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第2章 氷の王子と消えた託宣
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エーミール自身、このまま馬車の扉を閉められたら、どれだけの時間耐えることができるだろうと思ってしまう。フーゲンベルクの屋敷を出てすでに三時間は立つ。あの侍女はよく耐えた方だと言えた。
この状況ではあの侍女をここに戻すことは酷だろう。しかし、未婚の自分やヨハンがリーゼロッテとふたりきりで同乗するのもはばかられる。もっともヨハンに限っては、あの巨体がこの馬車に乗り込めるとは到底思えないのだが。
「……仕方がない。あの侍女はわたしの馬の後ろに乗せることにします。あなたは到着までここでひとりきりになるが、辛抱していただこう」
「わたくしは全く問題ないですわ」
「しかし、他の侍女はよく耐えられたものだな……」
エーミールの独り言のようなつぶやきに、リーゼロッテはこてんと首をかしげた。今まで馬車に同乗した侍女と言えば、エラとエマニュエルくらいだろうか。
「エマニュエル様はわからないのですが、エラは無知なる者と聞いておりますから……」
異形の者の影響を受けない無知なる者なら、異形を祓う力にも耐性があるのかもしれない。
「ああ、エデラー嬢は無知なる者だったな。……聞けばダーミッシュ伯爵一家もそうだとか。なぜあなたはわざわざそんな家に養子に出されたのか……」
「それは王がお決めになったことですわ」
困ったようにリーゼロッテは眉を下げた。家族を悪しざまに言われるのはやはり気分がいいものではない。
「あの、グレーデン様。義父や義母はもちろん、ダーミッシュ家の者たちはみな、異形の者の存在を知りません。ですので……」
「ああ、承知している」
そう言いながら、エーミールはなぜか不服そうな顔をした。
「リーゼロッテ様はヨハンのことは名で呼ぶのに、なぜわたしは家名で呼ぶのです?」
「え? グレーデン様は侯爵家の方ですし、わたくしが馴れ馴れしくお呼びするのは失礼にあたるでしょうから……」
「あなたは案外頭が固いのだな。これからはエーミールとお呼びください。いいですね?」
「わかりましたわ……エーミール様」
やはりこの人は苦手だと感じつつ、リーゼロッテは淑女の笑みをエーミールに返した。
満足そうに頷いたエーミールは扉を閉めて、ベッティたちのもとに向かっていく。三人でしばらく何か会話をしてから、エーミールがベッティを自分の馬の背に乗せていく。そのまま自身はベッティの前にまたがり、エーミールは馬の頭を街道へと向けた。
「あ、ヨハン様!」
馬にまたがろうとしていたヨハンに、リーゼロッテは馬車の窓から声をかけた。何事かとヨハンが馬ごと足早に駆け寄ってくる。
「何か問題でもありましたか!?」
「いえ、ベッティをお願いしますわね。わたくしのことは二の次でかまいませんから……」
「リーゼロッテ様をおろそかにするなどできませんが……わかりました。侍女殿の様子は道中注意して気を配ります。何かありましたら、リーゼロッテ様にもお声がけをいたしますのでご安心ください」
ヨハンがびしっと騎士の礼をとる。その様子にほっとして「ええ、お願いいたします」と微笑みかけた。
「そうだわ、ヨハン様。ダーミッシュ家はみな異形の存在を知らないのです。だからヨハン様も注意していただきたくて……」
「はい! そのあたりは心得ております! ご忠告ありがたく受けとらせていただきます!」
なにやら感激した様子のヨハンに、リーゼロッテは微笑みを返した。
(ヨハン様にも無知なる者のことを伝えておいた方がいいかしら……?)
「それからヨハン様……わたくしの義父母と義弟のことなのだけれど……」
「はい!」
「みな、エラと同じで無知な……」
そこまで言ってリーゼロッテは声をつまらせた。いきなり口をふさがれたような奇妙な感覚に襲われる。しばらく金魚のように口をぱくぱくするが、どうしても言葉が続かない。
「リーゼロッテ様?」
不思議そうなヨハンを前に、自分でもどうなっているのかわからずにリーゼロッテはただおろおろとした。
「お嬢様、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」
困り顔の御者から声をかけられ、リーゼロッテは我に返った。馬車の先では、エーミールが何か言いたげにこちらを睨んでいる。
「ごめんなさい、早く出ないと遅くなってしまうわね。ヨハン様、何でもないの。ベッティのこと、お願いしますわね」
「おまかせくだい、リーゼロッテ様!」
ヨハンが馬にまたがったのを合図に、馬車は再び走り出した。
ガラガラと車輪が回る音がひとりきりの馬車の中に響く。
「……さっきのは一体なんだったのかしら」
言おうとするのに、望む言葉が出てこなかった。不安に駆られながらも、ダーミッシュ家の屋敷が丘の向こうに見えてくると、安堵の感情が湧き上がってくる。
住み慣れた我が家に帰ってきたのだと、リーゼロッテは人目を憚らずに大きく息をついたのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。エラの恋人との別れ話を聞いてしまったわたしは、エラとひとつの約束をして……。そんなエラに迫りくる元彼の魔の手! エラのピンチを救ったのは、なんとあの人物で!? 立ったのは侍女の矜持か、恋のフラグか!?
