ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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「やー、色男は何をしても様になるねー」
 感心したようにカイは頷いている。

「あの……カイ様……申し訳ありません」
「ん? どうしてリーゼロッテ嬢が謝るの?」
「……わたくしとこちらにいらっしゃらなければ、カイ様は不快な目に合わずに済みましたでしょう……?」
「はは、あのくらいどうってことないよ。グレーデン殿のアレは、時候の挨拶みたいなもんでしょ」

 エーミールは相容あいいれないものはすべて否定し、決して認めない性格だ。そして思ったことをすぐ口にする。言い換えれば嘘のつけない素直な人間ということだ。
 笑顔の仮面をはりつけて、腹の中では何を考えているか分からないような人間よりは、むしろ好感が持てるというものだろう。カイにしてみれば、マテアスのような人間の方が、よほど油断ならない要注意人物だ。

「いえ、デルプフェルト様、こちらの不手際ふてぎわで不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
 エマニュエルが再び深く頭を下げた。

「あー、いや、ホント気にしてないから」

 カイは困ったようにエマニュエルの手を取った。そのまま手を引いてエマニュエルの顔を上げさせる。その流れでエマニュエルの手に、当たり前のように自身の唇を押し当てた。

「それにしても、先ほどの子爵夫人の叱責しっせき……思わず心を奪われてしまいました」
「まあ、デルプフェルト様は、強気な女がお好みですか?」
「あなたのような美しい方になら、ぜひにもしかられたいものです」

(か、カイ様がチャラ男になった……)

 ほほほ、はははと見つめ合うふたりを前に、リーゼロッテのカイへの評価がダダ下がったのは言うまでもなかった。

 その後、気を取りなおした一行はリーゼロッテの部屋の前に到着した。リーゼロッテが部屋の中へカイをいざなうと、カイは少し困った顔をする。

「いや、オレはここで待ってるよ」
「ですが、カイ様を廊下で待たせるなどできませんわ……」

 それでもカイは、かたくなに部屋には入ろうとはしなかった。
 ジークヴァルトの不在のすきに、リーゼロッテの自室に入ったなどと知れたら、さすがのカイも無傷ではいられなさそうだ。

 貴族の部屋には、自室と言えど来客用の居間があるので、エマニュエルが同席している状態でカイが部屋に入ること自体は、世間体的にみて問題はないだろう。しかしそれを、ジークヴァルトが良しとしないのは目に見えている。

「もう少しカークを観察したいし、ね?」

 なんとか言いくるめると、リーゼロッテは頷いて部屋の中へひとり入っていった。その後にエマニュエルが続く。

「デルプフェルト様……お気遣い感謝いたしますわ」
「オレもまだ命はしいからね」

 その返事にくすりと笑って、エマニュエルはぱたんと扉を閉めた。

 廊下に残されたのは、カイとカークのふたりきりだ。カークは扉の横で、姿勢よくぴしりとたたずんでいる。

(はは、ホントの護衛みたいだ)

 異形の者に取りつかれやすい人間は確かにいるが、したわれる人間など見たこともない。

「泣き虫の異形の方も気になるけど……」

 取りこぼしておかないと、次に公爵家に来る理由がなくなってしまう。

「こんなおもしろいこと、なかなかないしね」

 反応のないカーク相手に、カイが独りごちていると、再び部屋からリーゼロッテが「お待たせしました」と顔を出した。

 その手には、小さな箱が大事そうに握られている。その箱からにじみ出る力の波動に気づくと、カイのりつけた様な笑顔が、その顔から消えた。

「カイ様……わたくし、これをアンネマリーから預かっていて……」
「……そう」

 カイはそれ以上何も言わずに、リーゼロッテからその小箱を受け取った。

「こちらの手紙もカイ様にと……」

 アンネマリーはカイに渡せば分かってもらえると言っていた。うかがうように手紙を差し出す。

 カイは無言でそれを受け取った。そのまま手にした小箱と手紙を、考え込むようにじっと見つめる。

「あの……カイ様……アンネマリーは……」
 言葉が続かず、リーゼロッテは瞳をさ迷わせた。

「ああ、うん、ちゃんと受け取ったよ。大丈夫。アンネマリー嬢にもそう伝えて?」
「……はい」

 アンネマリーの願い通り、王子の懐中時計はカイに手渡せた。なのに、どうしてこんなにもすっきりしないのだろう。

「大丈夫……アンネマリー嬢は、ちゃんとしあわせになるよ」

 そう言ってカイは、リーゼロッテを安心させるようにやわらかく笑った。しかし、その言葉を聞いたリーゼロッテがぎゅっと眉根まゆねを寄せる。そのままへの字に曲げた桜色の唇を、ふるふると小さく震わせた。

(やばい、泣く)

 リーゼロッテを泣かせたとあっては、後でどんな鉄槌てっついを受けるか分かったものではない。ジークヴァルトの無言の圧を想像して、カイは背筋せすじを凍らせた。

(くそ、ハインリヒ様のせいで、完全にとばっちりだ)

 カイの王子への悪態あくたいとは裏腹うらはらに、しかしリーゼロッテは出そうになった涙をぐっと押しとどめた。

 王子への思いを断とうとしているアンネマリー。あの切なげな水色の瞳を思い出すと、リーゼロッテの小さな胸は締めつけられた。

「もう……どうにもすることはできないのですか……?」
「……うん、こればっかりはね……」

 何を、とは言われなかったが、リーゼロッテの言いたいことは十分わかる。激鈍げきにぶのリーゼロッテにすら筒抜けになるほど、傍目はためから見てふたりはかれ合っていたのだから。

 それなのに、ハインリヒは一体何をやっているのか。もっとうまいやりようは、他にいくらでもあっただろうに。龍の託宣の存在があるにしても、カイは未だに呆れを隠せないでいた。

 手にした小箱を見つめ、カイは思う。ハインリヒはこれを、どんな顔で受け取るだろうかと。
 だが、本人にその気がないのなら、カイにできることは何もない。せめて、アンネマリーの決意をしかと届けよう。

(まあ、イジドーラ様だけは、まだあきらめていないみたいだけど、ね)

 今にも泣き出しそうなリーゼロッテを見やりながら、カイは胸中でそんなことをつぶやいた。




【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。一応、この話の主役をやってまーす! だのに、次回はわたしの台詞は一切なし!? それどころか登場シーンも皆無だなんて、一体全体どういうことなの~!! そんなわけで、次回はブラオエルシュタイン王家の方々が豪華勢ぞろいですわ!
 次回、2章 第4話「永遠の鍵」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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