202 / 528
第2章 氷の王子と消えた託宣
6
しおりを挟む
◇
「え? 公爵領に戻るようにですか?」
伯爵家の日当たりのいいサロンで午後のティータイムを満喫していたリーゼロッテは、隣に座るエマニュエルに聞き返した。
「はい、王城からフーゲンベル家に視察が入るとのことで、リーゼロッテ様も同席されるようにとのお達しですわ」
エマニュエルの言葉に、リーゼロッテは飲みかけの紅茶のカップを手にしたまま首をかしげた。
「公爵家の視察に、わたくしがいていいのでしょうか?」
「今回は視察とは名ばかりの異形の者の調査ですからね。むしろリーゼロッテ様がいないことには始まらないのでしょう」
「……異形の者の調査?」
エマニュエルの視線が横にずれて、リーゼロッテもつられてそちらの方を見やる。そこにはサロンの壁際で直立不動の姿勢でたたずむカークの姿があった。
カークは公爵家の敷地内で、何百年も立ち尽くしていた異形の者だ。縁あって、今はリーゼロッテの護衛のような役目を果たしている。
リーゼロッテの帰郷にあたって、カークは公爵家の屋敷からダーミッシュ領までついて来ていた。伯爵家の屋敷に戻ってきたら、自室の扉の横にカークが立っていて、リーゼロッテはそれはもう驚いたのだ。
挙動不審なリーゼロッテを見たエラに、いたく心配されてしまった。ダーミッシュ家には異形を視る力を持つ者はいないので、カークに驚かれないで済んだのは不幸中の幸いだ。
(それにしても、カークはここまでどうやって来たのかしら……)
自分たちは馬車で移動したのだが、その時カークの姿はなかった。カークはいつも歩いて移動しているので、馬車を追いかけて走ってきたのだろうか?
カークが必死に馬車を追いかけているシーンを想像しつつ、リーゼロッテはエマニュエルへと視線を戻した。
「もしかして、わたくしがカークを動かしたから……?」
「恐らくは。ですが……それだけではないとは思いますけれど……」
歯切れの悪いエマニュエルの言葉に、執務室で頻繁におこる異形の騒ぎも含まれるのだとリーゼロッテは悟った。公爵家家令のエッカルトが言っていた、いわゆる“公爵家の呪い”の件だ。
もしかしたら、ジークヴァルトの守護者であるジークハルトが起こした事に関しても、調査されるのかもしれない。リーゼロッテは無意識に自分の手首をぎゅっと握りしめた。
「リーゼロッテ様……」
気づかわし気なエマニュエルの呼びかけに、リーゼロッテはそっと微笑んだ。
ジークハルトがジークヴァルトの体を乗っ取ってリーゼロッテを襲った件について、あの日以来言及するものは誰もいなかった。公爵家では、そのこと自体なかったことにされている。
強引につかまれた手首のあざはもうきれいに消えている。ジークハルトにも許すと言った手前、これ以上落ち込んでいても仕方がない。
「大丈夫ですわ、エマ様。……でも、そうするとアンネマリーには会いに行けないわ……」
「その件でしたら、公爵領に戻る途中でクラッセン家に立ち寄ればよろしいのでは」
クラッセン侯爵領はダーミッシュ領より王都に近い位置にあって、少し遠回りになるものの公爵領に行く道すがら立ち寄れる場所にあった。
「まあ!それもそうですわね。でもアンネマリーの都合も聞かないといけないわ。わたくしすぐに文をしたためますわ」
明るく笑うリーゼロッテにエマニュエルはほっと息をついた。
(旦那様のためにも……早く婚姻の託宣が降りればいいのに……)
叶うことならリーゼロッテにはずっと公爵家でジークヴァルトのそばにいてほしい。
託宣を受けた者はいつでも龍の気まぐれに翻弄される。自分にはどうすることもできないことは分かっているが、エマニュエルの中でただもどかしさだけが募っていた。
数日後、リーゼロッテは急ぎ公爵領へ戻ることになった。半月足らずのリーゼロッテの帰郷に、ダーミッシュ家の者たちは落胆の色を隠せない。
慌ただしく公爵領へと出発するリーゼロッテの背中を、一同は涙ながらに見送ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。公爵家に向かう道すがら、アンネマリーに会いにクラッセン侯爵領に立ち寄ったわたし。そこでアンネマリーに頼みごとをされて!? ヨハン様に身に覚えのないことで感謝されて困惑しつつ、公爵家を目指します! そんなとき、アンネマリーに王妃様から褒美が届いて……
次回、2章 第2話「木漏れ日の庭」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
「え? 公爵領に戻るようにですか?」
