ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
306 / 529
第2章 氷の王子と消えた託宣

しおりを挟む
「はて、怠慢と言われましても、この書庫に入れるのは時の神官長のみ。しかも、新たな託宣が降りたときのみ開放されると聞いております。今回は、特例中の特例ですよ」

 そんなことは言われなくとも分かっている。カイははばかりもせず大きく舌打ちをすると、棚から百年分の冊子をすべて引き抜き、造作ぞうさに床の上にぶちまけた。
 次いで、山積みになった冊子の前にどっかとあぐらをかくと、一冊一冊を手に取ってはページをめくっていく。

「おやおや、乱暴な」

 レミュリオは見えずとも状況を察したのか、そんなことを口にする。だがそれ以上は何も言う気はないようだ。そうできるということは、龍がその行為を容認しているというあかしなのだ。

 カイは一冊一冊を素早く確かめながら、振り分けるように背後の床へと移動させた。冊子の中に、ハインリヒやジークヴァルト、リーゼロッテの物もあったが、とりあえず年ごとに振り分けることだけに注視する。

 その振り分けられた小山がいくつもできたころ、カイはある一冊いっさつで手を止めた。

(これは……託宣者の名前が鮮明せんめいだな。故意こいに消されたのか? しかも託宣が降りた時期も分からない……)

 山積みの冊子がほぼ振り分けられようとする頃には、似たような不鮮明な冊子がもう二冊にさつ出てきた。

 最後の一冊となったとき、手にした冊子を開いたカイが、一瞬だけ固まった。
 カイ・デルプフェルト――自身じしんしるされた冊子を前に、カイの表情がわずかにゆがむ。

「……最後の最後で出てくるあたり、龍って絶対性格悪いよな」

 そうひとりごちると、その冊子を後ろ手に小山のひとつに振り分け、けてあった三冊さんさつを改めてその手に取った。

(この三冊……時期、託宣者名ともに記載が薄れている。しかも一冊は、ハインリヒ様の対の託宣を受けた者だ)

 すべての冊子には、託宣が下りた時期、すなわちその者が誕生した日付が記載されており、名前と託宣名、託宣の内容、託宣を受けた証である龍のあざの形が記されていた。

 龍のあざはそれぞれ形が異なっているが、対の託宣を受けた者同士は、かがみうつしの形を取っている。手にした冊子のひとつに記されているのは、確かにハインリヒの左手の甲に刻まれたあざを鏡で映した物だ。

(『ルィンの名を受けしこの者、イオをかんする王をただひとりいやす者』か……)

 ここに記されている名前、せめて託宣が下りた日付だけでも分かれば、ハインリヒの託宣の相手はすぐにでも探し出せるだろう。カイはページをすかしてみたり、ななめからのぞいてみたりと、なんとか薄れた文字が読み取れないかいろいろとやってみた。

「くそ、見えやしねぇ」

 諦めて、他の二冊を手に取る。こちらも同様に、託宣を受けた者の名前と日付が薄れていて、まるで読み取ることができない。

(なんだ、この託宣は……?)

 二冊を同時に開いて確認していたカイははっと息をのんだ。

(こっちは『リシルの名を受けしこの者、異形の者にいのちうばわれしさだめ』?  もうひとつは「オーンの名を受けしこの者、ラスのついとなる……」)

「星にとす者」

 無意識に続きを声にしたカイに、レミュリオがいぶかな顔を向けた。

(……星に、堕とす者)

 自分の中に落とし込めるように、もう一度その言葉を胸中でつぶやくと、カイは驚き顔から一転、突如とつじょ、大声をあげて笑いはじめた。

「はっはは、ははは……!  ほし、に、おとすものっ、ははっほしにっ、おとっすっははっははははははは……っ!」

 壊れたおもちゃのように笑い続けるカイを前に、レミュリオが困惑顔となる。

 まなじりに涙をためて笑い続けながら、カイは立ち上がって床に積まれた冊子を手際てぎわよく棚の中へと戻していった。造作ぞうさに積み上げられていたかのように思われた冊子は、年代ごとに順番に並べなおされていく。

 最後の一冊を差し込んだその直後、前触れなく棚の上から一つの冊子が落ちてきた。一瞬がまえたカイだったが、床に落ちたそれを無言で拾い上げ、なんとはなしに開いてみる。
 それは年代と数字だけが並べられている、今までの冊子とは異なるものだった。笑うのをやめたカイは、再び真剣な表情となる。

(これは、その年に降りた託宣の数か……?)

 年によって数字が異なり、何もない年もある。カイは自身が記憶している各年に降りた託宣の数と、そこに記載されている数字と照らし合わせてみた。

(数が合わないのは八百十三年と、八百十五年……)

 その答えに行きつくと、カイはその冊子を乱暴に棚に戻し、部屋の出口へと向かった。

「おや? もうよろしいのですか?」

 壁にもたれかかったままのレミュリオの脇を素通りして、カイは足早に神殿の出口を目指し去っていく。

「せっかちな方だ。もうしばし、この空気に触れていたかったのですがね」

 残念そうに姿勢を正すと、レミュリオは静かに扉をくぐった。数歩出て振り返る頃には、書庫の扉はひとりでに閉じていく。薄暗い廊下は再び重い沈黙に閉ざされた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...