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第2章 氷の王子と消えた託宣
第5話 魔王の晩餐
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【前回のあらすじ】
王太子妃の座をめぐって貴族たちの思惑が入り乱れる中、ビエルサール神殿では王家による祭事がとり行われていました。
そんな中、妹のピッパにアンネマリーとの結婚を懇願されたハインリヒは、ただ苦悩を深めるばかり。
しかし、アンネマリーに預けた懐中時計をカイから返され、その思いを封印する決意を固めるのでした。
(……暇だわ )
カイが帰っていった後、預かった小箱と手紙を直接カイに手渡せたことをアンネマリーへの文にしたため、遅めの昼食をとったリーゼロッテは、そのあと何もやることがなくなってしまった。
今は公爵家のサロンでティータイム中だ。ぽかぽかとした日差しが心地よい。
それにしても、とにかくやることがない。ジークヴァルトがいないと力の制御の特訓もできないし、作成途中の刺繍はエラがいないため、難易度の高いところで頓挫中だ。
エマニュエルは子爵家で用事があると帰っていったので、話し相手になる人間もいない状況だった。
(わたしってひとりじゃ何もできないのね)
こんなことなら本の一冊でも持ってくればよかったと、座り心地のいいソファに腰かけながら、リーゼロッテはふぅと小さくため息をついた。
広いサロンを見渡すが、ここには自分ひとりしかいない。カークだけが壁際で背筋を伸ばしてリーゼロッテを見守っている。
開け放たれたサロンの扉の向こうで、時折使用人たちが忙しそうに廊下を通り過ぎていく。みな仕事をしているのだ。そう思うと、何もせずだらだらと過ごす自分が、居心地悪く感じてしまう。
最近の事であるが、公爵家の屋敷の中で自分には必ず護衛がついていることに気がついた。それはエーミールだったり、ヨハンだったり、自分の視界に入らないところで、常に自分は誰かしらに守られているようだった。気づかなかっただけで、これまでもずっと護衛がいたのかもしれない。
自分勝手に動き回るのはいろいろと迷惑になるだろう。客人らしくおとなしくしていなくては。
(ジョンに会いに行けないのはさびしいけど……)
無意識に力を使い果たしてしまったあの日から、泣き虫ジョンには一度も会いに行っていない。しばらくジョンには近づかないように言われているし、認めたくはないが、自分が動くと何かしらの騒ぎがおこっているように思えてならなかった。
公爵家に呼び戻されたのは、王城からの視察があるからという理由だったので、それが終わった今、社交界デビューの準備もあるし、またダーミッシュ領へと戻ることになるだろう。だから短い時間、我慢すればいいだけの話だ。
そんなことを思いながらリーゼロッテは、ソファに腰かけたままぼんやりとサロンの大きな一枚ガラスの外を眺めていた。
気づかないうちに、またため息が口から洩れていたのだろう。近くにいた小鬼と称される小さな異形が、心配そうにリーゼロッテを下からのぞき込んでいた。
「あら、あなた……」
異形たちは基本的に、リーゼロッテには近づいてはこない。ただ遠巻きにこちらを気にしていて、リーゼロッテがそんな異形に視線を向けると、隠れるか動きを止めるか、みなそんな反応をみせる。
そんな様子が『だるまさんが転んだ』のようなので、リーゼロッテは最近ではなんとなく微笑ましく思っていたのだ。人間、慣れとは怖いもので、王城で異形にビビりまくっていた頃が懐かしくすら感じてしまう。
そんな中、リーゼロッテの足元まで来ていた異形は、ドロドロのデロデロだったが、どことなく愛嬌があるように思えた。
「わたくしを心配してくれているの? やさしい子ね」
そう言ってリーゼロッテは小さな異形に微笑みかけた。リーゼロッテのわずかな動きでも、その体からふんわりと緑の力があふれだしていく。
(異形の浄化はヴァルト様に禁止されてるけど……話しかけるくらいならオッケーよね)
小鬼は小さな手と思しきものを、リーゼロッテから溢れ出た力に一生懸命伸ばしている。ジークヴァルトの守り石があるからだろう。近寄れるギリギリのところで必死になっているようだ。
「これが欲しいの?」
リーゼロッテはそっと手のひらを開いて、何かを蒔く仕草をした。手のひらから溢れ出た緑の力がふんわりと広がっていく。
うれしそうにピョンピョンと飛び跳ねて、小鬼は緑の力を身に受けた。とたんにドロデロの体が、きゅるんとしたおめめの小さなブサ可愛い何かに様変わりする。
力を込めて、放ったのではない。ただ、そっと手を動かしただけだ。
(こ、これは浄化したわけではないわよね……)
お腹も減っていないし、力を使い果たした感覚もない。これは完全にセーフのはずだ。リーゼロッテは冷や汗をかきながら、ひとり納得しようとした。
「え?」
ふと目の前を見やると、いつの間にかそこら辺に隠れていた小鬼たちが、リーゼロッテの座るソファの前で列をなしていた。姿かたちは様々だが、一様にみな小さく弱いドロデロした異形の者たちだ。
(えっと……これはもしかしなくても、順番待ちをされているのかしら……?)
最前列のドロデロが、催促するようにぴょんぴょんと跳ねている。
リーゼロッテは乞われるまま、そっと手のひらを差し出した。ふわっと緑が降り注いでいく。それを受けた小鬼は、やはり可愛らしく変化して、うれしそうに列を離れた。
次の異形が、リーゼロッテをじっと見つめてくる。
(……もしかしてエンドレス?)
