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第2章 氷の王子と消えた託宣
第17話 雪の令堂
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【前回のあらすじ】
託宣の書庫に入ったカイは、そこでハインリヒ王子の託宣の相手を含む、新たなる託宣を三つ見つけます。そのことから、ルチアの母アニサが、アニータ・スタン伯爵令嬢であるという疑惑を深めるカイ。
それを確かめるべくジークヴァルトに協力を乞い、リーゼロッテはグレーデン家のお茶会に行くことになるのでした。
公爵家のエントランスを出ようとしたところで、ジークヴァルトはその足を止めた。
「今日は雪が降っている。やはり行くのはやめろ」
「旦那様、何、馬鹿なことをおっしゃっているんですか。これからの季節、雪が降らない日のほうがめずらしいでしょう? いい加減にあきらめてください」
リーゼロッテの手を離さないまま動こうとしないジークヴァルトに、マテアスがあきれたような視線を向けた。
「ならば、やはりオレも行こう」
「招待もされていないお茶会に参加する馬鹿がどこにいるというのですか。それに、旦那様はこのあと王城へ出仕でしょう? 王子殿下の警護をすっぽかそうなど、何、ふざけたことおっしゃっているんですか」
マテアスの言葉にぐっと口を引き結ぶと同時に、リーゼロッテをさらに自身の方に引き寄せた。意地でも離すまいとする意思が伝わってきて、エスコートされているというより、がっちり捕獲されているような気分になる。
「あの、ヴァルト様」
「なんだ?」
「わたくしウルリーケ様に失礼のないよう十分気をつけますわ」
余裕をもって出ないと、約束の時間に遅れてしまうかもしれない。困ったように見上げると、ジークヴァルトは「そんなことは心配していない」と不機嫌そうに返してきた。
「今日はエラもおりますし、護衛の方もいらっしゃるのでしょう? それにヴァルト様の守り石もございますから……」
今日のリーゼロッテは、昼間のお茶会仕様に適度に着飾っている。個人的なお茶会なのもあり、装いは華美になりすぎないものだ。しかし、まとめた髪には青い石が光る髪飾りがつけられ、その両耳にも青い石が揺れている。
楚々とした首飾りにも同様に青い石が揺らめき、今はコートを羽織って見えないが、纏うドレスにも大小さまざまな青い石が、数えきれないほど縫いつけられていた。
もちろんそのすべてがジークヴァルトの守り石だ。魔よけのニンニクよろしく飾られまくった守り石に、異形たちは手や足を出すことはおろか、いつも以上に近づくことすらできないだろう。
それでも一向に動こうとしないジークヴァルトに「旦那様」とマテアスが渋い顔を向けた。
「往生際が悪いぞ、ジークヴァルト。リーゼロッテは責任をもって守ってやるから、いい加減に観念しないか」
その声に振り向くと、ひとりの騎士がこちらに歩いてきた。公爵家の護衛服を着た壮年の男だ。その後ろにエーミールが続く。ふたりの姿を認め、ジークヴァルトは嫌なものを見るような顔をした。
「ユリウス様、ご無沙汰しております」
ゆるんだ隙にその手をすり抜けて、リーゼロッテは騎士の前で淑女の礼をした。彼はユリウス・レルナー。エーミールの叔父だ。
「おう、今日はよろしくな」
にかっと笑ってユリウスはリーゼロッテの手を取り、その指先に口づけようとした。寸でのところでジークヴァルトがリーゼロッテを引き寄せ、奪い返すようにその身を抱え込む。
「おっと、怖い怖い。やっぱりお前、ジークフリートの息子だな」
悪びれた様子もなく言うユリウスに、リーゼロッテは不思議そうな顔を向けた。
「昔、ディートリンデを口説こうとしたら、ジークフリートの奴、本気で切りかかってきたんだよ。まったく、龍付きには手を出すもんじゃないな。危うく殺されるところだったんだぜ」
やれやれといったふうのユリウスに、後ろにいたエーミールが「叔父上」とあきれたようにため息をついた。
「と、いうわけで、エデラー嬢、今度オレと食事にでも行かないか?」
「えっ!?」
後ろで静かに控えていたエラの手を取り、ユリウスは同じように指先に口づけようとした。突然のことにエラは固まって動けないでいる。
「ユリウス様、おやめください! エラ様は伯爵家からお預かりしている大切な客人ですよ!」
