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第2章 氷の王子と消えた託宣
第8話 龍の目隠し
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【前回のあらすじ】
公爵家でジークヴァルトの恋を応援する声が高まる中、その一方でジークヴァルトの懊悩は深く、リーゼロッテを傷つけまいと一度は距離をおこうとします。
マテアスによるふたりのお近づき計画が進められ、衝動を押し殺してリーゼロッテを守る決意を固めるジークヴァルト。
侍女のベッティの裏の顔に気づかないまま、リーゼロッテは自領へと帰ることになるのでした。
晩餐後の紅茶を差し出されながら、リーゼロッテは満足げに小さく息をついた。
昨夜に続けて、今夜もジークヴァルトと晩餐を共にした。しかしこの日は、自分の手で公爵家のフルコースを堪能することができたのだ。それもひとえにアデライーデがいてくれたからだ。
アデライーデは仰々しい晩餐の席を目にすると、猛烈にダメ出しをして、もっと気軽に食事を楽しめる席を別の部屋に用意させた。
リーゼロッテはアデライーデの隣の席に座り、ジークヴァルトはその向かいの席についたため、それなりに大きなテーブルは、ジークヴァルトにあーんをする隙を与えることはなかった。
自分のペースで最高級の料理を食せたし、アデライーデとの会話も弾み、心もお腹も大満足だ。
食事の給仕もマテアスだけが務め、夕べのように入れ替わり立ち代わりでやってくる使用人たちの、なんとも生暖かい視線にさらされることもなかった。
ジークヴァルトは聞かれた質問に答えるくらいで晩餐中はほぼ無言だったが、マテアスは始終不満げな顔をアデライーデに向けていたので、もしもアデライーデが言い出さなかったら、昨夜の悲劇を繰り返す気満々だったのだろう。
そう思うとリーゼロッテはひたすらアデライーデに感謝の念を抱いた。
「どう? リーゼロッテは満足できた?」
「はい、どのお料理もおいしくて、少し食べ過ぎてしまいましたわ」
「リーゼロッテはもっと食べていいと思うけど」
リーゼロッテの小さな顎のラインを指先でくすぐりながら、アデライーデはちらりとジークヴァルトに視線を向けた。
(くくっ、睨んでる、睨んでるわ)
にやりと口角を上げると、リーゼロッテの顔を自分の方に向けさせて、その髪をするりと撫でる。
少しくすぐったそうに身をすくめるしぐさがツボにはまって、アデライーデは耳裏から首筋にかけてさらに指先をすべらせた。
「ふふっ、お姉様、くすぐったいですわ」
頬を染めながら上目遣いで見てくるリーゼロッテに、アデライーデは「いやん! なんでこんなに可愛いのっ」と身をよじった。
「何をやっていらっしゃるんですか、あなた様は」
冷ややかな声でマテアスがふたりの間を割るようにして、アデライーデの前に紅茶をサーブしてくる。
「ちょっと邪魔よ、マテアス。未来の妹と親睦を深めて何が悪いのよ?」
「リーゼロッテ様にはもっと親睦を深めるべき相手がいらっしゃいますので」
笑顔を保ったまま、マテアスはふたりの間から退こうとしない。それを見たアデライーデはくいと片眉を上げ、公爵令嬢らしからぬ勢いでごくごくと紅茶を飲みほした。
「おかわり」
一瞬ひきつった顔をしたマテアスに、アデライーデはにっこりと笑顔を向ける。
「わたくし、マテアスのおいしい紅茶が、もう一杯飲みたいの。わたくしのために、心を込めて淹れてくれるわよね?」
今度は公爵令嬢にふさわしい楚々とした所作と言葉遣いでマテアスに畳みかけた。苦虫をかみつぶしたような表情をした後、マテアスはアデライーデに笑顔を返し丁寧に腰を折った。
「もちろんでございます、アデライーデお嬢様」
マテアスがその場から離れると、「もっとリーゼロッテを補給させて!」と、すかさずアデライーデは椅子をずらしてリーゼロッテににじり寄る。
公爵令嬢の仮面は一瞬で崩れ去った。その腕にリーゼロッテを囲い込むと、その頭にすりすりと頬ずりをする。
「おい」
「何よ、いいでしょ別に。ヴァルトは普段から触りたい放題なんだから、たまにしか会えないわたしにはこれくらいする権利があるわ」
「どんな権利だ」
