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第2章 氷の王子と消えた託宣
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◇
「ううう、ずびまぜんんぅ」
「大丈夫か、侍女殿」
道端でうずくまるベッティの背中を、ヨハンは気づかわし気にさすっていた。
「まったく、侍女の分際で馬車に酔うなど……」
その後ろでエーミールが呆れたまなざしを向けている。
「ぞんなごど言われまじでぼぉ、騎士様もあの中に入ってみればわがりまずよぉう」
うつむいたままベッティが公爵家の馬車を指さしている。リーゼロッテは外に出ないようにと言い含め、馬車の中で待たせてあった。窓から心配そうにベッティを見つめているようだ。
「何を訳の分からないことを」
エーミールが冷たく言い放つ。いきなりすっくと立ち上がったかと思うと、ベッティは掴みかかるようにエーミールに詰め寄った。
「きじざまぁ。わたじ馬に乗れまずのでぇ、騎士ざまの馬を貸していただげまぜんかぁ? 騎士様が馬車に乗って、リーゼロッテざまのお相手ぼして差し上げでぐだざいぃっ」
「なっ!? 馬車とはいえ、リーゼロッテ様とわたしがふたりきりになれるわけないだろう!?」
「ぞこをなんとかぁっ……うっ、あっ、で、でるぅぅぅ、おぼぼぼぼぼぼ」
「うわっ貴様なんてことをっ」
「あああ! 侍女殿! エーミール様!!」
エーミールの騎士服をつかんだままのベッティの口から、自主規制のものがキラキラとあふれ出す。これがテレビならモザイクものだ。
「きゃあ、ベッティ大丈夫!?」
カオスな惨状を見ていたリーゼロッテが、慌てて馬車から降りて駆け寄ってきた。
「リーゼロッテ様! あなたは馬車から出ないようにと言ったはずだ!」
可能な限り距離を置こうと、ベッティの頭を片手で掴んで遠ざけていたエーミールが、リーゼロッテに向かって冷たく叫んだ。目の前の惨劇に動揺しながらも、冷静な判断は忘れない。
ヨハンにベッティを押しつけると、エーミールはそのままリーゼロッテに向かって歩いて行った。騎士服が汚れていないことを確かめて、内心ほっと息をつく。
「こちらは大丈夫ですから、あなたは早く馬車に戻りなさい」
「ですが、ベッティが……」
リーゼロッテの言葉を無視して、エーミールはその手を取った。背中に手を回して有無を言わさず馬車へと逆戻りさせる。
流れるようなエスコートにリーゼロッテは逆らえず、あっさりと馬車の扉の前まで連れ戻された。さすがはイケメン貴公子なだけはある。
「さあ、中に戻って」
ぐいと手を引かれてリーゼロッテはしぶしぶ馬車の中へと乗り込んだ。椅子に座る前にベッティの様子を伺うと、ヨハンが甲斐甲斐しく世話をしている様子がみてとれた。
なかなか座ろうとしないリーゼロッテに焦れたように、エーミールが馬車の中へ半身を乗りあげた。
「なっ」
馬車の内部の濃厚な空気に、エーミールは思わず顔をしかめた。
この馬車はリーゼロッテを守るために、ジークヴァルトの力が覆っている。そのこと自体はエーミールは承知していたのだが、馬車の中にはリーゼロッテの聖女の力が息苦しいほどに充満していた。
(なんなのだこれは……)
リーゼロッテの濃密な力が、ジークヴァルトのそれによって覆われて、まるっと馬車の中に包みこまれている。
「グレーデン様……?」と不思議そうに首をかしげているリーゼロッテは、その異常さにまったく気づいていないようだ。
「……確かにこれでは酔うのもわかる」
口と鼻を覆い隠すようにつぶやいたエーミールに、リーゼロッテは目を丸くした。
「え!? もしかしてわたくし、臭うのですか? 香水などは何もつけてはいないはずですが……」
香油などは肌や髪に塗られているかもしれない。匂いのきついものは人によっては気分が悪くなるだろうし、馬車のような密室ではなおさらだ。自分がスメルハラスメントをしているとしたら大問題である。