次回、2章 第9話「ふいの交わり」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
※次回から毎週水曜朝に更新いたします。
この状況ではあの侍女をここに戻すことは酷だろう。しかし、未婚の自分やヨハンがリーゼロッテとふたりきりで同乗するのもはばかられる。もっともヨハンに限っては、あの巨体がこの馬車に乗り込めるとは到底思えないのだが。
「……仕方がない。あの侍女はわたしの馬の後ろに乗せることにします。あなたは到着までここでひとりきりになるが、辛抱していただこう」
「わたくしは全く問題ないですわ」
「しかし、他の侍女はよく耐えられたものだな……」
エーミールの独り言のようなつぶやきに、リーゼロッテはこてんと首をかしげた。今まで馬車に同乗した侍女と言えば、エラとエマニュエルくらいだろうか。
「エマニュエル様はわからないのですが、エラは無知なる者と聞いておりますから……」
異形の者の影響を受けない無知なる者なら、異形を祓う力にも耐性があるのかもしれない。
「ああ、エデラー嬢は無知なる者だったな。……聞けばダーミッシュ伯爵一家もそうだとか。なぜあなたはわざわざそんな家に養子に出されたのか……」
「それは王がお決めになったことですわ」
困ったようにリーゼロッテは眉を下げた。家族を悪しざまに言われるのはやはり気分がいいものではない。
「あの、グレーデン様。義父や義母はもちろん、ダーミッシュ家の者たちはみな、異形の者の存在を知りません。ですので……」
「ああ、承知している」
そう言いながら、エーミールはなぜか不服そうな顔をした。
「リーゼロッテ様はヨハンのことは名で呼ぶのに、なぜわたしは家名で呼ぶのです?」
「え? グレーデン様は侯爵家の方ですし、わたくしが馴れ馴れしくお呼びするのは失礼にあたるでしょうから……」
「あなたは案外頭が固いのだな。これからはエーミールとお呼びください。いいですね?」
「わかりましたわ……エーミール様」
やはりこの人は苦手だと感じつつ、リーゼロッテは淑女の笑みをエーミールに返した。
満足そうに頷いたエーミールは扉を閉めて、ベッティたちのもとに向かっていく。三人でしばらく何か会話をしてから、エーミールがベッティを自分の馬の背に乗せていく。そのまま自身はベッティの前にまたがり、エーミールは馬の頭を街道へと向けた。
「あ、ヨハン様!」
馬にまたがろうとしていたヨハンに、リーゼロッテは馬車の窓から声をかけた。何事かとヨハンが馬ごと足早に駆け寄ってくる。
「何か問題でもありましたか!?」
「いえ、ベッティをお願いしますわね。わたくしのことは二の次でかまいませんから……」
「リーゼロッテ様をおろそかにするなどできませんが……わかりました。侍女殿の様子は道中注意して気を配ります。何かありましたら、リーゼロッテ様にもお声がけをいたしますのでご安心ください」
ヨハンがびしっと騎士の礼をとる。その様子にほっとして「ええ、お願いいたします」と微笑みかけた。
「そうだわ、ヨハン様。ダーミッシュ家はみな異形の存在を知らないのです。だからヨハン様も注意していただきたくて……」
「はい! そのあたりは心得ております! ご忠告ありがたく受けとらせていただきます!」
なにやら感激した様子のヨハンに、リーゼロッテは微笑みを返した。
(ヨハン様にも無知なる者のことを伝えておいた方がいいかしら……?)
「それからヨハン様……わたくしの義父母と義弟のことなのだけれど……」
「はい!」
「みな、エラと同じで無知な……」
そこまで言ってリーゼロッテは声をつまらせた。いきなり口をふさがれたような奇妙な感覚に襲われる。しばらく金魚のように口をぱくぱくするが、どうしても言葉が続かない。
「リーゼロッテ様?」
不思議そうなヨハンを前に、自分でもどうなっているのかわからずにリーゼロッテはただおろおろとした。
「お嬢様、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」
困り顔の御者から声をかけられ、リーゼロッテは我に返った。馬車の先では、エーミールが何か言いたげにこちらを睨んでいる。
「ごめんなさい、早く出ないと遅くなってしまうわね。ヨハン様、何でもないの。ベッティのこと、お願いしますわね」
「おまかせくだい、リーゼロッテ様!」
ヨハンが馬にまたがったのを合図に、馬車は再び走り出した。
ガラガラと車輪が回る音がひとりきりの馬車の中に響く。
「……さっきのは一体なんだったのかしら」
言おうとするのに、望む言葉が出てこなかった。不安に駆られながらも、ダーミッシュ家の屋敷が丘の向こうに見えてくると、安堵の感情が湧き上がってくる。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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