それに触りたい放題になどしていない。最近は無理やりでも自制しているというのに、ジークヴァルトにしてみれば姉と言えども許しがたい所業と言えた。
呆れと嫉妬が混じったジークヴァルトの声音をよそに、アデライーデはリーゼロッテの瞳を覗き込みながら「あるわよね? リーゼロッテ」とその頬をなでた。
「ふふ、わたくしもアデライーデお姉様とこうしていられてうれしいですわ」
マテアスが「アデライーデ様……」と、非難がましく新しい紅茶を差し出してくる。アデライーデは間に入られないよう、さらにきつくリーゼロッテを抱きしめた。
「本人がいいって言ってるんだから問題ないでしょ?」
悪びれないアデライーデに、マテアスは大仰にため息をついた。
「辛気臭い従者ね。あっちいってて」
しっしとマテアスを追い払う仕草をする。
「ああ……ずっとリーゼロッテとこうしていたいけど、わたしも明日には任務に戻らないとなのよね。リーゼロッテの帰郷にも付き合えたらよかったんだけど」
「まあ、また任務なのですね。わたくしはそのお気遣いだけで十分ですわ。でも、お怪我なさらないよう気を付けてくださいませね?」
こてんと小首をかしげるリーゼロッテに、アデライーデが身もだえている。
「ああん、やっぱり持って帰りたい……!」
「やめてください。騎士団の任務などにリーゼロッテ様をお連れするなど」
あんな筋肉だるまのむさくるしい集団の中にリーゼロッテを連れて行くなど、想像するだけで恐ろしい。
「冗談に決まってるでしょ。堅苦しい従者ね、もうどっかいって」
おざなりに言うアデライーデを仰ぎ見ながらリーゼロッテは微笑んだ。
「あまり言うとマテアスが泣いてしまいますわ。それに……マテアスはきっと、お姉様のことも心配なのですわ」
ね? とリーゼロッテがマテアスを見上げると、マテアスは一瞬驚いたような顔をして、それからやさしく微笑んだ。
「ええ、もちろんでございます。ですが……アデライーデ様には、大公閣下がついておられますから」
「大公閣下?」
「王兄殿下であらせられるバルバナス様でございますよ」
そう言ってマテアスは生温かい目でアデライーデをみやる。その視線を受けて、アデライーデはおもしろくなさそうに、ぷいっと顔をそむけた。
公爵家でジークヴァルトの恋を応援する声が高まる中、その一方でジークヴァルトの懊悩は深く、リーゼロッテを傷つけまいと一度は距離をおこうとします。
マテアスによるふたりのお近づき計画が進められ、衝動を押し殺してリーゼロッテを守る決意を固めるジークヴァルト。
侍女のベッティの裏の顔に気づかないまま、リーゼロッテは自領へと帰ることになるのでした。
晩餐後の紅茶を差し出されながら、リーゼロッテは満足げに小さく息をついた。
昨夜に続けて、今夜もジークヴァルトと晩餐を共にした。しかしこの日は、自分の手で公爵家のフルコースを堪能することができたのだ。それもひとえにアデライーデがいてくれたからだ。
アデライーデは仰々しい晩餐の席を目にすると、猛烈にダメ出しをして、もっと気軽に食事を楽しめる席を別の部屋に用意させた。
リーゼロッテはアデライーデの隣の席に座り、ジークヴァルトはその向かいの席についたため、それなりに大きなテーブルは、ジークヴァルトにあーんをする隙を与えることはなかった。
自分のペースで最高級の料理を食せたし、アデライーデとの会話も弾み、心もお腹も大満足だ。
食事の給仕もマテアスだけが務め、夕べのように入れ替わり立ち代わりでやってくる使用人たちの、なんとも生暖かい視線にさらされることもなかった。
ジークヴァルトは聞かれた質問に答えるくらいで晩餐中はほぼ無言だったが、マテアスは始終不満げな顔をアデライーデに向けていたので、もしもアデライーデが言い出さなかったら、昨夜の悲劇を繰り返す気満々だったのだろう。
そう思うとリーゼロッテはひたすらアデライーデに感謝の念を抱いた。
「どう? リーゼロッテは満足できた?」
「はい、どのお料理もおいしくて、少し食べ過ぎてしまいましたわ」
「リーゼロッテはもっと食べていいと思うけど」
リーゼロッテの小さな顎のラインを指先でくすぐりながら、アデライーデはちらりとジークヴァルトに視線を向けた。
(くくっ、睨んでる、睨んでるわ)
にやりと口角を上げると、リーゼロッテの顔を自分の方に向けさせて、その髪をするりと撫でる。