「いや、あなたの力が強すぎるのだ。侍女はそれで酔ったのだろう」
「わたくしの力が……?」
「ううう、ずびまぜんんぅ」
「大丈夫か、侍女殿」
道端でうずくまるベッティの背中を、ヨハンは気づかわし気にさすっていた。
「まったく、侍女の分際で馬車に酔うなど……」
その後ろでエーミールが呆れたまなざしを向けている。
「ぞんなごど言われまじでぼぉ、騎士様もあの中に入ってみればわがりまずよぉう」
うつむいたままベッティが公爵家の馬車を指さしている。リーゼロッテは外に出ないようにと言い含め、馬車の中で待たせてあった。窓から心配そうにベッティを見つめているようだ。
「何を訳の分からないことを」
エーミールが冷たく言い放つ。いきなりすっくと立ち上がったかと思うと、ベッティは掴みかかるようにエーミールに詰め寄った。
「きじざまぁ。わたじ馬に乗れまずのでぇ、騎士ざまの馬を貸していただげまぜんかぁ? 騎士様が馬車に乗って、リーゼロッテざまのお相手ぼして差し上げでぐだざいぃっ」
「なっ!? 馬車とはいえ、リーゼロッテ様とわたしがふたりきりになれるわけないだろう!?」
「ぞこをなんとかぁっ……うっ、あっ、で、でるぅぅぅ、おぼぼぼぼぼぼ」
「うわっ貴様なんてことをっ」
「あああ! 侍女殿! エーミール様!!」
エーミールの騎士服をつかんだままのベッティの口から、自主規制のものがキラキラとあふれ出す。これがテレビならモザイクものだ。
「きゃあ、ベッティ大丈夫!?」
カオスな惨状を見ていたリーゼロッテが、慌てて馬車から降りて駆け寄ってきた。
「リーゼロッテ様! あなたは馬車から出ないようにと言ったはずだ!」
可能な限り距離を置こうと、ベッティの頭を片手で掴んで遠ざけていたエーミールが、リーゼロッテに向かって冷たく叫んだ。目の前の惨劇に動揺しながらも、冷静な判断は忘れない。
ヨハンにベッティを押しつけると、エーミールはそのままリーゼロッテに向かって歩いて行った。騎士服が汚れていないことを確かめて、内心ほっと息をつく。
「こちらは大丈夫ですから、あなたは早く馬車に戻りなさい」
「ですが、ベッティが……」
リーゼロッテの言葉を無視して、エーミールはその手を取った。背中に手を回して有無を言わさず馬車へと逆戻りさせる。
流れるようなエスコートにリーゼロッテは逆らえず、あっさりと馬車の扉の前まで連れ戻された。さすがはイケメン貴公子なだけはある。
「さあ、中に戻って」
ぐいと手を引かれてリーゼロッテはしぶしぶ馬車の中へと乗り込んだ。椅子に座る前にベッティの様子を伺うと、ヨハンが甲斐甲斐しく世話をしている様子がみてとれた。
なかなか座ろうとしないリーゼロッテに焦れたように、エーミールが馬車の中へ半身を乗りあげた。
「なっ」
馬車の内部の濃厚な空気に、エーミールは思わず顔をしかめた。
この馬車はリーゼロッテを守るために、ジークヴァルトの力が覆っている。そのこと自体はエーミールは承知していたのだが、馬車の中にはリーゼロッテの聖女の力が息苦しいほどに充満していた。
(なんなのだこれは……)
リーゼロッテの濃密な力が、ジークヴァルトのそれによって覆われて、まるっと馬車の中に包みこまれている。
「グレーデン様……?」と不思議そうに首をかしげているリーゼロッテは、その異常さにまったく気づいていないようだ。
「……確かにこれでは酔うのもわかる」
口と鼻を覆い隠すようにつぶやいたエーミールに、リーゼロッテは目を丸くした。
「え!? もしかしてわたくし、臭うのですか? 香水などは何もつけてはいないはずですが……」
香油などは肌や髪に塗られているかもしれない。匂いのきついものは人によっては気分が悪くなるだろうし、馬車のような密室ではなおさらだ。自分がスメルハラスメントをしているとしたら大問題である。
「いや、あなたの力が強すぎるのだ。侍女はそれで酔ったのだろう」
「わたくしの力が……?」
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