伯爵家の日当たりのいいサロンで午後のティータイムを満喫していたリーゼロッテは、隣に座るエマニュエルに聞き返した。
「はい、王城からフーゲンベル家に視察が入るとのことで、リーゼロッテ様も同席されるようにとのお達しですわ」
エマニュエルの言葉に、リーゼロッテは飲みかけの紅茶のカップを手にしたまま首をかしげた。
「公爵家の視察に、わたくしがいていいのでしょうか?」
「今回は視察とは名ばかりの異形の者の調査ですからね。むしろリーゼロッテ様がいないことには始まらないのでしょう」
「……異形の者の調査?」
エマニュエルの視線が横にずれて、リーゼロッテもつられてそちらの方を見やる。そこにはサロンの壁際で直立不動の姿勢でたたずむカークの姿があった。
カークは公爵家の敷地内で、何百年も立ち尽くしていた異形の者だ。縁あって、今はリーゼロッテの護衛のような役目を果たしている。
リーゼロッテの帰郷にあたって、カークは公爵家の屋敷からダーミッシュ領までついて来ていた。伯爵家の屋敷に戻ってきたら、自室の扉の横にカークが立っていて、リーゼロッテはそれはもう驚いたのだ。
挙動不審なリーゼロッテを見たエラに、いたく心配されてしまった。ダーミッシュ家には異形を視る力を持つ者はいないので、カークに驚かれないで済んだのは不幸中の幸いだ。
(それにしても、カークはここまでどうやって来たのかしら……)
自分たちは馬車で移動したのだが、その時カークの姿はなかった。カークはいつも歩いて移動しているので、馬車を追いかけて走ってきたのだろうか?
カークが必死に馬車を追いかけているシーンを想像しつつ、リーゼロッテはエマニュエルへと視線を戻した。
「もしかして、わたくしがカークを動かしたから……?」
「恐らくは。ですが……それだけではないとは思いますけれど……」
歯切れの悪いエマニュエルの言葉に、執務室で頻繁におこる異形の騒ぎも含まれるのだとリーゼロッテは悟った。公爵家家令のエッカルトが言っていた、いわゆる“公爵家の呪い”の件だ。
もしかしたら、ジークヴァルトの守護者であるジークハルトが起こした事に関しても、調査されるのかもしれない。リーゼロッテは無意識に自分の手首をぎゅっと握りしめた。
「リーゼロッテ様……」
気づかわし気なエマニュエルの呼びかけに、リーゼロッテはそっと微笑んだ。
ジークハルトがジークヴァルトの体を乗っ取ってリーゼロッテを襲った件について、あの日以来言及するものは誰もいなかった。公爵家では、そのこと自体なかったことにされている。
強引につかまれた手首のあざはもうきれいに消えている。ジークハルトにも許すと言った手前、これ以上落ち込んでいても仕方がない。
「大丈夫ですわ、エマ様。……でも、そうするとアンネマリーには会いに行けないわ……」
「その件でしたら、公爵領に戻る途中でクラッセン家に立ち寄ればよろしいのでは」
クラッセン侯爵領はダーミッシュ領より王都に近い位置にあって、少し遠回りになるものの公爵領に行く道すがら立ち寄れる場所にあった。
「まあ!それもそうですわね。でもアンネマリーの都合も聞かないといけないわ。わたくしすぐに文をしたためますわ」
明るく笑うリーゼロッテにエマニュエルはほっと息をついた。
(旦那様のためにも……早く婚姻の託宣が降りればいいのに……)
叶うことならリーゼロッテにはずっと公爵家でジークヴァルトのそばにいてほしい。
託宣を受けた者はいつでも龍の気まぐれに翻弄される。自分にはどうすることもできないことは分かっているが、エマニュエルの中でただもどかしさだけが募っていた。
数日後、リーゼロッテは急ぎ公爵領へ戻ることになった。半月足らずのリーゼロッテの帰郷に、ダーミッシュ家の者たちは落胆の色を隠せない。
慌ただしく公爵領へと出発するリーゼロッテの背中を、一同は涙ながらに見送ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。公爵家に向かう道すがら、アンネマリーに会いにクラッセン侯爵領に立ち寄ったわたし。そこでアンネマリーに頼みごとをされて!? ヨハン様に身に覚えのないことで感謝されて困惑しつつ、公爵家を目指します! そんなとき、アンネマリーに王妃様から褒美が届いて……
次回、2章 第2話「木漏れ日の庭」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
0
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる