ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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     ◇
「あの……ヴァルト様」
「なんだ?」
「なんだか大ごとになってしまい、申し訳ありません……」
「いや、問題ない」

 だだっぴろい公爵家の晩餐の部屋にあるゆうに五十人は座れそうな長テーブルのお誕生日席に、リーゼロッテはジークヴァルトと並んで座っていた。

(こういったとき、向かい合わせで座るものではないのかしら?)

 そう思いつつも、支度したくされた席以外に着くわけにもいかなかった。
 もっと気安くおしゃべりできるような食事の席を想像していたのだが、ここは大物芸能人の結婚披露宴の会場ですか? というようにかざてられた晩餐テーブルを前に、リーゼロッテは困惑と動揺を隠せない。

「食前酒でございます」

 エッカルトが高級そうなボトルを持ち、静かにグラスへと葡萄色ぶどういろの液体を注いでいく。

「わたくし、お酒は……」
「心得ております。こちらは果実水となっておりますので、雰囲気だけでもお楽しみください」

 そう言いながら、ジークヴァルトのグラスにも同じものを注いでいく。

「ヴァルト様はお飲みにならなくてよろしいのですか?」
「ああ」

 気にもとめていないようにジークヴァルトはそっけなく言った。

(ヴァルト様もお酒が飲めないのかしら……?)

 ここブラオエルシュタインでは、飲酒は成人を迎えた十五歳から許される。極寒ごっかんの北国であるがゆえに、体を温めるという意味合いもあるため、紅茶にアルコールを入れることもしばしばだ。紅茶にたらすくらいの量なら、子供も口にしていいというおおらかさがこの国には昔から根付いていた。

 しかし、リーゼロッテは義父ちちであるフーゴから、外では絶対にアルコールを摂取しないようきつく言われている。

 十五の誕生日を迎えた夜、家族との祝いの席で初めて酒を口にしたリーゼロッテは、翌日、あらたまった顔のフーゴから禁酒令を言い渡された。
 いつもやさしく穏やかなフーゴが真剣に目をつり上げて言うものだから、昨夜、飲酒後に何か粗相そそうをしたのだろう。そう感じたリーゼロッテは、絶対にそれを順守じゅんしゅしようと心に誓っていた。

(きっとわたし、酒癖さけぐせが悪いんだわ……)

 飲んだ後の記憶が曖昧あいまいで、家族もその時のことを話したがらない。義弟おとうとのルカはしばらく目を合わせてくれなかったし、エラに聞いてもやさしく曖昧に微笑みを返されるだけだった。

 エッカルトがボトルをテーブルに置き、ジークヴァルトに何かを耳打ちをしてから、テーブルを離れていった。ジークヴァルトは一瞬、眉間にしわを寄せ、そのあとおもむろにグラスを手にした。
 視線でリーゼロッテもグラスを持つように促される。難しい顔のジークヴァルトを前に、緊張しながらリーゼロッテもそっとグラスを手に取った。

 テーブルの上にかざられた豪華ごうか燭台しょくだいに、何本もの蝋燭ろうそくともされている。その炎がふたりのグラスに映し出されて、幻想的にゆらめいた。

 しばらくジークヴァルトをうかがうも、グラスを手に取ってから何のリアクションもない。先に口をつけるわけにもいかず、リーゼロッテはじっとグラスの中で揺れる炎を見つめていた。

 だが、あまりにも長い沈黙に、上目遣いで隣に座るジークヴァルトの顔をそっと伺う。そこで、少し離れた壁際かべぎわに立つエッカルトの咳払せきばらいが聞こえてきた。
 その咳払いにジークヴァルトは再び眉間にしわを寄せると、意を決したように口を開いた。

「……少し遅れたが、ダーミッシュ嬢」
「はい」
「…………」

 ジークヴァルトは口を真一文字まいちもんじに引き結んで、それ以上口を開こうとしない。その場に再び奇妙な沈黙が訪れる。リーゼロッテがわずかに首をかしげると、グラスの果実水の表面がゆらりと揺れた。

 先ほどよりも強めな咳払いが聞こえてくると、ジークヴァルトの肩がわずかだがぴくりとはねた。

「ダーミッシュ嬢、少し遅れたが……」
「はい」

 リーゼロッテがそのまま待っていると、ジークヴァルトは先ほど以上に眉間にしわを寄せてようやく次の言葉を発した。

「成人、おめでとう」
「…………」

 今度はリーゼロッテが沈黙してしまった。一瞬何を言われたかわからなかったのだ。十秒ほどたってから、ようやく誕生日の祝いの言葉をもらったのだと理解した。
 そうだ、誕生日を迎えてもうすぐ二カ月はとうとしている上、その間ジークヴァルトとは何度も顔を合わせているが、今言われた言葉は、確かに自分の成人を祝う言葉のはずだ。

「……ありがとうございます、ジークヴァルト様」
「ああ」

 ふたりはグラスを軽く傾けて、果実水に口をつけた。

 エッカルトの耳打ちは『気のいた言葉で乾杯かんぱいを』というものだったのだが、ジークヴァルトには難易度なんいどが高すぎたらしい。当のエッカルトは、壁際でなぜだか涙ぐんでいる。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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