少しくすぐったそうに身をすくめるしぐさがツボにはまって、アデライーデは耳裏から首筋にかけてさらに指先をすべらせた。
「ふふっ、お姉様、くすぐったいですわ」
頬を染めながら上目遣いで見てくるリーゼロッテに、アデライーデは「いやん! なんでこんなに可愛いのっ」と身をよじった。
「何をやっていらっしゃるんですか、あなた様は」
冷ややかな声でマテアスがふたりの間を割るようにして、アデライーデの前に紅茶をサーブしてくる。
「ちょっと邪魔よ、マテアス。未来の妹と親睦を深めて何が悪いのよ?」
「リーゼロッテ様にはもっと親睦を深めるべき相手がいらっしゃいますので」
笑顔を保ったまま、マテアスはふたりの間から退こうとしない。それを見たアデライーデはくいと片眉を上げ、公爵令嬢らしからぬ勢いでごくごくと紅茶を飲みほした。
「おかわり」
一瞬ひきつった顔をしたマテアスに、アデライーデはにっこりと笑顔を向ける。
「わたくし、マテアスのおいしい紅茶が、もう一杯飲みたいの。わたくしのために、心を込めて淹れてくれるわよね?」
今度は公爵令嬢にふさわしい楚々とした所作と言葉遣いでマテアスに畳みかけた。苦虫をかみつぶしたような表情をした後、マテアスはアデライーデに笑顔を返し丁寧に腰を折った。
「もちろんでございます、アデライーデお嬢様」
マテアスがその場から離れると、「もっとリーゼロッテを補給させて!」と、すかさずアデライーデは椅子をずらしてリーゼロッテににじり寄る。
公爵令嬢の仮面は一瞬で崩れ去った。その腕にリーゼロッテを囲い込むと、その頭にすりすりと頬ずりをする。
「おい」
「何よ、いいでしょ別に。ヴァルトは普段から触りたい放題なんだから、たまにしか会えないわたしにはこれくらいする権利があるわ」
「どんな権利だ」
それに触りたい放題になどしていない。最近は無理やりでも自制しているというのに、ジークヴァルトにしてみれば姉と言えども許しがたい所業と言えた。
呆れと嫉妬が混じったジークヴァルトの声音をよそに、アデライーデはリーゼロッテの瞳を覗き込みながら「あるわよね? リーゼロッテ」とその頬をなでた。
「ふふ、わたくしもアデライーデお姉様とこうしていられてうれしいですわ」
マテアスが「アデライーデ様……」と、非難がましく新しい紅茶を差し出してくる。アデライーデは間に入られないよう、さらにきつくリーゼロッテを抱きしめた。
「本人がいいって言ってるんだから問題ないでしょ?」
悪びれないアデライーデに、マテアスは大仰にため息をついた。
「辛気臭い従者ね。あっちいってて」
しっしとマテアスを追い払う仕草をする。
「ああ……ずっとリーゼロッテとこうしていたいけど、わたしも明日には任務に戻らないとなのよね。リーゼロッテの帰郷にも付き合えたらよかったんだけど」
「まあ、また任務なのですね。わたくしはそのお気遣いだけで十分ですわ。でも、お怪我なさらないよう気を付けてくださいませね?」
こてんと小首をかしげるリーゼロッテに、アデライーデが身もだえている。
「ああん、やっぱり持って帰りたい……!」
「やめてください。騎士団の任務などにリーゼロッテ様をお連れするなど」
あんな筋肉だるまのむさくるしい集団の中にリーゼロッテを連れて行くなど、想像するだけで恐ろしい。
「冗談に決まってるでしょ。堅苦しい従者ね、もうどっかいって」
おざなりに言うアデライーデを仰ぎ見ながらリーゼロッテは微笑んだ。
「あまり言うとマテアスが泣いてしまいますわ。それに……マテアスはきっと、お姉様のことも心配なのですわ」
ね? とリーゼロッテがマテアスを見上げると、マテアスは一瞬驚いたような顔をして、それからやさしく微笑んだ。
「ええ、もちろんでございます。ですが……アデライーデ様には、大公閣下がついておられますから」
「大公閣下?」
「王兄殿下であらせられるバルバナス様でございますよ」
そう言ってマテアスは生温かい目でアデライーデをみやる。その視線を受けて、アデライーデはおもしろくなさそうに、ぷいっと顔をそむけた。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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