ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
282 / 528
第2章 氷の王子と消えた託宣

しおりを挟む
     ◇
「クリスタ、待たせたね」
「あら、あなた。リーゼはどうなさったの?」

 貴族たちの合間を縫ってフーゴがクリスタたちの元へとやってきた。

「リーゼロッテはジークヴァルト様におまかせしてきたよ。婚約をお披露目するいい機会だからね」
「ふふ、そうね。ずっとジークヴァルト様との婚約は表に出せなかったものね。おかげでいろいろな噂話が飛び交っているようだし、これでリーゼへの求婚話も落ち着くといいのだけれど」

 ずっと幻の令嬢だったリーゼロッテは、昔から求婚が絶えないでいる。伯爵家と縁続きになりたい貴族から、噂の妖精姫を手に入れたい者までさまざまだったが、理由を出すことなく断ってきたため陰では悪く言われることも多くあった。何度断っても諦めない貴族もいて、逆恨み一歩手前な状態にもなっている。

「グレーデン様、妻についていただいてありがとうございました」
「ではわたしはジークヴァルト様のおそばに行かせてもらいます。さあ、エラ、あなたもだ」
「え?」

 クリスタがフーゴの横に立つのを確認すると、エーミールはエラの手を取った。エラのエスコート役のヨハンは驚いた顔をしている。

「え? ですが、エーミール様」

 戸惑うエラの腰に手をまわして、エーミールはダンスフロアの方向へと歩き始めた。エラはその手を振りほどくこともできずに、わずかに後ろを振り返った。ヨハンが大丈夫だと言うように笑顔を返す。申し訳ない気持ちになりながらも、エラはエーミールに従うしかなかった。

「ジークヴァルト様はおそらくダンスフロアだ。エラ、あなたもリーゼロッテ様が踊る姿を間近で見たいだろう?」
「え? はいっ! もちろんです!」

 エラは瞳を輝かせた。リーゼロッテの記念すべき初舞踏会だ。公爵と踊る様はきっと素晴らしいに違いない。その場面をこの目に焼き付けようとエラの足が自然と早くなる。

「その髪飾り、つけてきたのだな」
「あ、はい。このように素晴らしいもの、滅多につける機会はありませんから」

 エラの夜会巻きにされた髪には、貴族街でエーミールに買ってもらったエメラルドの髪飾りが輝いていた。リーゼロッテから贈られた緑のドレスとの相性も抜群で、今日のエラはどこからみても立派なご令嬢だ。

 エーミールにエスコートされている赤毛の令嬢に好奇の視線を向ける者も多かったが、エラの心はもうリーゼロッテの事でいっぱいだった。ダンスフロアに近づくと、ファーストダンスに続く二曲目のダンスがちょうど始まったところのようだ。

 探すまでもなくリーゼロッテの姿が視界に入る。フロアの中央付近でリーゼロッテは公爵と共に踊っていた。身長差を感じさせない息の合った優雅なダンスに、周囲にいたギャラリーはくぎ付けになっている。

「ああ、リーゼロッテお嬢様……」

 エラの口から感嘆のため息が漏れた。エラの目にはリーゼロッテにだけスポットライトが当たっているかのごとく映る。リーゼロッテの晴れ舞台をその目に焼き付けようと、瞬きもせずにふたりのダンスを目で追った。

 その様子にふっと笑ってから、エーミールもジークヴァルトへと視線を向けた。
 ジークヴァルトは滅多に舞踏会には参加しない。参加したとしてもダンスを踊ることはほとんどなかった。エーミールが覚えている限りでは、ジークヴァルトがデビューの時に母親であるディートリンデと踊って以来、誰とも踊っていないのではないだろうか。

「フーゲンベルク公爵様が踊るなんて前代未聞だわ」
「やはりダーミッシュ伯爵令嬢とのご婚約は本当だったのね。あの首飾りはどう見ても公爵様の瞳の色だもの」
「ダーミッシュ伯爵は妖精姫の求婚をことごとく断っていたそうだけど……公爵家からの申し入れでは拒否はできなかったのでしょうね」

 そこかしこでひそひそと噂話が繰り広げられている。その浮ついた様子に「くだらんな」とエーミールは鼻を鳴らした。

 そうこうしているうちに曲が終盤を迎え、二曲目のダンスも終わりを告げる。ダンスを終えて休憩に向かう者、他の相手にダンスを申し込む者、次のダンスに参加すべくやってきたカップルなど、ダンスフロアは入れ替わりが行われている。

 勇猛ゆうもう果敢かかんな紳士の幾人いくにんかが、次のダンスの相手にとリーゼロッテへと距離を詰めていく。しかし、ジークヴァルトがリーゼロッテの手を離さないまま、次の曲が流れ始めた。

「わたしたちも行こう」

 エラの返事を待たないまま、エーミールはダンスフロアに足を踏み入れた。

 慌てるエラの手を取って、流れる音楽に乗せて踊り始める。エラは社交界慣れしていないものの、リーゼロッテの手本となるべくダンスはほぼ完ぺきに極めていた。

 エーミールのリードもあって、ふたりはするするとフロアの中心へと滑り込んでいく。踊りながらジークヴァルトたちのいる方向を確かめ、エーミールは少しずつ距離を詰めていった。エーミールの意図が分かったのか、エラもその動きに合わせてくるので、曲の序盤でジークヴァルトの近くまで来ることができた。

 夜会など大勢の人間が集まる場所には、異形の者も寄ってくる。中には異形に憑かれている者までいたりするので、エーミールはジークヴァルトの身が心配だった。それでなくとも、ジークヴァルトは異形に好かれるリーゼロッテとともにいるのだ。

 案の定、ふたりの周りには異形の者が常よりも集まっていた。ジークヴァルトもリーゼロッテを守りつつ、踊りにくそうな様子だ。

 エーミールは周りの異形たちを祓いつつ、さらにジークヴァルトたちの近くのポジションを取った。急な進路変更に、エラはバランスを崩しつつも何とかついて来る。

「悪いが少しつきあってくれ」

 何に、とは言わずにエーミールは異形たちの動きを追うようにステップを踏んだ。異形の姿が視えないエラは、予測がつかないエーミールの動きについていくのがやっとのようだ。

 エラは戸惑ったようにエーミールの顔を見上げたが、その視線は近くで踊るジークヴァルトとリーゼロッテに向けられている。エーミールの意図が分からない。だが、その動きに何か意味があるのだろうと、エラは何も問わずにダンスを続けた。

(本当によくできた女性だな)

 エラはいつも、一を見てこちらの意図を十まで察する。余計な詮索はしてこないし、どうやら身体能力も高いようだ。女性をリードするというには乱暴すぎる無茶な動きにも、エラは難なくついてくる。

 エーミールはエラの手を握る手にぐっと力を込めて、エラの体を自分の方へ引きよせた。そのまま異形の吹き溜まりへと大きくステップを踏み込んでいく。

「――……っ!」

 さすがのエラも驚いたように足をもつれさせた。バランスを崩しかけたエラを支えながら、異形へ力を放つ。しかし、それが届く前に異形たちは距離を取るようにさっと引いていった。

「はっ、あなたはすごいな」

 無知なる者であるエラが近づくと、異形たちは追われた羊の群れのごとく逃げ去っていく。その様子に半ば呆れながら、エーミールはジークヴァルトの周りにいる異形たちを少しずつ遠ざけていった。

 エラは訳も分からぬまま、エーミールの動きに翻弄され続けたのだった。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...