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第2章 氷の王子と消えた託宣
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ほどなくして、先ほどの侍女がその腕に箱を携えて戻ってきた。肌触りのよさそうな黒いベルベットが貼られたその箱はとても高価なものなのか、箱を持つ侍女の手が小刻みに震えている。顔色までも青白く、とても緊張している様が伺えた。
「リーゼロッテ、開けてみてごらんなさいな」
箱をリーゼロッテの前のテーブルに丁寧に置くと、侍女は人心地がついたようにほっと息をついた。少しばかり恨みがましそうな視線をアデライーデに向けて、侍女は部屋の隅に移動する。
リーゼロッテそんな侍女の様子を目で追ってから、目の前に置かれた箱に視線を落とした。ゆっくりと手を伸ばして、その蓋を開けてみる。
「「「「「まあ!」」」」」
侍女とお針子たちから感嘆の声が上がる。中でも一番大きな声をあげたのは、マダム・クノスペだ。
箱の中身は青の守り石がさん然と輝く煌びやかな首飾りと、それと揃いになった耳飾りだった。守り石だけではなく、ダイヤモンドを思わせる宝石が大小複雑にあしらわれた、それはそれは美しいものだ。
(領地でいただいた物もゴージャスでファビュラスだったけど……)
これはまったく次元が違った。ちりばめられた宝石が放つ光の乱反射に目も心も奪われる。そして、それ以上に存在感を示す、守り石の美しい青の揺らめき……。
この部屋にいる誰しもが、このひとそろいの装飾に言葉を無くしていた。
「それはフーゲンベルク家に代々伝わるもので『オクタヴィアの瞳』と言うの。当主の婚約者に贈られるしきたりなのよ」
「では、これはわたくしに……?」
こんな高貴そうなものは恐れ多くて、自分にはふさわしいとは思えない。不安そうな顔つきのリーゼロッテに、アデライーデはいたずらっぽく笑った。
「その守り石にはヴァルトの力が込められているから、何も心配はいらないわ。ちょっと前までお父様の力が込められていたのだけど、新しく代を継いだ当主は、前当主の力を超えて守り石に力を注がないといけないのよ」
そう言われてリーゼロッテは手のひらをそっと守り石にかざしてみた。その石からは確かにジークヴァルトの力が感じられる。
「リーゼロッテのデビューに間に合ってよかったわ。これをつければ、今期のデビュタントのいちばんの話題はリーゼロッテになること間違いなしね」
ジークヴァルトはピクニックの時に、デビューの飾り物は別に贈ると言っていた。きっとこれのことだったのだろう。
「もしかしてこれは、ものすごく質のいい守り石なのですか?」
守り石にも品質があって、良い物ほど込められる力が多いと以前ジークヴァルトが言っていた。この石に力を注いで満たすのは、とても大変なことなのではないだろうか?
多少なりとも力を扱えるようになったリーゼロッテは、そう思って眉を下げた。
「何を気にしているか知らないけど、代々そうやって受け継がれてきたものだから、気を遣うことなんてないわよ」
「……はい」
「ねえ、リーゼロッテ。もしかしてだけど、あなた、ジークヴァルトの気遣いを申し訳なく思っているの?」
「申し訳なくと申しますか……お忙しいヴァルト様のお手を煩わせているのだと思うと、どうしても気になってしまって……」
リーゼロッテがうつむきがちに言うと、アデライーデは、はあ、と大きなため息をついた。
マテアスから聞いてはいたが、ジークヴァルトの贈り物攻撃に、リーゼロッテが困惑しているというのは本当のことらしい。ダーミッシュ領に滞在していた時もその傾向はあったが、今はさらに症状が悪化しているようだ。
アデライーデはそのままお針子たちの手を離れて、リーゼロッテの前まで歩を進めた。
「リーゼロッテ、あなたのその態度は頂けないわね。あなたは歴としたジークヴァルトの婚約者よ。それ相応大切に扱われるのは当然だし、それを当たり前に受け入れることも当然のことだわ。なのに、あなたのその態度は何? ジークヴァルトを馬鹿にしているの?」
アデライーデの冷ややかな口調にリーゼロッテは目を見開いた。
「あなたのその振る舞いは、フーゲンベルク公爵家を貶める以外の何物でもないわ。あなたのそれは謙虚とは言わない。自分の自信のなさをごまかすためのただの詭弁よ。はき違えないでちょうだい」
