ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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「ああそうだ、最後に手土産を持って行け。……神殿から許可が下りた。かなり渋っていたが、神官同伴でなら半日限定で、書庫しょこかぎを開けるそうだ」
「同伴というか、監視ですよね。……まあ、滅多には入れるとこじゃないんで、この機会はありがたく活用させてもらいます」
「何か不都合があったら言ってくれ。神殿の圧に負けないくらいの立場ではいるつもりだ」
「そのときは全力で頼りにしてますよ」

 カイのウィンクにハインリヒは小さく笑いを返した。カイのあっけらかんとしたこの態度には、いつだって自分は救われてきた。例えそれが、カイの作り出すいつわりの姿だったとしても。

「ハインリヒ様。オレ、必ずハインリヒ様の託宣の相手を探し出して見せますから」
「……ああ、すまない……」

 カイの持つその強さに、ハインリヒはたまらなく焦燥しょうそうを感じることがある。王太子として、それを表に出すことは決してできはしないが。

「やだなー、なんで謝るんですか? ここは昔みたいに叱咤しった激励げきれいしてくださいよ。オレもちゃっかりそれに便乗びんじょうさせてもらってるわけだし、お互いさまってやつですよ」
「ああ……これからも存分にその立場を利用してくれ」

 カイは当前だと言わんばかりに「もちろんそのつもりです」と頷いた。

「フーゲンベルク家の調査書と、王城の書庫の報告書に関しては、後日まとめてお届けします。とりあえず、白の夜会までは王妃殿下の元にいますので、なにか火急かきゅうの用がおありでしたら、イジドーラ様におっしゃってください」
「わかった……なるべく何もないことを祈ろう」

 そんなに毛嫌いすることないのに。そう思いながら、カイは笑顔で王太子の執務室を後にした。

 扉を閉める寸前にちらりと見やると、思いつめた顔で懐中時計を凝視しているハインリヒが目に入る。

(オレなら絶対にアンネマリー嬢を手放さない)

 もし自分がハインリヒの立場だったら、どんなに汚い手を使ってでも彼女を自分のものにするだろう。そう考えて、カイは自嘲じちょう気味ぎみわらった。

うつわの違いか……)

 だからこそハインリヒなのだとカイは思う。清廉せいれん潔白けっぱくであろうとするがゆえに、不器用で見ていてもどかしい。

 自分ならば、目の前のご馳走ちそうに我慢などできるわけもない。あっさりと誘惑に飛びつくあさましい自分とは、そもそも次元が違うのだ。手を伸ばせば簡単に届くものに、あえて目をそらさず耐え続ける。その強さこそが、未来の王たるうつわと言えるのだから。

 それでもカイは思うことをやめられない。手に入れられる幸せならば、誰に批難ひなんされようともその手につかんでしまえばいい。
 それはこの自分には、どうあがいても、永遠に手にすることはできないものだ。

(それにしても、ハインリヒ様相手にあんなにムキになるなんてな……)

 自分もまだまだ修行が足りないようだと他人事のように考えながら、カイは足早あしばやに王妃の離宮へと向かって行った。

     ◇
 カイが出ていき広い執務室にひとり残されたハインリヒは、目の前の小箱に視線を落とした。長い時間それを見つめ続けていたが、思い切ったように中からははの懐中時計を取り出した。

 手に取った時計のふたをかちりと開くと、ふわりとアンネマリーの気配けはいただよった。しかしそれは刹那せつなのことで、かすかな気配は一瞬でかき消える。

 蓋の内側にはめ込まれた守り石のむらさきが、涙のように揺らめいている。それは彼女のものか、自分のものか……。

 ハインリヒはすべてをるように、乱暴にそのふたを片手で閉めた。

 懐中時計を箱に戻すと、ハインリヒはアンネマリーの手紙と共に、かぎきの引き出しの中へとしまった。引き出しを静かに押し込み、鍵穴かぎあなかぎを真っ直ぐと差し込んでいく。

(――二度とここを開けることはない)

 回したかぎかわいた音が、部屋の中に冷たくひびいた。
 彼女への切ない思いも、美しい思い出も、何もかもこの引き出しに閉じ込めて、すべてこおってしまえばいい――

 それは恒久こうきゅうの封印のようであり、溶けることない永遠の誓いのようでもあった。

 ハインリヒは祈るように、静かにその紫色の瞳を閉じた。




【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。王城からの視察も終えて、とたんに暇になってしまったわたし。ティータイム中の戯れが原因で、なぜかマテアスに叱られて!? よくわからない流れでジークヴァルト様と晩餐を囲むことになったはいいけれど、その展開は公爵家として問題ありありですわ!
 次回、2章 第5話「魔王の晩餐」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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