ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
310 / 528
第2章 氷の王子と消えた託宣

第17話 雪の令堂

しおりを挟む
【前回のあらすじ】
 託宣の書庫に入ったカイは、そこでハインリヒ王子の託宣の相手を含む、新たなる託宣を三つ見つけます。そのことから、ルチアの母アニサが、アニータ・スタン伯爵令嬢であるという疑惑を深めるカイ。
 それを確かめるべくジークヴァルトに協力を乞い、リーゼロッテはグレーデン家のお茶会に行くことになるのでした。




 公爵家のエントランスを出ようとしたところで、ジークヴァルトはその足を止めた。

「今日は雪が降っている。やはり行くのはやめろ」
「旦那様、何、馬鹿なことをおっしゃっているんですか。これからの季節、雪が降らない日のほうがめずらしいでしょう? いい加減にあきらめてください」

 リーゼロッテの手を離さないまま動こうとしないジークヴァルトに、マテアスがあきれたような視線を向けた。

「ならば、やはりオレも行こう」
「招待もされていないお茶会に参加する馬鹿がどこにいるというのですか。それに、旦那様はこのあと王城へ出仕でしょう? 王子殿下の警護をすっぽかそうなど、何、ふざけたことおっしゃっているんですか」

 マテアスの言葉にぐっと口を引き結ぶと同時に、リーゼロッテをさらに自身の方に引き寄せた。意地でも離すまいとする意思が伝わってきて、エスコートされているというより、がっちり捕獲されているような気分になる。

「あの、ヴァルト様」
「なんだ?」
「わたくしウルリーケ様に失礼のないよう十分気をつけますわ」

 余裕をもって出ないと、約束の時間に遅れてしまうかもしれない。困ったように見上げると、ジークヴァルトは「そんなことは心配していない」と不機嫌そうに返してきた。

「今日はエラもおりますし、護衛の方もいらっしゃるのでしょう? それにヴァルト様の守り石もございますから……」

 今日のリーゼロッテは、昼間のお茶会仕様に適度に着飾っている。個人的なお茶会なのもあり、装いは華美になりすぎないものだ。しかし、まとめた髪には青い石が光る髪飾りがつけられ、その両耳にも青い石が揺れている。
 楚々そそとした首飾りにも同様に青い石が揺らめき、今はコートを羽織って見えないが、まとうドレスにも大小さまざまな青い石が、数えきれないほど縫いつけられていた。

 もちろんそのすべてがジークヴァルトの守り石だ。魔よけのニンニクよろしく飾られまくった守り石に、異形たちは手や足を出すことはおろか、いつも以上に近づくことすらできないだろう。
 それでも一向に動こうとしないジークヴァルトに「旦那様」とマテアスが渋い顔を向けた。

往生おうじょうぎわが悪いぞ、ジークヴァルト。リーゼロッテは責任をもって守ってやるから、いい加減に観念しないか」

 その声に振り向くと、ひとりの騎士がこちらに歩いてきた。公爵家の護衛服を着た壮年の男だ。その後ろにエーミールが続く。ふたりの姿を認め、ジークヴァルトは嫌なものを見るような顔をした。

「ユリウス様、ご無沙汰しております」

 ゆるんだ隙にその手をすり抜けて、リーゼロッテは騎士の前で淑女の礼をした。彼はユリウス・レルナー。エーミールの叔父だ。

「おう、今日はよろしくな」

 にかっと笑ってユリウスはリーゼロッテの手を取り、その指先に口づけようとした。寸でのところでジークヴァルトがリーゼロッテを引き寄せ、奪い返すようにその身を抱え込む。

「おっと、怖い怖い。やっぱりお前、ジークフリートの息子だな」

 悪びれた様子もなく言うユリウスに、リーゼロッテは不思議そうな顔を向けた。

「昔、ディートリンデを口説くどこうとしたら、ジークフリートの奴、本気マジで切りかかってきたんだよ。まったく、龍付きには手を出すもんじゃないな。危うく殺されるところだったんだぜ」

 やれやれといったふうのユリウスに、後ろにいたエーミールが「叔父上」とあきれたようにため息をついた。

「と、いうわけで、エデラー嬢、今度オレと食事にでも行かないか?」
「えっ!?」

 後ろで静かに控えていたエラの手を取り、ユリウスは同じように指先に口づけようとした。突然のことにエラは固まって動けないでいる。

「ユリウス様、おやめください! エラ様は伯爵家からお預かりしている大切な客人ですよ!」
「そうです、叔父上! エラはリーゼロッテ様の大事な侍女です! 変な気は起こさないでいただきたい!」

 マテアスとエーミールが、エラとの間に同時に入り込む。ユリウスは女性を見れば見境なく口説くくせがある。これはもう病気だと、周囲の者はあきらめの境地だ。

「なんだ、お前ら。めずらしく仲がいいじゃないか」

 おかしそうに言うユリウスに、マテアスとエーミールは一瞬だけ顔を見合わせた後、気まずげに距離を開けた。その後ろでエラが、困ったような顔をしている。

「レルナー様。エーミール様がおっしゃるように、わたしはリーゼロッテお嬢様の侍女でございます。どうかレルナー様もそのようにお扱いください」
「エデラー嬢はガードが堅いな。まあ、気が向いたら言ってくれ。オレはいつでも待ってるぜ」

 その言葉にマテアスとエーミールが鋭い視線を向ける。

「おっと、こっちも怖い怖い」
 そう言いながらユリウスは、ジークヴァルトの腕からリーゼロッテをひょいと奪った。

「グレーデンの女帝の機嫌を損ねるわけにはいかんだろう? 男らしくあきらめろ」

 そう言ってリーゼロッテを連れて、さっさとエントランスを出ていこうとする。咄嗟に手を伸ばそうとするジークヴァルトを、マテアスは迷いのない動きで羽交い絞めにした。

「ここはわたしにお任せを! ユリウス様、リーゼロッテ様とエラ様をよろしくお願いいたします」
「おう、任せとけ」

 ジークヴァルトの抵抗もむなしく、一行は馬車留めへと移動する。

 リーゼロッテが乗り込んだ後にエラも続こうとすると、エーミールがその背に声をかけた。

「エラ、今日わたしは同席できないが、その、気をつけて行ってきてくれ」
「はい、お任せください」

 振り向いて笑顔を向けたエラに、エーミールは硬い顔を返した。

「……エラ、あの家に着いたら、あなたは極力口を開かない方がいい。侍女として、出過ぎた真似だけはしないでくれ」
「お気遣いありがとうございます。十分わきまえて行動するようにしたします」

 エーミールに頭を下げて、エラは馬車に乗り込んだ。グレーデン家はエラのような新興貴族を快く思っていない。あくまで、ただの使用人として付き添えということだろう。

 最後にユリウスが乗り込むと、雪がちらつく中、馬車は静かに走り出した。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...