「わたくしそんなつもりはっ」
アデライーデに冷たく見下ろされて、リーゼロッテは反射的に立ち上がった。血の気が引いて指先が冷たくなっていく。涙がせりあがってくるのを感じたが、絶対にここで泣いてはいけないと、リーゼロッテはぐっと奥歯に力を入れた。
「あなたにそんなつもりはなくても、周りの者はそう受け止めるのよ。いいこと、リーゼロッテ。社交界に出れば、口さがない人間は嫌になるほどいるわ。あなたがそんな態度のままでは、この先思いやられるわね」
突き離すような声音にリーゼロッテの顔色がますます白くなっていく。周りの人間は口を出すこともできずに、はらはらとふたりを見守っていた。
しばし重い沈黙が続いた後、アデライーデはふっと口元に笑みを浮かべた。柔らかい物腰でリーゼロッテに近づき、そっとその頬を両手で包みこむ。
「他人へのその気遣いはあなたの美徳だわ。でもね、それはいつか必ず大きな隙となる。それに、ジークヴァルトにだけは、そういう垣根はつくらないであげてほしいのよ。……大丈夫、ヴァルトに任せておけば何も心配はいらないわ。あなたはただ笑って、ジークヴァルトに守られていればそれでいいの」
「アデライーデ様……」
「あら、もうお姉様とは呼んでくれないの?」
茶目っ気たっぷりにウィンクされて、リーゼロッテはますます泣きそうな顔になった。
「ダメよ。ほら、笑いなさい。あなたにならできるはずよ」
青い瞳にまっすぐ見つめられたリーゼロッテは、きゅっと唇をかみしめた。一度瞳を閉じてからゆっくりとまぶたを開く。そして、やわらく微笑みをつくった。それは見事な、お手本のような淑女の笑みだった。
「そうよ、それでいいわ」
満足げに微笑んでアデライーデはリーゼロッテを抱きしめた。リーゼロッテもその胸に顔をうずめて、そっと抱きしめ返す。
「アデライーデお姉様……」
「ふふ、リーゼロッテは本当に可愛いわね」
そう言ってするりと蜂蜜色の髪をなでた。
「リーゼロッテ、開けてみてごらんなさいな」
箱をリーゼロッテの前のテーブルに丁寧に置くと、侍女は人心地がついたようにほっと息をついた。少しばかり恨みがましそうな視線をアデライーデに向けて、侍女は部屋の隅に移動する。
リーゼロッテそんな侍女の様子を目で追ってから、目の前に置かれた箱に視線を落とした。ゆっくりと手を伸ばして、その蓋を開けてみる。
「「「「「まあ!」」」」」
侍女とお針子たちから感嘆の声が上がる。中でも一番大きな声をあげたのは、マダム・クノスペだ。
箱の中身は青の守り石がさん然と輝く煌びやかな首飾りと、それと揃いになった耳飾りだった。守り石だけではなく、ダイヤモンドを思わせる宝石が大小複雑にあしらわれた、それはそれは美しいものだ。
(領地でいただいた物もゴージャスでファビュラスだったけど……)
これはまったく次元が違った。ちりばめられた宝石が放つ光の乱反射に目も心も奪われる。そして、それ以上に存在感を示す、守り石の美しい青の揺らめき……。
この部屋にいる誰しもが、このひとそろいの装飾に言葉を無くしていた。
「それはフーゲンベルク家に代々伝わるもので『オクタヴィアの瞳』と言うの。当主の婚約者に贈られるしきたりなのよ」
「では、これはわたくしに……?」
こんな高貴そうなものは恐れ多くて、自分にはふさわしいとは思えない。不安そうな顔つきのリーゼロッテに、アデライーデはいたずらっぽく笑った。
「その守り石にはヴァルトの力が込められているから、何も心配はいらないわ。ちょっと前までお父様の力が込められていたのだけど、新しく代を継いだ当主は、前当主の力を超えて守り石に力を注がないといけないのよ」
そう言われてリーゼロッテは手のひらをそっと守り石にかざしてみた。その石からは確かにジークヴァルトの力が感じられる。
「リーゼロッテのデビューに間に合ってよかったわ。これをつければ、今期のデビュタントのいちばんの話題はリーゼロッテになること間違いなしね」
ジークヴァルトはピクニックの時に、デビューの飾り物は別に贈ると言っていた。きっとこれのことだったのだろう。
「もしかしてこれは、ものすごく質のいい守り石なのですか?」
守り石にも品質があって、良い物ほど込められる力が多いと以前ジークヴァルトが言っていた。この石に力を注いで満たすのは、とても大変なことなのではないだろうか?