「そうです、叔父上! エラはリーゼロッテ様の大事な侍女です! 変な気は起こさないでいただきたい!」
マテアスとエーミールが、エラとの間に同時に入り込む。ユリウスは女性を見れば見境なく口説く癖がある。これはもう病気だと、周囲の者はあきらめの境地だ。
「なんだ、お前ら。めずらしく仲がいいじゃないか」
おかしそうに言うユリウスに、マテアスとエーミールは一瞬だけ顔を見合わせた後、気まずげに距離を開けた。その後ろでエラが、困ったような顔をしている。
「レルナー様。エーミール様がおっしゃるように、わたしはリーゼロッテお嬢様の侍女でございます。どうかレルナー様もそのようにお扱いください」
「エデラー嬢はガードが堅いな。まあ、気が向いたら言ってくれ。オレはいつでも待ってるぜ」
その言葉にマテアスとエーミールが鋭い視線を向ける。
「おっと、こっちも怖い怖い」
そう言いながらユリウスは、ジークヴァルトの腕からリーゼロッテをひょいと奪った。
「グレーデンの女帝の機嫌を損ねるわけにはいかんだろう? 男らしくあきらめろ」
そう言ってリーゼロッテを連れて、さっさとエントランスを出ていこうとする。咄嗟に手を伸ばそうとするジークヴァルトを、マテアスは迷いのない動きで羽交い絞めにした。
「ここはわたしにお任せを! ユリウス様、リーゼロッテ様とエラ様をよろしくお願いいたします」
「おう、任せとけ」
ジークヴァルトの抵抗もむなしく、一行は馬車留めへと移動する。
リーゼロッテが乗り込んだ後にエラも続こうとすると、エーミールがその背に声をかけた。
「エラ、今日わたしは同席できないが、その、気をつけて行ってきてくれ」
「はい、お任せください」
振り向いて笑顔を向けたエラに、エーミールは硬い顔を返した。
「……エラ、あの家に着いたら、あなたは極力口を開かない方がいい。侍女として、出過ぎた真似だけはしないでくれ」
「お気遣いありがとうございます。十分わきまえて行動するようにしたします」
エーミールに頭を下げて、エラは馬車に乗り込んだ。グレーデン家はエラのような新興貴族を快く思っていない。あくまで、ただの使用人として付き添えということだろう。
最後にユリウスが乗り込むと、雪がちらつく中、馬車は静かに走り出した。
託宣の書庫に入ったカイは、そこでハインリヒ王子の託宣の相手を含む、新たなる託宣を三つ見つけます。そのことから、ルチアの母アニサが、アニータ・スタン伯爵令嬢であるという疑惑を深めるカイ。
それを確かめるべくジークヴァルトに協力を乞い、リーゼロッテはグレーデン家のお茶会に行くことになるのでした。
公爵家のエントランスを出ようとしたところで、ジークヴァルトはその足を止めた。
「今日は雪が降っている。やはり行くのはやめろ」
「旦那様、何、馬鹿なことをおっしゃっているんですか。これからの季節、雪が降らない日のほうがめずらしいでしょう? いい加減にあきらめてください」
リーゼロッテの手を離さないまま動こうとしないジークヴァルトに、マテアスがあきれたような視線を向けた。
「ならば、やはりオレも行こう」
「招待もされていないお茶会に参加する馬鹿がどこにいるというのですか。それに、旦那様はこのあと王城へ出仕でしょう? 王子殿下の警護をすっぽかそうなど、何、ふざけたことおっしゃっているんですか」
マテアスの言葉にぐっと口を引き結ぶと同時に、リーゼロッテをさらに自身の方に引き寄せた。意地でも離すまいとする意思が伝わってきて、エスコートされているというより、がっちり捕獲されているような気分になる。
「あの、ヴァルト様」
「なんだ?」
「わたくしウルリーケ様に失礼のないよう十分気をつけますわ」
余裕をもって出ないと、約束の時間に遅れてしまうかもしれない。困ったように見上げると、ジークヴァルトは「そんなことは心配していない」と不機嫌そうに返してきた。
「今日はエラもおりますし、護衛の方もいらっしゃるのでしょう? それにヴァルト様の守り石もございますから……」
今日のリーゼロッテは、昼間のお茶会仕様に適度に着飾っている。個人的なお茶会なのもあり、装いは華美になりすぎないものだ。しかし、まとめた髪には青い石が光る髪飾りがつけられ、その両耳にも青い石が揺れている。
楚々とした首飾りにも同様に青い石が揺らめき、今はコートを羽織って見えないが、纏うドレスにも大小さまざまな青い石が、数えきれないほど縫いつけられていた。
