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第2章 氷の王子と消えた託宣
第6話 眠り姫の憂鬱
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【前回のあらすじ】
王城からの視察を終えて暇を持て余していたリーゼロッテは、小鬼たちの目をきゅるんとさせるのに思わず夢中になってしまいます。
そんな中、カイとの仲を心配したマテアスによって、リーゼロッテはジークヴァルトと晩餐を共にすることに。
格式高いはずのディナーの席で繰り広げられるあーん攻撃に、リーゼロッテは瀕死寸前となるのでした。
「リーゼロッテ様ぁ、おはようございますぅ。お召し替えのお時間ですよぅ」
三時間越えの晩餐を乗り越え、昨夜は疲れ切ってぐったりと眠ってしまった。そのおかげというべきか、夢も見ずにぐっすり眠れて、いつも以上に目覚めの良い朝を迎えたリーゼロッテだった。
しかし好調な体とは裏腹に、精神はダメージをくらったままだ。夕べは大勢の使用人たちが見守る中、繰り広げられたあーん攻撃に、最後の方は無心で咀嚼を繰り返した。
(どうせなら、もっと味を堪能したかった……)
遠い目をしてリーゼロッテは、侍女の手を借りて夜着を脱いだ。
「本日はこちらのドレスでよろしいですかぁ。お気に召さないようでしたら、他のものをご用意いたしますぅ」
「ええ、ありがとう。これで大丈夫よ」
リーゼロッテは微笑んで差し出されたドレスに袖を通していく。
「わぁ! リーゼロッテ様は、すぅごく綺麗な龍の祝福をお持ちなんですねぇ!」
胸の龍のあざを目にした侍女が着替えを手伝いながら、感嘆の声を上げた。
彼女はエラ付きの侍女として公爵家に雇われていたが、今日はエラもエマニュエルもいないため、リーゼロッテの世話係として配されていた。
「ふふ、コンテストで優勝できるかしら? でも、他ではそのような発言は控えたほうがいいわ、ベッティ」
リーゼロッテが困ったように微笑むと、侍女のベッティは大げさに口に手を当てた。
「ぃやだ! わたしってばまたやらかしちゃいましたぁ! お体について言及するなんて、超絶不敬ですよね? 懲罰ものですよね? ムチですか? 貼り付けですか? 縛り首ですかぁ?」
「ば、罰など与えないわ。これはあなたの今後のために言っているだけだから……」
「わぁ、さすがリーゼロッテ様はおやさしいですぅ! 羽虫のようなわたしの名前までご記憶くださってるなんて、このベッティ、今日はリーゼロッテ様に誠心誠意お仕えさせていただきますぅ。あ、髪も結わせていただいてよろしいですかぁ?」
(ベッティは、ちょっとかわった娘ね……)
ベッティの手つきは無駄がなく、てきぱきとリーゼロッテを着替えさせていく。発言は無茶苦茶だが、侍女としての技能はエラも両手離しにほめていたほどだ。なんでも彼女は、王城からの紹介状を携えて、最近公爵家にやってきた侍女らしい。
リーゼロッテはおとなしくスツールに腰かけて、そんなベッティのなすがままに髪をいじられていた。
「本日は旦那様がお屋敷に一日おられるのでぇ、ハーフアップにして髪は後ろに流しておきますねぇ。旦那様は、リーゼロッテ様の髪を指でお梳きになるのが、たいへんお気に入りのようですのでぇ」
リーゼロッテの羞恥を煽るようなことをさらっと言いつつ、ベッティはするするとサイドの髪を編み込んでいく。最後に深い青色のリボンを美しく結わえると、ベッティは腰に手を当てて満足そうに頷いた。
「完璧ですぅっ! 旦那様の瞳と同じ色のリボンが、旦那様の独占欲を刺激すること間違いなしですぅ!」
「独占欲だなんて……。ジークヴァルト様は義務として、婚約者のわたくしにやさしくしてくださっているだけなのよ」
「あれぇ? リーゼロッテ様はそうお感じですかぁ?」
「だって……それ以外は考えられないでしょう……?」
あれは保護者魂が荒ぶっているだけなのだ。昨日の晩餐で、子供の世話をするかの如くジークヴァルトは甲斐甲斐しかった。口もとについたソースを無表情でやさしくぬぐわれた時は、どれだけ幼児扱いなのかとあきれ果ててしまったほどだ。
再びリーゼロッテが遠い目をして心を飛ばしていると、ベッティはふむ、と考え込む動作をした。
「……リーゼロッテ様はぁ、昨日、王城からいらしてた騎士様とは親しい間柄なんですかぁ?」
「カイ様の事……? ええ、そうね、親しいというか、以前からとてもよくしていただいているわ」
「うぅむ、そうなのですねぇ。あの方は悪い噂が絶えない方なのでぇ、正直おすすめできないのですがぁ。……そうですねぇ、リーゼロッテ様がそこまでお望みでしたら、このベッティ、よろこんでおふたりの愛のお手伝いをさせていただきますぅ」
「え? 愛のお手伝い?」
「はいぃ、わたし、密会のセッティングなんか、けっこう上手くやれる方でしてぇ。ご用命があれば、このベッティ、いつでもリーゼロッテ様のお役にたってみせますよぅ」
「み、密会!?」
「はいぃ、密会、男女の秘めたる逢瀬ですぅ」
「誰と?」
「リーゼロッテ様とぉ」
「誰が?」
