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第2章 氷の王子と消えた託宣
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◇
夜会の広間の片隅で、エラはリーゼロッテの姿をうっとりと眺めていた。リーゼロッテは壇上まで敷かれた長い赤絨毯の上を、フーゴにエスコートされながらゆっくりと進んで行く。
はじめは遠目にも緊張しているのが見てとれたが、フーゴと何か会話をしたのか、道のりの半ばでは普段通りの足取りとなっていた。
その優雅な立ち居振る舞いに、周囲のあちこちから感嘆の声が漏れる。リーゼロッテへの称賛の声は当然だ。あれほど完璧な令嬢は、この広い会場のどこを探してもいやしないだろう。
その自慢のリーゼロッテの侍女であれる自分を誇らしく思う。エラは男爵令嬢として、この白の夜会に参加できたことに心から感謝していた。
「ふふ、リーゼはお父様に何を言われたのかしら?」
隣にいたクリスタも誇らしげにリーゼロッテを見つめている。エラはリーゼロッテに視線をやったまま、クリスタの言葉に頷いた。
「はい、旦那様のおかげでお嬢様の緊張もとけたようですね」
「リーゼはちゃんと王にご挨拶ができるかしら? 大丈夫とはわかっているけれど、こちらが緊張してしまうわね」
「……わたしもなんだか緊張してきました」
エラは祈るように手を組んで身を固くする。そんな様子のクリスタとエラを、斜め後ろに立っていたヨハンが覗き込んだ。
「王はとても慈悲深い方です。何も心配はないですよ」
ヨハンはエラのエスコート役として白の夜会に参加していた。ちなみにクリスタはフーゴが戻るまでの間、エーミールがエスコートしている。
そのエーミールはリーゼロッテというより、リーゼロッテを目で追っているジークヴァルトに注意を払っていた。
多くの貴族に囲まれて辟易しているだろうジークヴァルトが目に入る。近くで控えたいのは山々なのだが、今はクリスタをエスコートしているため、ジークヴァルトのそばには行くことはできない。ダーミッシュ伯爵が戻るまでは仕方がないと、エーミールはリーゼロッテに視線を向けた。
リーゼロッテは壇上の前に辿りつき、文句のつけようのない振る舞いで王に礼をとっている。王とも臆することなく会話をしているようだ。
続けて王妃から言葉をもらったあと、壇上に注目していたほとんどすべての貴族から驚きの声が漏れた。
「王太子殿下がダーミッシュ伯爵令嬢にお言葉をかけていらっしゃるわ……!」
「ブラル伯爵令嬢には視線すらお向けならなかったと言うのに……さすがの氷結の王子も、妖精姫の美しさに心を動かされたということかしら!?」
王子は少なくない言葉をダーミッシュの妖精姫にかけているようだ。妖精姫も臆することなく自然と王子と会話しているのが見てとれた。
そうなってくると、王太子妃候補はダーミッシュ伯爵令嬢か。しかし、彼女には婚約者がいるという。しかもその婚約者とは、ハインリヒ王子の寵愛を受けていると噂のフーゲンベルク公爵なのだ。
ゴシップ好きの貴族たちの視線が一斉にフーゲンベルク公爵へと向けられた。公爵はわずかに眉間にしわを寄せたまま壇上を睨みつけている。あれはどちらに対する嫉妬の視線なのか。
思わぬ三角関係に、特に淑女の間から興奮したような声が漏れて出た。
白の夜会では王への挨拶がすべて終わったのちに、デビュタントたちが一堂に会してファーストダンスを踊るのが慣習となっている。それが済めば、紳士が各々淑女にダンスを申し込む、いわばフリータイムが訪れる。
「ハインリヒ王太子殿下は、今年は妖精姫と踊るのかしら?」
「そうね。それに毎年殿下と踊る謎の令嬢が、今年も現れるか楽しみだわ」
「あの王妃殿下によく似たご令嬢ね!」
ハインリヒ王子が舞踏会に参加することは滅多にない。それこそ王族主催のこの白の夜会と年始を祝う夜会に顔を出すくらいだ。
王族と言えど力を持った貴族をないがしろにすることはできないはずだが、王子は招待される舞踏会をことごとく断り続けている。
そんな王子がダンスを踊るのは、年間を通してこの白の夜会だけだった。それも毎年、正体不明の令嬢とだけ踊るものだから、その令嬢こそが王太子妃候補なのだと言う声も上がっている。
しかし、その謎の令嬢は誰に聞いても正体がつかめない。唯一わかっているのは、その令嬢がイジドーラ王妃にとても雰囲気が似ているということだけである。
王妃の親類縁者かと問うても、イジドーラは妖しく微笑むだけで何も語ろうとはしない。その令嬢に詰め寄ろうにも、王子と踊った後に令嬢も王子と一緒にさっさと退場して、それきりどの夜会にも姿を現さないのだ。
「うふふ、今年の白の夜会は波乱含みね」
「本当に。ランド公爵様は愛娘のデビューを見合わせて正解でしたわ」
淑女たちの扇で隠した口元に忍び笑いがもれる。ダーミッシュ伯爵令嬢の挨拶も終わったようだ。あとは侯爵家二家を残すのみ。