もちろんそのすべてがジークヴァルトの守り石だ。魔よけのニンニクよろしく飾られまくった守り石に、異形たちは手や足を出すことはおろか、いつも以上に近づくことすらできないだろう。
それでも一向に動こうとしないジークヴァルトに「旦那様」とマテアスが渋い顔を向けた。
「往生際が悪いぞ、ジークヴァルト。リーゼロッテは責任をもって守ってやるから、いい加減に観念しないか」
その声に振り向くと、ひとりの騎士がこちらに歩いてきた。公爵家の護衛服を着た壮年の男だ。その後ろにエーミールが続く。ふたりの姿を認め、ジークヴァルトは嫌なものを見るような顔をした。
「ユリウス様、ご無沙汰しております」
ゆるんだ隙にその手をすり抜けて、リーゼロッテは騎士の前で淑女の礼をした。彼はユリウス・レルナー。エーミールの叔父だ。
「おう、今日はよろしくな」
にかっと笑ってユリウスはリーゼロッテの手を取り、その指先に口づけようとした。寸でのところでジークヴァルトがリーゼロッテを引き寄せ、奪い返すようにその身を抱え込む。
「おっと、怖い怖い。やっぱりお前、ジークフリートの息子だな」
悪びれた様子もなく言うユリウスに、リーゼロッテは不思議そうな顔を向けた。
「昔、ディートリンデを口説こうとしたら、ジークフリートの奴、本気で切りかかってきたんだよ。まったく、龍付きには手を出すもんじゃないな。危うく殺されるところだったんだぜ」
やれやれといったふうのユリウスに、後ろにいたエーミールが「叔父上」とあきれたようにため息をついた。
「と、いうわけで、エデラー嬢、今度オレと食事にでも行かないか?」
「えっ!?」
後ろで静かに控えていたエラの手を取り、ユリウスは同じように指先に口づけようとした。突然のことにエラは固まって動けないでいる。
「ユリウス様、おやめください! エラ様は伯爵家からお預かりしている大切な客人ですよ!」
「そうです、叔父上! エラはリーゼロッテ様の大事な侍女です! 変な気は起こさないでいただきたい!」
マテアスとエーミールが、エラとの間に同時に入り込む。ユリウスは女性を見れば見境なく口説く癖がある。これはもう病気だと、周囲の者はあきらめの境地だ。
「なんだ、お前ら。めずらしく仲がいいじゃないか」
おかしそうに言うユリウスに、マテアスとエーミールは一瞬だけ顔を見合わせた後、気まずげに距離を開けた。その後ろでエラが、困ったような顔をしている。
「レルナー様。エーミール様がおっしゃるように、わたしはリーゼロッテお嬢様の侍女でございます。どうかレルナー様もそのようにお扱いください」
「エデラー嬢はガードが堅いな。まあ、気が向いたら言ってくれ。オレはいつでも待ってるぜ」
その言葉にマテアスとエーミールが鋭い視線を向ける。
「おっと、こっちも怖い怖い」
そう言いながらユリウスは、ジークヴァルトの腕からリーゼロッテをひょいと奪った。
「グレーデンの女帝の機嫌を損ねるわけにはいかんだろう? 男らしくあきらめろ」
そう言ってリーゼロッテを連れて、さっさとエントランスを出ていこうとする。咄嗟に手を伸ばそうとするジークヴァルトを、マテアスは迷いのない動きで羽交い絞めにした。
「ここはわたしにお任せを! ユリウス様、リーゼロッテ様とエラ様をよろしくお願いいたします」
「おう、任せとけ」
ジークヴァルトの抵抗もむなしく、一行は馬車留めへと移動する。
リーゼロッテが乗り込んだ後にエラも続こうとすると、エーミールがその背に声をかけた。
「エラ、今日わたしは同席できないが、その、気をつけて行ってきてくれ」
「はい、お任せください」
振り向いて笑顔を向けたエラに、エーミールは硬い顔を返した。
「……エラ、あの家に着いたら、あなたは極力口を開かない方がいい。侍女として、出過ぎた真似だけはしないでくれ」
「お気遣いありがとうございます。十分わきまえて行動するようにしたします」
エーミールに頭を下げて、エラは馬車に乗り込んだ。グレーデン家はエラのような新興貴族を快く思っていない。あくまで、ただの使用人として付き添えということだろう。
最後にユリウスが乗り込むと、雪がちらつく中、馬車は静かに走り出した。
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