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第2章 氷の王子と消えた託宣
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「ふふ、今日は楽しかったようね。エラも疲れたでしょう? ふたりとも早めに休むといいわ」
クリスタがやさしく微笑みながら、「その髪飾りの話は明日きかせてちょうだいね」とエラに目配せした。
「え!? あの、これはその……」
エラが赤くなりながらしどろもどろに返している。それを見て、リーゼロッテも思わずうずうずしてしまう。ジークヴァルトに買ってもらったブレスレットも早くエラに手渡したい。
「ねえ、エラ。今夜は昔みたいにわたくしと一緒に眠ってもらえないかしら……?」
パジャマパーティでガールズトークを繰り広げたい。伺うようにエラを見ると、エラは驚いた顔をした後、おもいきり破顔した。
「あらあら、リーゼ。あなたはもう社交界デビューを果たす立派なレディなのよ? それなのにエラと一緒に寝たいだなんて」
クリスタにそう言われ、リーゼロッテの表情が悲しそうに曇った。占いの店での出来事も早くエラに聞いてほしかった。今日はいろいろとあって、何よりも甘えたい気分だったのだ。
「ふふ。仕方のない子ね。では今日はエラと休みなさい。そのかわり、明日はわたくしと一緒に眠ること。それなら許してあげるわ」
お父様には内緒よ? と、クリスタは茶目っ気たっぷりにウィンクした。
クリスタの計らいで、その夜リーゼロッテはエラと大きなベッドで横になった。子供の頃に戻ったみたいで、うれしくもくすぐったい気分だ。
連れていかれた店はエラのチョイスだったこと。その店でジークヴァルトにいろいろ買ってもらったこと。髪飾りはやっぱりエーミールに贈られたこと。カフェで出てきたケーキの美しかったこと。占いの館で起きたこと。
お互いに今日あった出来事をいろいろとふたりで飽きずに話した。
エラとのお揃いのブレスレットも無事に手渡せて、ふたりでその腕につけて赤と緑の石を見せあったりもした。
おしゃべりは尽きないようで、やがてリーゼロッテの瞼はいつの間にか閉じてしまう。その様子をエラはしあわせそうに見守りながら、自身も深い眠りについた。
◇
伯爵家の馬車から降りたリーゼロッテは、正装した義父のフーゴと共に王城の夜会の会場へと向かう廊下に歩を進めた。
豪奢なシャンデリアがいくつも並ぶ広い廊下は、陽が落ちてからだいぶたつというのに昼と見まごう程に眩く明るい。遠く高い天井に描かれた荘厳な壁画が、極限まで磨き上げられた大理石の床に鏡のごとく映し出されている。
繊細なレリーフが彫られた太い柱が何本も立ち並ぶ人気のない廊下を、フーゴにエスコートされながらふたりきりでゆっくりと進む。大きな窓にはめられたステンドグラスがシャンデリアの光に反射して、進むたびにそのきらめきを変化させていく。
王城の正門から夜会の会場までの道のりは、リーゼロッテの知るものとはまるで景色が違っていた。王城には一か月ほど滞在していたが、政務を行う区画とは煌びやかさがもはや別世界だ。
荘厳な場の雰囲気に飲まれそうになりながら、リーゼロッテは一歩また一歩と歩を進めていく。見上げるほどの大きな扉の前に辿りつくと、ふたりは一度その歩みを止めた。
「緊張しているのかい?」
穏やかな口調でフーゴが問いかける。リーゼロッテは小さく微笑み、次いで困ったようにゆっくりと頷いた。
「リーゼロッテ。今こうして、お前の父としてこの手を引いていることを、心から嬉しく思う。ここまでよく健やかに、真っ直ぐに育ってくれたね。本当に感謝するよ」
「お義父様……」
「いいかい、リーゼロッテ。ここから先、お前が旅立つ社交界には、心ないことを言う人間も多くいるだろう。だけれど、このことは忘れないでおくれ。お前はわたしたちの自慢の娘だ。そのことだけは、誰に何を言われようとも胸を張っていてほしい」
「はい……はい、フーゴお義父様……」
「おや、泣いてはいけないよ。せっかくエラにきれいにしてもらったのだから。さあ、クリスタも向こうで待っている。まずは王に成人としてきちんと挨拶をしに行こう」
「はい、お義父様」
最上級の淑女の笑みと共に、リーゼロッテは差し出されたフーゴの肘へとそっと手を添えた。
やがて厳かに名が呼ばれ、目の前の大きな扉がゆっくりと開け放たれる。
――龍歴八百二十八年、リーゼロッテは華やかな社交界へと、今、その足を踏み入れた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。とうとう社交界デビューを迎えたわたしは、白の夜会へいざ出陣。王の前で転んだりしないように、精いっぱい頑張ります! ところがダンスの最中に異形の者が寄ってきて……!? 無事では終わらなさそうな予感にもう涙目ですわ!
