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第2章 氷の王子と消えた託宣

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     ◇
 がらがらと車輪が回る音が響く。流れる景色に目を奪われつつ、リーゼロッテは馬車の中に視線を戻した。
 隣には無表情のジークヴァルトが座っている。自分の向かいの席には笑顔のエラが、そしてそのエラの横にいるのは緊張した面持おももちのエーミールだ。

(なんだか不思議な取り合わせね……)

 エラとふたりきりなら会話も弾むが、一番爵位の高いジークヴァルトが無言に徹しているため、他の誰も口を開こうとしない。馬車が走り出してから早二十分、奇妙な沈黙がずっとその場を支配していた。

 あの後リーゼロッテは、普段より動きやすいくるぶし丈のドレスに着替えさせられた。今いている編み上げのブーツも、一緒に用意されていたものだ。いつも以上に歩きやすくて、何ならずっとこれを履いていたいくらいに思える。

 仕上げに防寒用のファー付きの可愛らしいコートを着せられ、いかにも貴族令嬢がお忍びで出かけますといういで立ちになったところで、公爵家の馬車に乗せられた。当然のようにジークヴァルトも馬車に乗り込み、あれよあれよという間に王都の中心部にある貴族街へと向かうことになった。

 隣に座るジークヴァルトの格好はシンプルだが上質なよそおいで、黒い外套がいとうがとてもよく似合っている。こちらも貴族がプライベートで出かけますといった、いかにもなものだ。

 ジークヴァルトはオクタヴィアの瞳を届けるついでに、リーゼロッテを王都の街に連れて行くつもりで来たらしい。忙しいジークヴァルトが、こんなにも早く約束を果たしてくれるとは思っていなかったので、リーゼロッテはよろこびよりも驚きの方が前面に出てしまった。

(せっかく時間を作ってくれたのに、微妙なよろこび方になってしまったわ……)

 アデライーデに言われたばかりなのに、今回もジークヴァルトの厚意を素直に受け取ることができなかった。これからは寝る前に鏡の前で無邪気によろこぶ練習をしようと、リーゼロッテは心の中で決意を固めた。

(それにしても、エーミール様の顔色がどんどん悪くなっているような……)

 ちらりとエーミールに視線を向けると、膝に乗せた両手のこぶしが、不自然なほどに固く握りこまれている。表情は平静を装っているが、奥歯をかみしめて何かを必死で耐えているのは隠しきれていない。

(これは、あれよね……この前のベッティと同じで、わたしから漏れ出てる力のせいで、エーミール様も気持ち悪くなってるのよね……)

 自分から発せられる力にあてられると、他の人間は気分が悪くなるらしい。エマニュエルは馬車では大丈夫そうだったものの、言われてみれば彼女も力の制御の訓練時に気分が悪くなっていたではないか。

(ろくに異形の浄化もできないし、なんて役立たずな力なのかしら……)

 自分のふがいなさにリーゼロッテは悲しくなってきた。せめて今自分ができることはと思考を巡らせ、隣に座るジークヴァルトのそでにそっと触れた。

「……あの、ヴァルト様、少し窓を開けてもよろしいですか……?」
「酔ったのか?」
「いえ……わたくしではなくて……」

 気遣うようにエーミールに視線を向ける。それに気づいたエーミールは、はっとなって慌てたように口を開いた。

「いや、わたしなら何も問題は……! ジークヴァルト様、目的地にはほどなく到着します。ご心配は無用です」

 真っ青な顔をしたエーミールの言葉に、ジークヴァルトは「そうか」とだけ返した。

 リーゼロッテの気にやられているのなら、窓を開けたところで何も状況は変わらないだろう。先ほどからエーミールの様子に気づいてはいたが、本人が何も言わないのなら口をはさむ必要もあるまい。そう思って黙って見守っていたのだ。

「ダーミッシュ嬢は本当に大丈夫なんだな?」
「はい、わたくしは何も問題ありませんわ」

 疑うような視線を向けられ、リーゼロッテは安心させるように笑みを作った。何しろ公爵家の馬車は座り心地もよく、すこぶる快適だ。

(もっとちゃんと力の制御ができるようにならなくちゃ……)

 ひとりでは何もできないうえ、迷惑ばかりかけ続けている。ここら辺で何とか打開しておかないと、そのうちみなに呆れられて、いずれは誰からも見放されてしまいそうだ。

(異世界で孤独死とか……いやすぎる)

 暗い想像にリーゼロッテが若干涙目になっていると、馬のいななきと共にいきなり馬車が左右に大きく振れた。

「きゃあ」
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