どんな修羅場が見られるだろうか。はやくその場面がみられればいいのにと、多くの紳士淑女たちは、はやる気持ちでデビュタントの登場口に目を向けた。
夜会の広間の片隅で、エラはリーゼロッテの姿をうっとりと眺めていた。リーゼロッテは壇上まで敷かれた長い赤絨毯の上を、フーゴにエスコートされながらゆっくりと進んで行く。
はじめは遠目にも緊張しているのが見てとれたが、フーゴと何か会話をしたのか、道のりの半ばでは普段通りの足取りとなっていた。
その優雅な立ち居振る舞いに、周囲のあちこちから感嘆の声が漏れる。リーゼロッテへの称賛の声は当然だ。あれほど完璧な令嬢は、この広い会場のどこを探してもいやしないだろう。
その自慢のリーゼロッテの侍女であれる自分を誇らしく思う。エラは男爵令嬢として、この白の夜会に参加できたことに心から感謝していた。
「ふふ、リーゼはお父様に何を言われたのかしら?」
隣にいたクリスタも誇らしげにリーゼロッテを見つめている。エラはリーゼロッテに視線をやったまま、クリスタの言葉に頷いた。
「はい、旦那様のおかげでお嬢様の緊張もとけたようですね」
「リーゼはちゃんと王にご挨拶ができるかしら? 大丈夫とはわかっているけれど、こちらが緊張してしまうわね」
「……わたしもなんだか緊張してきました」
エラは祈るように手を組んで身を固くする。そんな様子のクリスタとエラを、斜め後ろに立っていたヨハンが覗き込んだ。
「王はとても慈悲深い方です。何も心配はないですよ」
ヨハンはエラのエスコート役として白の夜会に参加していた。ちなみにクリスタはフーゴが戻るまでの間、エーミールがエスコートしている。
そのエーミールはリーゼロッテというより、リーゼロッテを目で追っているジークヴァルトに注意を払っていた。
多くの貴族に囲まれて辟易しているだろうジークヴァルトが目に入る。近くで控えたいのは山々なのだが、今はクリスタをエスコートしているため、ジークヴァルトのそばには行くことはできない。ダーミッシュ伯爵が戻るまでは仕方がないと、エーミールはリーゼロッテに視線を向けた。
リーゼロッテは壇上の前に辿りつき、文句のつけようのない振る舞いで王に礼をとっている。王とも臆することなく会話をしているようだ。
続けて王妃から言葉をもらったあと、壇上に注目していたほとんどすべての貴族から驚きの声が漏れた。
「王太子殿下がダーミッシュ伯爵令嬢にお言葉をかけていらっしゃるわ……!」
「ブラル伯爵令嬢には視線すらお向けならなかったと言うのに……さすがの氷結の王子も、妖精姫の美しさに心を動かされたということかしら!?」
王子は少なくない言葉をダーミッシュの妖精姫にかけているようだ。妖精姫も臆することなく自然と王子と会話しているのが見てとれた。
そうなってくると、王太子妃候補はダーミッシュ伯爵令嬢か。しかし、彼女には婚約者がいるという。しかもその婚約者とは、ハインリヒ王子の寵愛を受けていると噂のフーゲンベルク公爵なのだ。
ゴシップ好きの貴族たちの視線が一斉にフーゲンベルク公爵へと向けられた。公爵はわずかに眉間にしわを寄せたまま壇上を睨みつけている。あれはどちらに対する嫉妬の視線なのか。
思わぬ三角関係に、特に淑女の間から興奮したような声が漏れて出た。
白の夜会では王への挨拶がすべて終わったのちに、デビュタントたちが一堂に会してファーストダンスを踊るのが慣習となっている。それが済めば、紳士が各々淑女にダンスを申し込む、いわばフリータイムが訪れる。
「ハインリヒ王太子殿下は、今年は妖精姫と踊るのかしら?」
「そうね。それに毎年殿下と踊る謎の令嬢が、今年も現れるか楽しみだわ」
「あの王妃殿下によく似たご令嬢ね!」
ハインリヒ王子が舞踏会に参加することは滅多にない。それこそ王族主催のこの白の夜会と年始を祝う夜会に顔を出すくらいだ。
王族と言えど力を持った貴族をないがしろにすることはできないはずだが、王子は招待される舞踏会をことごとく断り続けている。
そんな王子がダンスを踊るのは、年間を通してこの白の夜会だけだった。それも毎年、正体不明の令嬢とだけ踊るものだから、その令嬢こそが王太子妃候補なのだと言う声も上がっている。
しかし、その謎の令嬢は誰に聞いても正体がつかめない。唯一わかっているのは、その令嬢がイジドーラ王妃にとても雰囲気が似ているということだけである。
王妃の親類縁者かと問うても、イジドーラは妖しく微笑むだけで何も語ろうとはしない。その令嬢に詰め寄ろうにも、王子と踊った後に令嬢も王子と一緒にさっさと退場して、それきりどの夜会にも姿を現さないのだ。
「うふふ、今年の白の夜会は波乱含みね」
「本当に。ランド公爵様は愛娘のデビューを見合わせて正解でしたわ」
淑女たちの扇で隠した口元に忍び笑いがもれる。ダーミッシュ伯爵令嬢の挨拶も終わったようだ。あとは侯爵家二家を残すのみ。
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