次回、2章 第12話「白の夜会 –前編-」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
クリスタがやさしく微笑みながら、「その髪飾りの話は明日きかせてちょうだいね」とエラに目配せした。
「え!? あの、これはその……」
エラが赤くなりながらしどろもどろに返している。それを見て、リーゼロッテも思わずうずうずしてしまう。ジークヴァルトに買ってもらったブレスレットも早くエラに手渡したい。
「ねえ、エラ。今夜は昔みたいにわたくしと一緒に眠ってもらえないかしら……?」
パジャマパーティでガールズトークを繰り広げたい。伺うようにエラを見ると、エラは驚いた顔をした後、おもいきり破顔した。
「あらあら、リーゼ。あなたはもう社交界デビューを果たす立派なレディなのよ? それなのにエラと一緒に寝たいだなんて」
クリスタにそう言われ、リーゼロッテの表情が悲しそうに曇った。占いの店での出来事も早くエラに聞いてほしかった。今日はいろいろとあって、何よりも甘えたい気分だったのだ。
「ふふ。仕方のない子ね。では今日はエラと休みなさい。そのかわり、明日はわたくしと一緒に眠ること。それなら許してあげるわ」
お父様には内緒よ? と、クリスタは茶目っ気たっぷりにウィンクした。
クリスタの計らいで、その夜リーゼロッテはエラと大きなベッドで横になった。子供の頃に戻ったみたいで、うれしくもくすぐったい気分だ。
連れていかれた店はエラのチョイスだったこと。その店でジークヴァルトにいろいろ買ってもらったこと。髪飾りはやっぱりエーミールに贈られたこと。カフェで出てきたケーキの美しかったこと。占いの館で起きたこと。
お互いに今日あった出来事をいろいろとふたりで飽きずに話した。
エラとのお揃いのブレスレットも無事に手渡せて、ふたりでその腕につけて赤と緑の石を見せあったりもした。
おしゃべりは尽きないようで、やがてリーゼロッテの瞼はいつの間にか閉じてしまう。その様子をエラはしあわせそうに見守りながら、自身も深い眠りについた。
◇
伯爵家の馬車から降りたリーゼロッテは、正装した義父のフーゴと共に王城の夜会の会場へと向かう廊下に歩を進めた。
豪奢なシャンデリアがいくつも並ぶ広い廊下は、陽が落ちてからだいぶたつというのに昼と見まごう程に眩く明るい。遠く高い天井に描かれた荘厳な壁画が、極限まで磨き上げられた大理石の床に鏡のごとく映し出されている。
繊細なレリーフが彫られた太い柱が何本も立ち並ぶ人気のない廊下を、フーゴにエスコートされながらふたりきりでゆっくりと進む。大きな窓にはめられたステンドグラスがシャンデリアの光に反射して、進むたびにそのきらめきを変化させていく。
王城の正門から夜会の会場までの道のりは、リーゼロッテの知るものとはまるで景色が違っていた。王城には一か月ほど滞在していたが、政務を行う区画とは煌びやかさがもはや別世界だ。
荘厳な場の雰囲気に飲まれそうになりながら、リーゼロッテは一歩また一歩と歩を進めていく。見上げるほどの大きな扉の前に辿りつくと、ふたりは一度その歩みを止めた。
「緊張しているのかい?」
穏やかな口調でフーゴが問いかける。リーゼロッテは小さく微笑み、次いで困ったようにゆっくりと頷いた。
「リーゼロッテ。今こうして、お前の父としてこの手を引いていることを、心から嬉しく思う。ここまでよく健やかに、真っ直ぐに育ってくれたね。本当に感謝するよ」
「お義父様……」
「いいかい、リーゼロッテ。ここから先、お前が旅立つ社交界には、心ないことを言う人間も多くいるだろう。だけれど、このことは忘れないでおくれ。お前はわたしたちの自慢の娘だ。そのことだけは、誰に何を言われようとも胸を張っていてほしい」
「はい……はい、フーゴお義父様……」
「おや、泣いてはいけないよ。せっかくエラにきれいにしてもらったのだから。さあ、クリスタも向こうで待っている。まずは王に成人としてきちんと挨拶をしに行こう」
「はい、お義父様」
最上級の淑女の笑みと共に、リーゼロッテは差し出されたフーゴの肘へとそっと手を添えた。
やがて厳かに名が呼ばれ、目の前の大きな扉がゆっくりと開け放たれる。
――龍歴八百二十八年、リーゼロッテは華やかな社交界へと、今、その足を踏み入れた。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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