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第2章 氷の王子と消えた託宣

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 そうこうしているうちに次の曲が流れ始めた。ダンスフロアにいた者たちはおのおのポーズを組んでポジションをとる。
 ジークヴァルトがメロディに乗ってリードし始める。リーゼロッテも流れるように踊りだした。
(そっか、二曲続けて踊れば、婚約者として認知してもらえるんだっけ)
 舞踏会で同じ者と二回以上踊るのは、夫婦か恋人、婚約者のみという暗黙のルールがある。いまここでジークヴァルトと立て続け踊るのは、いちいち説明せずとも婚約関係を知らしめることができるのだ。

 三曲目のワルツは、難易度が中級だった。ステップがやや複雑なうえ、続けてのダンスにリーゼロッテは少し息が上がってきている。
(……足がもつれて転んだりしないよう気をつけないと)
 この一曲を乗り切ることだけに集中して、リーゼロッテは無理矢理むりやり笑顔を作った。しかし、となりで踊るカップルが視界に入り、リーゼロッテは身をこわばらせてあっさりと足をもつれさせた。
(貞子ぉ、貞子も踊ってるぅぅぅ)

 先ほどの貞子を背負った紳士が、デビュタントの令嬢のひとりとすぐ横で踊っている。貞子は紳士の背にしがみついたまま、愛おしそうに紳士の頬を撫でている。その周りにも異形の者がうごめいていて、リーゼロッテはダンスどころではなくなった。
 ジークヴァルトにぐいと引き寄せられ、リーゼロッテは体を支えられる。
「あ……」
「疲れたのか?」
 踊りながら耳元で問うてくる。リーゼロッテは「いいえ、異形に少し驚いてしまって」とこわばった笑みを返した。疲れたと言っても途中でダンスを抜けるわけにもいかないだろう。それにジークヴァルトの事だ。そんなことを言ったら、ダンスの途中でもお構いなしに抱き上げてくるかもしれない。
 リーゼロッテの言葉にジークヴァルトは周囲の異形をにらみつけた。踊りながら異形をはらうのは、少しばかり骨が折れる。何しろやつらは祓っても祓ってもやってくるのだ。

「あ、エラ……」
 くるりと回りながらリーゼロッテがつぶやいた。そちらを見やるとエーミールとエラが、自分たちの横で踊っているのが目に入った。
 エーミールはかなり強引なリードで、ジークヴァルトたちのまわりを周回しゅうかいするように踊っている。それにつれて、周囲にいた異形たちが遠くへ押しのけられていく。
(エーミール様が異形を祓ってくれているんだわ)
 しかし、エラの様子を伺うとかなり必死の表情で踊っているようだ。それに追い払った異形の者が、エーミールたちが遠のくと再びリーゼロッテたちに近寄ってくる。

 そのいたちごっこの状態に、リーゼロッテは早く曲が終わることを願った。体力も気力もすり減って、気を抜くとジークヴァルトの足を踏んでしまいそうになる。
「踏んでも問題ない」
 余裕のなくなってきたリーゼロッテにジークヴァルトがそっけなく言った。
「いえ、そのようなことできませんわ」
「何ならオレの足に乗っていればいい」
「え?」
 思わずジークヴァルトの足の上に、自分の足を乗せて踊る場面を想像してしまう。その姿は自動で動く竹馬のようで、リーゼロッテはふるふると頭を振ってその想像を振り払った。

「無茶をおっしゃらないでくださいませ」
「冗談だ」
 ふいと顔をそらすとジークヴァルトは近づいてきた異形を危なげなく祓っていく。
(今のは絶対に本気だったわ)
 胡乱うろんな視線を向けるもリーゼロッテにおしゃべりを続ける余裕はない。緩めにターンをすると、すぐ近くであの貞子紳士が踊っていた。

(あっ……!)
 紳士とペアになって踊っている令嬢のスカートのすそに、貞子とは別のどす黒い異形の者がしがみついている。くるりと回った令嬢のスカートがふわりと広がり、遠心力で異形の者も一緒に回転するのが目に入った。
 その禍々まがまがしさにリーゼロッテは身をこわばらせる。異形はみにくいその手で令嬢のスカートをぐっと大きく引っ張った。
 その時、リーゼロッテは甲高い異形のわらごえを聞いた。耳障みみざわりで悪意に満ちたそれにぶわりと全身に鳥肌が立つ。
 目の前で令嬢が悲鳴を上げた。貞子紳士の手を離れ、スライディングするようにこちらへと倒れこんでくる。

