ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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「はて、怠慢と言われましても、この書庫に入れるのは時の神官長のみ。しかも、新たな託宣が降りたときのみ開放されると聞いております。今回は、特例中の特例ですよ」

 そんなことは言われなくとも分かっている。カイははばかりもせず大きく舌打ちをすると、棚から百年分の冊子をすべて引き抜き、造作ぞうさに床の上にぶちまけた。
 次いで、山積みになった冊子の前にどっかとあぐらをかくと、一冊一冊を手に取ってはページをめくっていく。

「おやおや、乱暴な」

 レミュリオは見えずとも状況を察したのか、そんなことを口にする。だがそれ以上は何も言う気はないようだ。そうできるということは、龍がその行為を容認しているというあかしなのだ。

 カイは一冊一冊を素早く確かめながら、振り分けるように背後の床へと移動させた。冊子の中に、ハインリヒやジークヴァルト、リーゼロッテの物もあったが、とりあえず年ごとに振り分けることだけに注視する。

 その振り分けられた小山がいくつもできたころ、カイはある一冊いっさつで手を止めた。

(これは……託宣者の名前が鮮明せんめいだな。故意こいに消されたのか? しかも託宣が降りた時期も分からない……)

 山積みの冊子がほぼ振り分けられようとする頃には、似たような不鮮明な冊子がもう二冊にさつ出てきた。

 最後の一冊となったとき、手にした冊子を開いたカイが、一瞬だけ固まった。
 カイ・デルプフェルト――自身じしんしるされた冊子を前に、カイの表情がわずかにゆがむ。

「……最後の最後で出てくるあたり、龍って絶対性格悪いよな」

 そうひとりごちると、その冊子を後ろ手に小山のひとつに振り分け、けてあった三冊さんさつを改めてその手に取った。

(この三冊……時期、託宣者名ともに記載が薄れている。しかも一冊は、ハインリヒ様の対の託宣を受けた者だ)

 すべての冊子には、託宣が下りた時期、すなわちその者が誕生した日付が記載されており、名前と託宣名、託宣の内容、託宣を受けた証である龍のあざの形が記されていた。

 龍のあざはそれぞれ形が異なっているが、対の託宣を受けた者同士は、かがみうつしの形を取っている。手にした冊子のひとつに記されているのは、確かにハインリヒの左手の甲に刻まれたあざを鏡で映した物だ。

(『ルィンの名を受けしこの者、イオをかんする王をただひとりいやす者』か……)

 ここに記されている名前、せめて託宣が下りた日付だけでも分かれば、ハインリヒの託宣の相手はすぐにでも探し出せるだろう。カイはページをすかしてみたり、ななめからのぞいてみたりと、なんとか薄れた文字が読み取れないかいろいろとやってみた。

「くそ、見えやしねぇ」

 諦めて、他の二冊を手に取る。こちらも同様に、託宣を受けた者の名前と日付が薄れていて、まるで読み取ることができない。

(なんだ、この託宣は……?)

 二冊を同時に開いて確認していたカイははっと息をのんだ。

(こっちは『リシルの名を受けしこの者、異形の者にいのちうばわれしさだめ』?  もうひとつは「オーンの名を受けしこの者、ラスのついとなる……」)

「星にとす者」

 無意識に続きを声にしたカイに、レミュリオがいぶかな顔を向けた。

(……星に、堕とす者)

 自分の中に落とし込めるように、もう一度その言葉を胸中でつぶやくと、カイは驚き顔から一転、突如とつじょ、大声をあげて笑いはじめた。

「はっはは、ははは……!  ほし、に、おとすものっ、ははっほしにっ、おとっすっははっははははははは……っ!」

 壊れたおもちゃのように笑い続けるカイを前に、レミュリオが困惑顔となる。

 まなじりに涙をためて笑い続けながら、カイは立ち上がって床に積まれた冊子を手際てぎわよく棚の中へと戻していった。造作ぞうさに積み上げられていたかのように思われた冊子は、年代ごとに順番に並べなおされていく。

 最後の一冊を差し込んだその直後、前触れなく棚の上から一つの冊子が落ちてきた。一瞬がまえたカイだったが、床に落ちたそれを無言で拾い上げ、なんとはなしに開いてみる。
 それは年代と数字だけが並べられている、今までの冊子とは異なるものだった。笑うのをやめたカイは、再び真剣な表情となる。

(これは、その年に降りた託宣の数か……?)

 年によって数字が異なり、何もない年もある。カイは自身が記憶している各年に降りた託宣の数と、そこに記載されている数字と照らし合わせてみた。

(数が合わないのは八百十三年と、八百十五年……)

 その答えに行きつくと、カイはその冊子を乱暴に棚に戻し、部屋の出口へと向かった。

「おや? もうよろしいのですか?」

 壁にもたれかかったままのレミュリオの脇を素通りして、カイは足早に神殿の出口を目指し去っていく。

「せっかちな方だ。もうしばし、この空気に触れていたかったのですがね」

 残念そうに姿勢を正すと、レミュリオは静かに扉をくぐった。数歩出て振り返る頃には、書庫の扉はひとりでに閉じていく。薄暗い廊下は再び重い沈黙に閉ざされた。
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