ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
323 / 528
第2章 氷の王子と消えた託宣

しおりを挟む
     ◇
 朝を迎えて、リーゼロッテは鏡台の前に腰かけ、ベッティに後ろから髪をとかれていた。

「さぁ、今日はどんな髪型にいたしましょうねぇ」

 歌いだしそうな勢いのベッティに、リーゼロッテは苦笑いを向ける。

「どこへ出かけるでもないのだから、そんなに凝らなくても大丈夫よ?」
「なあにおっしゃっているんですかぁ。そんなことしたらベッティが暇なんですよぅ。リーゼロッテ様はおとなしくお世話されていてくださいぃ」

 ベッティがきっぱりと言うと、リーゼロッテはふふっと笑った。ほかの令嬢相手には言えないようなことも、リーゼロッテは怒りもしない。ただ微笑ましそうにしているだけだ。

「そういえばリーゼロッテ様ぁ、昨日こちらに来た時にしていた髪型はグレーデン家で結ってもらったのですかぁ? お出かけの際と違っておられたのでぇ」

 グレーデン家へと出かけるときはエラが髪を整えていた。しかし王城に着いた時にリーゼロッテがしていた髪型は、ベッティが今までに見たことがないものだった。エラが結ったとは思えない。

「あれはジークヴァルト様が馬車の中で……」

 返答に困った様子のリーゼロッテに、ベッティが一瞬その手を止めた。

「うぬぅ、思わないところから伏兵がぁ……ですが相手に不足なしですぅ」
 そう言ってくしを手に取ったかと思うと、せっせとリーゼロッテの髪を結い始めた。

「確かここはこうなっていてぇ……」

 ああでもないこうでもないとぶつぶつ言いながら、髪を編み込んではほどき編み込んではほどきを繰り返す。どうやら昨日ジークヴァルトが施した髪型を再現しようとしているらしい。

(ベッティって結構、凝り性で負けず嫌いなのね……)

 そんなことを思いながら、リーゼロッテはされるがままおとなしく髪をいじられていた。ベッティはリーゼロッテのために、急遽きゅうきょ、王城に呼ばれたのだろう。異形の存在を知り、はらう力も持っている。その上、王城勤めも経験済みとあらば、適任者として選ばれるのも当然だ。

(エラ……きっと心配しているわよね)

 グレーデン家を出るときのエラの悲しそうな顔が脳裏をよぎる。今日にでも手紙を書こう。だが、この状況をどう説明するべきか悩んでしまう。

「ねえ、ベッティ。わたくしね、最近、エラに嘘ばかりついているの……」

 髪をいじられながらぽつりと漏らす。ベッティは一瞬だけ手を止めてから、やさし気な口調で言った。

「ありのままをお話になってはいかかですかぁ? エラ様ならちゃんと信じてくださいますよぅ」
「そうね……でも」

 異形の者の存在を話せば、エラには視えなくともきっと自分の話を信じてくれるだろう。だが、王城で王子に他言は無用だとくぎを刺されている。その時のことを説明すると、ベッティは不思議そうな顔をした。

「貴族、平民問わず異形が視える人間はおりますしぃ、異形の者のことなら話しても問題ないと思いますけどねぇ。託宣に関わることは言おうとしても、そもそも龍に目隠しされますしぃ」
「龍に目隠し?」
「あれぇ? リーゼロッテ様は龍の目隠しをご存じないのですかぁ? 目隠しに合うとぉ、話そうと思っても、言葉にできないんですよぅ。言いたくても言えないって感じですねぇ」
「そういえば、以前ヨハン様に何かを言おうとして、うまく言えなかったことがあったわね……」

 あれはヨハンに無知なる者の話をしようとした時だった。急に口をふさがれた感じがして、その不可解な感覚に戸惑ったことを思い出す。

「ああ、きっとそれは龍の目隠しですねぇ。考えてもみてくださいよぅ。この国ができて八百年以上、龍の託宣は何度も降りてきたんですよぅ。目隠しがなかったら、今頃は、貴族全員が龍の託宣のことを知ってるはずですぅ」

 自分に託宣が降りずとも、親兄弟や知り合いに託宣者がいれば、それを知る機会はあるに決まっている。人の口に戸は立てられぬというが、確かにこんな狭い貴族社会では、その存在が知れ渡るのはあっという間のことだろう。

「でも、口をふさぐのに目隠しなのね……」
「言われてみればそうですねぇ。でもまぁ、昔からの言い回しのようですからぁ」

 むしろ、龍の口封じでは? と思ったが、それでは確かに物騒ぶっそうすぎる。

「それにしても、ベッティは龍の託宣のこと、すごく詳しいのね」
「ある方に教えてもらったのですがぁ、わたしは知ってもいいと龍に判断されたんでしょうねぇ。知る必要がない人間には、その存在すら話すことはできませんのでぇ」

 その言葉にリーゼロッテの顔が曇る。

「エラに話せなかったら、わたくし一生嘘をつき続けなくてはならないのね……」
「そんなにお気になるなら、公爵様にご相談なさってはどうですかぁ?」
「それもそうね」

 ひとりで思い悩んでいても仕方ない。せめて異形の事なら話してもいいか、ジークヴァルトから王子に聞いてもらうのがいいかもしれない。

「ううむぅ。やはりどこかが違いますぅ」

 うなりながらベッティが、結いかけていた髪をばらばらとほどいた。納得がいかない様子で、リーゼロッテの髪に再び櫛を通していく。サイドの髪を分けて編み込んでは、またその手を止めるを繰り返す。

「違う、そこはそうではない」
「あぁ、なるほどぉ。ではここはこうして、こうですかぁ?」
「そうだ。次はここからこっちに……いや違う、貸してみろ」
「ヴァルト様!?」

 急に割り込んできたジークヴァルトの声に、驚きながら振り向いた。

「動くな。いいから前を向いていろ」
「そうですよぅ。リーゼロッテ様はおとなしく座っていてくださいぃ」

 ぐいと顔を前に向けられて、リーゼロッテは正面の鏡に向き直った。

(何なの、この状況は……)

 ジークヴァルトが自分の髪をいじる様が鏡に映る。その横でベッティが、その手つきを熱心に覗き込んでいた。

「なるほどぉ、そこはそうなっていたのですねぇ。さすが公爵様ぁ、リーゼロッテ様の髪質を熟知なさっておいでですぅ。それにしても櫛も使わず、長い指を駆使した見事な指使い! うぅむぅ、悔しいですぅ。わたしの指があと五センチ長かったらよかったのにぃっ」

(いや、そんなに長かったら、もうシザーハ〇ズだから……!)

 もはや脳内突っ込みをするくらいしかやることがない。リーゼロッテは髪が結いあがるまで、手持ち無沙汰に、鏡の向こうをみつめ続けた。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...