ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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     ◇
「ふんふんふ~ん♪」

 鼻歌を歌いながらアデライーデは屋敷の廊下を歩いていた。共もつけずにいるのは、小言を言う気心の知れた侍女をまんまといてきたからだ。
 公爵令嬢という立場から単独行動をとるのはいかがなものだが、騎士として日々鍛錬たんれんを欠かさないアデライーデをおそうものなどこの屋敷にいるはずもない。

 目指すはジークヴァルトの執務室だ。
 久しぶりの実家であるが、ひまを持て余してしょうがない。今頃はリーゼロッテといちゃついている頃だろうから、ここはジークヴァルトをからかいに行くしかないだろう。

 執務室の少し手前で、アデライーデは一人の侍女とすれ違った。その侍女はアデライーデにひかえめに礼をとると、足早に廊下の向こうへと去っていく。

「あら? 今のベッティじゃなかった……? どうしてあの公爵家うちにいるのかしら?」

 そう首をひねったものの、執務室のドアノブを回す頃にはそんなことは頭から消えてしまう。

(さあ、どうやってからかいたおそう!)
 嬉々ききとして、アデライーデは乱暴に執務室の扉をノックもせずに開け放った。

     ◇
 公爵家の入り組んだ廊下を進むと、すれ違う使用人たちに次々と声をかけられる。
 相手のふところに入るのは得意な方だが、公爵家の者たちは危機感というものが欠如けつじょしているように思えてならない。

「ねぇ、坊ちゃま……ここは、ほんとに居心地いごこちがいいですよぅ」

 独り言がぽつりとれる。今まで入り込んだどの屋敷よりも、ダントツだ。いい人たちに波風なみかぜの立たない平和な日々。居心地が良すぎて、かえって身の置き場がなく思えてしまう。

「あ、ベッティさん! この前教えてもらったお店に行ったら、ほしいものがみつかったの! ありがとう! これはお礼よ」

 通りがかったところを捕まえられて、掃除担当の使用人に紙袋を渡される。

「わぁうれしいぃ。わざわざありがとうございますぅ」

 大げさによろこんで紙袋を受け取った。中に入っていた菓子を、行儀悪ぎょうぎわるく口に放り込みながら廊下を進む。人の気配には敏感だ。進む先に誰もいないのは、気配を探ればたやすく分かる。

 人気のない廊下で、ふいに目の前を小さな異形の者が横切った。不自然に目がきゅるんとして、不細工ぶさいくなことこの上ない。
 二匹の異形はきゃっきゃとはしゃぎまわっている。ベッティに気づかないまま、廊下の真ん中でじゃれあう姿はすこぶるたのしそうだ。

 ベッティは菓子を手に持ったまま、無言で腕を上から下へと降り下げた。
 ぴぎゃっと叫び声をあげたかと思うと、二匹の異形はそのままじゅっと消し飛んでいく。

「正直、虫唾むしずが走るんですよねぇ」

 居心地いごこちのいい環境も。気の良い仲間も。慈悲深じひぶかく、純真無垢じゅんしんむくな令嬢も――

 異形が消えた床をしばらく見つめたあと、何事もなかったようにベッティは菓子をほおばりながら再び廊下を進み始めた。




【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。アデライーデ様との楽しい時間はあっという間に過ぎて、ダーミッシュ領へと帰ることになったわたし。ジークヴァルト様たちに見送られて、馬車へと乗り込んだはいいけれど、お目付け役の侍女ベッティがわたしのパワハラで大ピンチに!?
 次回、2章 第8話「龍の目隠し」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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