 ちっと舌打ちをしてジークヴァルトが異形に向けて力を放ち、憎々にくにくな声を上げながら異形の者は消し飛んだ。しかし令嬢はそのままバランスを崩してこちらへと向かってくる。踊っているリーゼロッテも咄嗟とっさに動きが止められず、このままでは令嬢とぶつかるのは避けられない。
 ぶつかるだけならまだしも、相手は自分の足元に転がり込んできている。ヒールのあるこの靴でこうものなら、令嬢は無傷では済まないだろう。
 これはもう自分も倒れこむしかない。今こそ領地の屋敷で転びまくった成果を見せるときだ。どんとこいな気持ちで淑女らしく可憐かれんに転んで見せようと、ジークヴァルトを巻き込まないよう、リーゼロッテは咄嗟とっさにその手を離した。

「ふあっ」
 次の瞬間、リーゼロッテは宙を舞っていた。自分の腰に手をえて軽々と持ち上げているジークヴァルトの顔を見下げながら、リーゼロッテはふわりと転んだ令嬢の上を飛び越えた。
 リーゼロッテの体は床に着地することなく、そのままジークヴァルトの腕の中に抱きとめられる。同時に曲が終了し、一瞬の静寂せいじゃくの後にダンスフロア全体がわっと大きくどよめいた。

「リーゼロッテお嬢様!」
 エラが青い顔で駆け寄ってくる。リーゼロッテは震える胸を押さえながら、転んだ令嬢へと視線を向けた。
 令嬢は周囲にいた紳士たちに助け起こされている。その顔は真っ青でリーゼロッテ以上に震えている様子だ。令嬢が顔を上げた瞬間、リーゼロッテと目が合った。紳士の手を離れて令嬢がものすごい勢いでこちらに駆け寄ってきた。
「も、申し訳ございません! わたし、とんでもないことを!!」
 泣きじゃくりながら令嬢はリーゼロッテの前でひざまずいた。恐らく自分より爵位の低い令嬢なのだろう。不敬ふけいを働いたと勘違いして動揺しているに違いない。

「わたくしは大丈夫です。それよりもあなたにお怪我けがはございませんか?」
 駆け寄ってこられるくらいだ。大きな怪我はしていないのだろう。そう思いつつも、人間、アドレナリンが出ると、痛みなど忘れてしまうこともある。
「は、はい。わたしは何ともありません……」
「それならよかったですわ。ですが念のために、きちんとお医様にみてもらってくださいませね?」
「あ、ありがとうございますっ」
 すすり泣きながら令嬢は頭を下げた。

「もうお立ちになってくださいませ。ジークヴァルト様がいてくださいましたから、わたくしは本当に大丈夫ですから」
 涙をためて見上げてくる令嬢に、安心させるように笑みを作る。しかし、令嬢がひざをついているにしても、やたらと令嬢との距離が遠いように感じる。
 いつもと違う視界の高さにリーゼロッテは、ジークヴァルトに抱き上げられていることに今さらながら気がついた。しかも横抱きではなく、お尻を抱えられる子供抱きだ。

 自分は大丈夫だとどや顔で言い切った分、羞恥心しゅうちしん半端はんぱなくこみあげてくる。抱っこされた状態で、物理的にも態度的にも上から目線にもほどがある。
 リーゼロッテは頬を赤らめて、すぐそばにあったジークヴァルトの顔を覗き込んだ。
「ヴァルト様……もう降ろしてくださいませ」
「却下だ」
 いつものようにあっさり返されて、そのままリーゼロッテは夜会の会場の中をジークヴァルトに運ばれていく。貴族たちの視線が痛い。

(善処するって言ったくせに……!)

 かつて王城の廊下でそうしたように、リーゼロッテはジークヴァルトの首にしがみついて、その顔を隠すより他なかった。




【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。 異形のせいで白の夜会から一足先に帰ることになったわたし。 一方、遅れてやってきたアンネマリーは、デビュタントとして王子殿下との再会を避けられず。そこで王妃様のたくらみを知った王子殿下は、アンネマリーにかける言葉もなくて……?
 次回、2章 第13話「白の夜会 –後編-」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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