ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
315 / 528
第2章 氷の王子と消えた託宣

しおりを挟む
     ◇
 グレーデン家をおいとまするために、リーゼロッテ一行は静かな廊下を進んでいた。屋敷のメイドを先頭に、その後ろをエラとリーゼロッテがついて行く。カイはその背を追うように、少し距離を置いて歩いていた。

(カイ様は無事に任務を遂行すいこうできたのかしら……)

 ちらりと見やる限りでは、カイはどことなく考え込んでいるようだった。だが、これ以上は自分が立ち入るべきではないだろう。そう思って、リーゼロッテは歩く先へと意識を向けた。

 それにしても、空気の流れが感じられない屋敷だ。自分たち以外、人の気配がまるでしない。もし、時が止まったとしたら、こんな感覚に見舞われるのではないだろうか? そんなことを思わせるほど、グレーデン家は静寂に満ちている。

(ここはなんて寒いのかしら)

 先ほど会ったウルリーケを思い出し、リーゼロッテはひとりそんなことを思った。

 しばらく進むと、長く一直線に伸びる廊下へと出た。その廊下は片側がすべてガラス戸になっていて、雪が降り積もる一面の庭が目に飛び込んでくる。

 誰一人として踏み荒らすことのない、白一色の美しい庭だ。目の前に広がった突然の銀世界に、リーゼロッテは目を奪われた。
 しんしんと雪が降り積もるうつくしい庭園。風はなく、ただ雪は静かに舞い落ちる。

 その幻想的な風景に、リーゼロッテはいつの間にかその足を止めていた。

「リーゼロッテお嬢様?」
 振り返ったエラが、少し困ったように声をかけてくる。

「ごめんなさい。庭が美しくて、目を奪われてしまったわ」
 そう言って、リーゼロッテはエラの近くまで歩を進めた。それを見て取り、エラも再び歩き出す。

 長い廊下を半分ほど行き過ぎたとき、リーゼロッテはもう一度、ガラス戸の外に目を向けた。この純白のさびしい静かな庭は、春の雪解けを迎えたときに、色とりどりの花々が美しく咲き乱れてくれるのだろうか。

 ウルリーケのためにも、そうであってほしい。
 陰ってきた雪景色と、ガラス戸に映る自分の姿を、リーゼロッテはただ静かに見つめた。

『リーゼロッテ! 気をつけて!』

 突如、切羽せっぱまったジークハルトの声が響く。不自然に切られたマイクのように、その語尾が耳障みみざわりにぶつりと途切れた。

 はっと、顔を上げる。
 ガラス戸の外に広がる雪景色。そこに映る自分の姿。そして、その自分の背後に、長い髪をした美しい女がひとり――

 ガラスに映った女と目が合った。肩の出た深紅のドレス。喉元のどもとには紅玉こうぎょくのブローチ。妖しくきらめく目を細め、紅の引かれた唇が形よくにいっとを描く。

 瞬時にあわ立った全身に、反射的に後ろを振り向いた。
 誰もいない、寒々とした廊下の壁だけが目に入る。

 その瞬間、背にしたガラス戸一面が、大音響を立てて一斉に砕け散った。同時に、身に着けていた守り石の数々が、水風船が破裂するかのごとくに、ひとつ残らず弾け飛ぶ。
 リーゼロッテは悲鳴を上げて、崩れるようにその場にうずくまった。

 さえぎるものが無くなった長い廊下を、びょおと冷たい雪風が吹き荒れる。静寂は一瞬で消え去った。





【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。突然の惨事に何もできないわたし。カイ様が突きつける真実に、ただ驚くことしかできなくて。駆け付けたジークヴァルト様も加わり、事態は思わぬ方向へ!? この先、一体どうなちゃうの~⁉
 次回、2章第18話「龍の烙印」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...