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第2章 氷の王子と消えた託宣

第20話 心火の聖母

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【前回のあらすじ】
 王妃の離宮の星読みの間で、ジークヴァルトから独り立ちをする決意を固めたリーゼロッテ。
 そんなときに王城の廊下でハインリヒと出会い頭にぶつかったリーゼロッテは、王子の守護者の姿を垣間見ます。その姿は聖母を思わせるほど慈愛に満ちていて……。
 アデライーデの傷は自分が負わせたものだという王子の告白に、リーゼロッテはただ驚くばかり。ハインリヒとアデライーデの間に一体何があったのか? 王子の告白は続くのでした。




 しんとした静けさだけが支配する中、王子に連れられて王城の奥深くを進む。幾度も廊下の角を曲がり、もはやどの道をたどって来たのかもわからない。

 注意しないと気付かない程度にゆるやかな傾斜が続き、王城の地下へと向かっているであろうことは、リーゼロッテにも理解できた。

(あそこへ向かっているのかしら……?)

 まっすぐ伸びる廊下の先に、そびえ立つような二枚扉が見えてくる。近づくにつれて、それが思う以上に大きいものだと分かった。

 その目の前までたどり着くと、扉に施された龍のレリーフにむけて、ハインリヒ王子は両手をかざした。龍が紫を帯びたかと思うと、その重厚な扉がひとりでに開いていく。きしむような音がその場に重く響いた。

 開ききった扉を躊躇ちゅうちょなくくぐると、王子はついてくるようにと視線で促してくる。場の雰囲気に飲まれながらも、リーゼロッテはそれに従い、薄暗い扉の奥へと足を踏み入れた。

 一歩踏み込んだ瞬間、押さえつけられるような圧が全身を覆う。じんとしびれるようなその感覚は、神聖でいて、畏怖いふを感じさせるものだった。

 続いてカイが入った矢先に、再び扉が閉じていく。きしむ音に振り返ったリーゼロッテは、閉まりゆくそのさまを不安げに見やった。

「リーゼロッテ嬢、奥へ」

 声をかけられ、部屋の中へと視線を戻す。王子が立つその辺りだけが、うすぼんやりとした明かりで照らされていた。奥までは見渡すことはできないが、ここはやたらと天井が高く、狭く細長い部屋のようだ。

 王子が先へと歩き出す。後ろにいるカイの気配に押されて、リーゼロッテも無言でそれに続いた。ハインリヒが進むにつれて、壁の両側にある明かりが、順番にひとつひとつ灯っていく。

 明るい範囲が広がり、細長い部屋だと思っていたこの場所は、奥まで続いている廊下なのだとようやく気づいた。狭く感じたこの空間も、廊下であるなら十分すぎるほどの広さと幅だ。

「王子殿下……ここは一体?」

 まだ明かりが灯っていない廊下の先は、闇が広がるばかりで、その奥がどこまで続いているのかさえ分からない。胸元の守り石をぎゅっと握りしめて、リーゼロッテは無意識にハインリヒの方へと身を寄せようとした。

「それ以上は近づかないでくれ。また、先ほどのような目にはあいたくないだろう?」

 白い手袋をはめた手で制されて、リーゼロッテははっとなりハインリヒから距離をとった。
 ハインリヒ王子とぶつかったとき、王子の守護者が現れた。まるでリーゼロッテを王子から引き離すかのように。

「あれは本当に、王子殿下の守護者だったのですか……?」
「ああ、残念なことにね」

 王子の言葉に異を唱えるのもはばかられるが、そう聞かずにはいられなかった。だがハインリヒは、その問いを意に介した様子もなく歩を進める。

「あの女はわたしの守護者で間違いないと、そう神託しんたくに出た」
「神託に……?」
「シネヴァの森にいる巫女の神託だ。リーゼロッテ嬢も森の巫女の存在は知っているだろう?」

 この国の最北の地に、オデラというみずうみがある。それを取り囲むように大きな森が広がっていて、そこに魔女が住んでいるらしい。そんな話なら聞いたことがあった。

「森には魔女が住んでいると」

 戸惑ったように答えると、ハインリヒ王子は立ち止まって、苦笑いを向けてきた。

「魔女か……。当代の巫女はわたしの高祖こうそ伯母はくぼにあたる方だが、まあそう言われても仕方のないことか」

「わたくし、不敬なことを……!」
 はっと息をのみ、顔を青ざめさせる。

「いや、いい。婚姻の託宣を受けた貴族は、いずれシネヴァの森に向かうことになる。リーゼロッテ嬢も、その時に意味が分かるだろう」

 リーゼロッテの言葉を気にした様子も見せず、王子は再び歩き出した。それ以上は聞き返すこともできずに、リーゼロッテも慌ててそれについて行った。

 王子が進むごとに壁の明かりが順に灯されていく。明るい範囲は広がったが、この廊下はまだまだ続いているようだ。

 不意に飾り気のなかった壁に、立派な額縁の絵が現れた。その前で一旦立ち止まると、ハインリヒはその絵を静かに仰ぎ見る。

「ここに並ぶのは託宣を受けた歴代の王と王妃たちだ」

 王子が見上げているその絵は、ディートリヒ王の肖像画だった。燃えるような赤毛に金色の瞳をしたディートリヒ王が、じっとこちらを見下ろしている。

 ハインリヒは次に反対側の廊下の壁に視線を向けた。そこにも一枚の肖像画が掲げられている。

「向かいにあるのが王妃の肖像だ」

 そこにはイジドーラ王妃ではなく、ハインリヒにそっくりな女性が描かれていた。その右頬から顎のラインにかけて龍のあざがある。
 前王妃のセレスティーヌなのだろう。先ほど視た守護者もハインリヒと似ていると思ったが、そこに描かれているセレスティーヌは、生き写しと言っていいほどだった。王子が化粧をしたら、きっともっとそっくりになるに違いない。

 そんな不敬なことを思っていると、ハインリヒが苦しげにつぶやいた。
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