包んだ繭玉は、またたく間に吹雪に覆い隠されていく。

 雪に埋もれて誰ひとり近寄れなくなった異形の調査は、春の雪解けを迎えるまで、一時、打ち切られることとなった。

     ◇
 辻馬車から降り立ったその男は、凝った背中を伸ばすためにぐっと両腕を上げた。肩口まで伸びた銀髪を揺らし、こきこきと首を何度か鳴らす。

「ったく、今年はひどい目にあったぜ」

 そうひとりごち、足元に置いてあった荷物を拾い上げる。

 龍の目前まであと僅かまで来て、気づくとふもとの村の入り口に飛ばされていた。まさに一瞬の出来事だった。何か月もかけて分け入った山頂の間際、あと一歩というところで振り出しに逆戻りだ。

 龍のいやらしさに、もはや覚えるのは殺意ばかりだ。
 だが、確かに手ごたえはあった。いまだかつてなく、彼女の気配を近くに感じたのだから。

(マルグリット……次こそはお前を取り戻す)

 その男――イグナーツはゆっくりと振り返る。遠く煙る山脈を、睨むようにじっと見据えた。





【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。ウルリーケ様に会うために、グレーデン家へと向かったアデライーデ様。それに気づいたバルバナス様は、連れ戻すべく雪の中馬を走らせます。そんな最中、王都へと戻ったイグナーツ父様に、カイ様は会いに行って……?
 次回、2章第23話「求めゆく者」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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