リーゼロッテはこてんと首をかたむけた。
(よろこんでもらえてるみたいだし……まあ、いいか)
別に力をふるっているわけではないと、アイドルの握手会さながらリーゼロッテは小さな白い手を右に左に振りまき続けた。
王太子妃の座をめぐって貴族たちの思惑が入り乱れる中、ビエルサール神殿では王家による祭事がとり行われていました。
そんな中、妹のピッパにアンネマリーとの結婚を懇願されたハインリヒは、ただ苦悩を深めるばかり。
しかし、アンネマリーに預けた懐中時計をカイから返され、その思いを封印する決意を固めるのでした。
(……暇だわ )
カイが帰っていった後、預かった小箱と手紙を直接カイに手渡せたことをアンネマリーへの文にしたため、遅めの昼食をとったリーゼロッテは、そのあと何もやることがなくなってしまった。
今は公爵家のサロンでティータイム中だ。ぽかぽかとした日差しが心地よい。
それにしても、とにかくやることがない。ジークヴァルトがいないと力の制御の特訓もできないし、作成途中の刺繍はエラがいないため、難易度の高いところで頓挫中だ。
エマニュエルは子爵家で用事があると帰っていったので、話し相手になる人間もいない状況だった。
(わたしってひとりじゃ何もできないのね)
こんなことなら本の一冊でも持ってくればよかったと、座り心地のいいソファに腰かけながら、リーゼロッテはふぅと小さくため息をついた。
広いサロンを見渡すが、ここには自分ひとりしかいない。カークだけが壁際で背筋を伸ばしてリーゼロッテを見守っている。
開け放たれたサロンの扉の向こうで、時折使用人たちが忙しそうに廊下を通り過ぎていく。みな仕事をしているのだ。そう思うと、何もせずだらだらと過ごす自分が、居心地悪く感じてしまう。
最近の事であるが、公爵家の屋敷の中で自分には必ず護衛がついていることに気がついた。それはエーミールだったり、ヨハンだったり、自分の視界に入らないところで、常に自分は誰かしらに守られているようだった。気づかなかっただけで、これまでもずっと護衛がいたのかもしれない。
自分勝手に動き回るのはいろいろと迷惑になるだろう。客人らしくおとなしくしていなくては。
(ジョンに会いに行けないのはさびしいけど……)
無意識に力を使い果たしてしまったあの日から、泣き虫ジョンには一度も会いに行っていない。しばらくジョンには近づかないように言われているし、認めたくはないが、自分が動くと何かしらの騒ぎがおこっているように思えてならなかった。
公爵家に呼び戻されたのは、王城からの視察があるからという理由だったので、それが終わった今、社交界デビューの準備もあるし、またダーミッシュ領へと戻ることになるだろう。だから短い時間、我慢すればいいだけの話だ。
そんなことを思いながらリーゼロッテは、ソファに腰かけたままぼんやりとサロンの大きな一枚ガラスの外を眺めていた。
気づかないうちに、またため息が口から洩れていたのだろう。近くにいた小鬼と称される小さな異形が、心配そうにリーゼロッテを下からのぞき込んでいた。
「あら、あなた……」
異形たちは基本的に、リーゼロッテには近づいてはこない。ただ遠巻きにこちらを気にしていて、リーゼロッテがそんな異形に視線を向けると、隠れるか動きを止めるか、みなそんな反応をみせる。
そんな様子が『だるまさんが転んだ』のようなので、リーゼロッテは最近ではなんとなく微笑ましく思っていたのだ。人間、慣れとは怖いもので、王城で異形にビビりまくっていた頃が懐かしくすら感じてしまう。
そんな中、リーゼロッテの足元まで来ていた異形は、ドロドロのデロデロだったが、どことなく愛嬌があるように思えた。
「わたくしを心配してくれているの? やさしい子ね」
そう言ってリーゼロッテは小さな異形に微笑みかけた。リーゼロッテのわずかな動きでも、その体からふんわりと緑の力があふれだしていく。
(異形の浄化はヴァルト様に禁止されてるけど……話しかけるくらいならオッケーよね)
小鬼は小さな手と思しきものを、リーゼロッテから溢れ出た力に一生懸命伸ばしている。ジークヴァルトの守り石があるからだろう。近寄れるギリギリのところで必死になっているようだ。
「これが欲しいの?」
リーゼロッテはそっと手のひらを開いて、何かを蒔く仕草をした。手のひらから溢れ出た緑の力がふんわりと広がっていく。
うれしそうにピョンピョンと飛び跳ねて、小鬼は緑の力を身に受けた。とたんにドロデロの体が、きゅるんとしたおめめの小さなブサ可愛い何かに様変わりする。
力を込めて、放ったのではない。ただ、そっと手を動かしただけだ。
(こ、これは浄化したわけではないわよね……)
お腹も減っていないし、力を使い果たした感覚もない。これは完全にセーフのはずだ。リーゼロッテは冷や汗をかきながら、ひとり納得しようとした。
「え?」
ふと目の前を見やると、いつの間にかそこら辺に隠れていた小鬼たちが、リーゼロッテの座るソファの前で列をなしていた。姿かたちは様々だが、一様にみな小さく弱いドロデロした異形の者たちだ。
(えっと……これはもしかしなくても、順番待ちをされているのかしら……?)
最前列のドロデロが、催促するようにぴょんぴょんと跳ねている。
リーゼロッテは乞われるまま、そっと手のひらを差し出した。ふわっと緑が降り注いでいく。それを受けた小鬼は、やはり可愛らしく変化して、うれしそうに列を離れた。
次の異形が、リーゼロッテをじっと見つめてくる。
(……もしかしてエンドレス?)
リーゼロッテはこてんと首をかたむけた。
(よろこんでもらえてるみたいだし……まあ、いいか)
別に力をふるっているわけではないと、アイドルの握手会さながらリーゼロッテは小さな白い手を右に左に振りまき続けた。
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