ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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     ◇
「よい、顔を上げよ」

 ディートリヒ王の重く響く声に、カイはひざまずいたままの姿勢で顔を上げた。視線の先の玉座には、ひじ掛けに頬杖をついたディートリヒ王がいる。その隣に鎮座する王妃のための座には、今、イジドーラの姿はない。

「文書での報告が叶わなかったため、このように急遽お時間をいただきましたこと、お詫び申し上げます」
「龍とはきまぐれなもの。よい、申してみよ」

 人払いがされた静かな空間に、王の重い声が響く。貴族が王と謁見えっけんするための場所であるこの玉座の間には、カイとディートリヒ王のふたりきりだ。必要以上に感じる重圧に、カイはおのれふるい立たせて口を開いた。

「託宣の書庫にて確認しましたところ、『ルィンの名を受けしこの者、イオを冠する王をただひとり癒す者』との記述がみつかりました。ハインリヒ様の託宣のお相手は、確かに存在するようです」

『イオ』とはハインリヒが受けた託宣名だ。この『イオを冠する王』とは、未来のハインリヒに他ならない。ルインの託宣名を受けたその者こそが、ハインリヒの対の相手ということになる。

「ですが」と続けたカイは、王の視線の圧に耐えきれずに思わず目を伏せてしまう。いつも平然とその隣に立つイジドーラは、やはりすごいとしか言いようがない。

「その託宣を受けた人物が誰なのか、書庫でも知ることは叶いませんでした」

 それはまるで龍の意思のように。そう言おうとしてカイは口をつぐんだ。言葉にできないということは、龍が目隠しをしているという証だ。

(龍は明らかに、ハインリヒ様の託宣の相手を隠そうとしている)

 ここまでくると、託宣が消えたのは龍の仕業としか思えない。だがどうして? 託宣をたがえることはこの国では最大の禁忌きんきだ。そうさせてきたのは、他でもない龍自身だというのに。

(龍はこの国をかぎろうとしているのか……)
 さすがにその言葉を口にしようとは思わなかったカイは、無言のままでいる王をゆっくりと見上げた。

「そして今回、新たな託宣がふたつ見つかりました。王家が、そしておそらく、神殿も把握はあくしていない託宣だと思われます」
「その内容とは?」
「ひとつは『リシルの名を受けしこの者、異形の者に命奪われし定め』と」
「異形に命奪われし定め、か」

 カイは無言でこうべれた。龍が落とす託宣にしては物騒ぶっそうすぎる。カイが知る中でも、こんな内容の託宣は今まで他に見たことがない。

「して、もうひとつとは?」
「はい、もうひとつの託宣とは……」

 口を開きかけて、カイはぎゅっと眉根をよせた。王の前でする行為ではないが、カイにはそうする以外できなかった。

「目隠しか。言えぬのならば言わずともよい」

「……もう一点だけご報告が。書庫での記録と、王家が把握している託宣の数が、一致しない年が確認できました。八百十三年にひとつと、八百十五年にふたつ、我々が知らない託宣が降りた形跡があります」

 今回新たに見つかったふたつの託宣と、ハインリヒと対をなす託宣、それらがその各年に降りたというのなら数が合う。

「ですが、ハインリヒ様のお相手を含めて、どの託宣がいずれの年に降りたのかまでは、調べることは叶いませんでした」
「そうか」

 ディートリヒ王は静かに立ち上がる。もう聞くことはないとの意思表示に、カイは開きかけていたその口を閉じた。ルチアの存在を報告しようと思っていたが、まだ確定ではないため、もう少し情報を集めてからでもいいだろう。

「王妃にはから話しておく。王太子にはそなたから報告するがよい」
「ディートリヒ王……! 最後にひとつだけお聞かせください」

 そのまま去ろうとする王の背に、思わずカイは言葉を発した。

「……申してみよ」

 わずかに振り返り、ディートリヒ王はカイを見下ろした。吸い寄せられるようにカイの視線が、王の金色の瞳に縫いつけられる。

「王は、すべてを知っておられるのではありませんか?」
「なぜそう思う」
「王は、どうしてそう平然としておられるのでしょう。ハインリヒ様のお相手が見つからない現状は、国として最も憂慮ゆうりょすべき事態だというのは、王がいちばん理解しておいででしょうに」

 ハインリヒの託宣が守られないということは、この国が破滅はめつを迎えると言うことだ。建国以来、龍の託宣が守られなかったことは一度もない。
 神殿をはじめ、この国の成り立ちを知る誰もが、右往左往している前代未聞ぜんだいみもんの事態に、ディートリヒ王だけが悠然ゆうぜんとした態度を貫いている。

「……すべては龍のおぼしだ」

 静かに言い残すと、ディートリヒ王はマントをひるがえしてカイに背を向けた。息が詰まるような静寂の中、カイは頭を垂れてその背をただ見送った。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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