多少なりとも力を扱えるようになったリーゼロッテは、そう思って眉を下げた。
「何を気にしているか知らないけど、代々そうやって受け継がれてきたものだから、気を遣うことなんてないわよ」
「……はい」
「ねえ、リーゼロッテ。もしかしてだけど、あなた、ジークヴァルトの気遣いを申し訳なく思っているの?」
「申し訳なくと申しますか……お忙しいヴァルト様のお手を煩わせているのだと思うと、どうしても気になってしまって……」
リーゼロッテがうつむきがちに言うと、アデライーデは、はあ、と大きなため息をついた。
マテアスから聞いてはいたが、ジークヴァルトの贈り物攻撃に、リーゼロッテが困惑しているというのは本当のことらしい。ダーミッシュ領に滞在していた時もその傾向はあったが、今はさらに症状が悪化しているようだ。
アデライーデはそのままお針子たちの手を離れて、リーゼロッテの前まで歩を進めた。
「リーゼロッテ、あなたのその態度は頂けないわね。あなたは歴としたジークヴァルトの婚約者よ。それ相応大切に扱われるのは当然だし、それを当たり前に受け入れることも当然のことだわ。なのに、あなたのその態度は何? ジークヴァルトを馬鹿にしているの?」
アデライーデの冷ややかな口調にリーゼロッテは目を見開いた。
「あなたのその振る舞いは、フーゲンベルク公爵家を貶める以外の何物でもないわ。あなたのそれは謙虚とは言わない。自分の自信のなさをごまかすためのただの詭弁よ。はき違えないでちょうだい」
「わたくしそんなつもりはっ」
アデライーデに冷たく見下ろされて、リーゼロッテは反射的に立ち上がった。血の気が引いて指先が冷たくなっていく。涙がせりあがってくるのを感じたが、絶対にここで泣いてはいけないと、リーゼロッテはぐっと奥歯に力を入れた。
「あなたにそんなつもりはなくても、周りの者はそう受け止めるのよ。いいこと、リーゼロッテ。社交界に出れば、口さがない人間は嫌になるほどいるわ。あなたがそんな態度のままでは、この先思いやられるわね」
突き離すような声音にリーゼロッテの顔色がますます白くなっていく。周りの人間は口を出すこともできずに、はらはらとふたりを見守っていた。
しばし重い沈黙が続いた後、アデライーデはふっと口元に笑みを浮かべた。柔らかい物腰でリーゼロッテに近づき、そっとその頬を両手で包みこむ。
「他人へのその気遣いはあなたの美徳だわ。でもね、それはいつか必ず大きな隙となる。それに、ジークヴァルトにだけは、そういう垣根はつくらないであげてほしいのよ。……大丈夫、ヴァルトに任せておけば何も心配はいらないわ。あなたはただ笑って、ジークヴァルトに守られていればそれでいいの」
「アデライーデ様……」
「あら、もうお姉様とは呼んでくれないの?」
茶目っ気たっぷりにウィンクされて、リーゼロッテはますます泣きそうな顔になった。
「ダメよ。ほら、笑いなさい。あなたにならできるはずよ」
青い瞳にまっすぐ見つめられたリーゼロッテは、きゅっと唇をかみしめた。一度瞳を閉じてからゆっくりとまぶたを開く。そして、やわらく微笑みをつくった。それは見事な、お手本のような淑女の笑みだった。
「そうよ、それでいいわ」
満足げに微笑んでアデライーデはリーゼロッテを抱きしめた。リーゼロッテもその胸に顔をうずめて、そっと抱きしめ返す。
「アデライーデお姉様……」
「ふふ、リーゼロッテは本当に可愛いわね」
そう言ってするりと蜂蜜色の髪をなでた。
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