「カイ・デルプフェルト様がぁ」
「ちょっと待ってちょうだい。ベッティ、あなた、話が飛躍しすぎよ!?」
王城からの視察を終えて暇を持て余していたリーゼロッテは、小鬼たちの目をきゅるんとさせるのに思わず夢中になってしまいます。
そんな中、カイとの仲を心配したマテアスによって、リーゼロッテはジークヴァルトと晩餐を共にすることに。
格式高いはずのディナーの席で繰り広げられるあーん攻撃に、リーゼロッテは瀕死寸前となるのでした。
「リーゼロッテ様ぁ、おはようございますぅ。お召し替えのお時間ですよぅ」
三時間越えの晩餐を乗り越え、昨夜は疲れ切ってぐったりと眠ってしまった。そのおかげというべきか、夢も見ずにぐっすり眠れて、いつも以上に目覚めの良い朝を迎えたリーゼロッテだった。
しかし好調な体とは裏腹に、精神はダメージをくらったままだ。夕べは大勢の使用人たちが見守る中、繰り広げられたあーん攻撃に、最後の方は無心で咀嚼を繰り返した。
(どうせなら、もっと味を堪能したかった……)
遠い目をしてリーゼロッテは、侍女の手を借りて夜着を脱いだ。
「本日はこちらのドレスでよろしいですかぁ。お気に召さないようでしたら、他のものをご用意いたしますぅ」
「ええ、ありがとう。これで大丈夫よ」
リーゼロッテは微笑んで差し出されたドレスに袖を通していく。
「わぁ! リーゼロッテ様は、すぅごく綺麗な龍の祝福をお持ちなんですねぇ!」
胸の龍のあざを目にした侍女が着替えを手伝いながら、感嘆の声を上げた。
彼女はエラ付きの侍女として公爵家に雇われていたが、今日はエラもエマニュエルもいないため、リーゼロッテの世話係として配されていた。
「ふふ、コンテストで優勝できるかしら? でも、他ではそのような発言は控えたほうがいいわ、ベッティ」
リーゼロッテが困ったように微笑むと、侍女のベッティは大げさに口に手を当てた。
「ぃやだ! わたしってばまたやらかしちゃいましたぁ! お体について言及するなんて、超絶不敬ですよね? 懲罰ものですよね? ムチですか? 貼り付けですか? 縛り首ですかぁ?」
「ば、罰など与えないわ。これはあなたの今後のために言っているだけだから……」
「わぁ、さすがリーゼロッテ様はおやさしいですぅ! 羽虫のようなわたしの名前までご記憶くださってるなんて、このベッティ、今日はリーゼロッテ様に誠心誠意お仕えさせていただきますぅ。あ、髪も結わせていただいてよろしいですかぁ?」
(ベッティは、ちょっとかわった娘ね……)
ベッティの手つきは無駄がなく、てきぱきとリーゼロッテを着替えさせていく。発言は無茶苦茶だが、侍女としての技能はエラも両手離しにほめていたほどだ。なんでも彼女は、王城からの紹介状を携えて、最近公爵家にやってきた侍女らしい。
リーゼロッテはおとなしくスツールに腰かけて、そんなベッティのなすがままに髪をいじられていた。
「本日は旦那様がお屋敷に一日おられるのでぇ、ハーフアップにして髪は後ろに流しておきますねぇ。旦那様は、リーゼロッテ様の髪を指でお梳きになるのが、たいへんお気に入りのようですのでぇ」
リーゼロッテの羞恥を煽るようなことをさらっと言いつつ、ベッティはするするとサイドの髪を編み込んでいく。最後に深い青色のリボンを美しく結わえると、ベッティは腰に手を当てて満足そうに頷いた。
「完璧ですぅっ! 旦那様の瞳と同じ色のリボンが、旦那様の独占欲を刺激すること間違いなしですぅ!」
「独占欲だなんて……。ジークヴァルト様は義務として、婚約者のわたくしにやさしくしてくださっているだけなのよ」
「あれぇ? リーゼロッテ様はそうお感じですかぁ?」
「だって……それ以外は考えられないでしょう……?」
あれは保護者魂が荒ぶっているだけなのだ。昨日の晩餐で、子供の世話をするかの如くジークヴァルトは甲斐甲斐しかった。口もとについたソースを無表情でやさしくぬぐわれた時は、どれだけ幼児扱いなのかとあきれ果ててしまったほどだ。
再びリーゼロッテが遠い目をして心を飛ばしていると、ベッティはふむ、と考え込む動作をした。
「……リーゼロッテ様はぁ、昨日、王城からいらしてた騎士様とは親しい間柄なんですかぁ?」
「カイ様の事……? ええ、そうね、親しいというか、以前からとてもよくしていただいているわ」
「うぅむ、そうなのですねぇ。あの方は悪い噂が絶えない方なのでぇ、正直おすすめできないのですがぁ。……そうですねぇ、リーゼロッテ様がそこまでお望みでしたら、このベッティ、よろこんでおふたりの愛のお手伝いをさせていただきますぅ」
「え? 愛のお手伝い?」
「はいぃ、わたし、密会のセッティングなんか、けっこう上手くやれる方でしてぇ。ご用命があれば、このベッティ、いつでもリーゼロッテ様のお役にたってみせますよぅ」
「み、密会!?」
「はいぃ、密会、男女の秘めたる逢瀬ですぅ」
「誰と?」
「リーゼロッテ様とぉ」
「誰が?」
「カイ・デルプフェルト様がぁ」
「ちょっと待ってちょうだい。ベッティ、あなた、話が飛躍しすぎよ!?」
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