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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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三階に降り廊下を進むと執務室の扉の前で、エッカルトと護衛服を着た壮年の男と細身の若い男が三人で話しているのが見えた。その後方でエマニュエルが控えている。
「マテアス!」
いち早く気づいたエマニュエルが青ざめた顔を向け、一同の視線がマテアスに集まった。エマニュエルよりも青い顔のマテアスを見て、誰もが緊張した面持ちとなった。
「マテアス、報告を」
エッカルトに促され、呼吸を整えたマテアスは姿勢を正した。
「今からお話しすることは他言無用に願います。外の窓から執務室内を確認したところ、旦那様はリーゼロッテ様を組み敷いておられました。異形が騒いでいるのはそのせいです」
息を飲む一同を前に、マテアスは努めて冷静な声で言葉を続ける。
「窓からの侵入を試みましたが、執務室を包むこの力と同じものに阻止されました。――恐らく旦那様は……何者かに憑かれ、操られているのだと思われます」
「ジークヴァルト様が? まさかそんなことが……!」
細身の若い護衛騎士が信じられないとばかりにマテアスにつかみかかった。
「マテアス、お前いい加減なことを……!」
「エーミール様、おやめください!」
慌ててヨハンがマテアスとの間に入ろうとする。エーミールと呼ばれた青年はヨハンを睨みあげて、その手を忌々しそうに振り払った。
「ヨハン・カーク、お前ごときがわたしに触れるな!」
「エーミール」
そばにいた年配の護衛騎士が窘めるように名を呼んだ。
「今はそんな場合ではないだろう」
「ユリウス叔父上……」
しぶしぶと言った呈でエーミールは引き下がった。
「とは言え、オレもジークヴァルトが異形に憑かれるなど信じられんな」
年配騎士のユリウスの言葉にエッカルトも難しい顔になる。その横でエマニュエルが口元に両手を当てながら震える声を上げた。
「まさか、星を堕とす者が……?」
その瞬間、執務室の中にいる異形たちがことさら騒ぎ始めた。半狂乱、という表現が正しいほどの振動と叫び声が伝わってくる。
その直後、ガッという衝撃を感じて、その場にいた者たちはみな耳を塞ぎ顔をしかめた。異形の叫びを圧するほどの力が、執務室内で広がったのだ。
「この力も……星を堕とす者のしわざだと言うのか?」
ユリウスが呻くように言った。執務室を包む異様な力は、圧倒的でただ恐れしか感じない。
「いいえ、今回、それとは関係はないでしょう」
「だとしたら何だというのだ!」
マテアスの確信めいた言葉に、エーミールが食ってかかった。
エーミールは、今、自分がこの場に立っていられるのが不思議なくらいだった。戦慄する自身の体を無意識に抱きしめる。
「この力は恐らく、旦那様の守護者によるものです。旦那様に取り憑き操っているのも、恐らくその守護者でしょう」
「何を馬鹿なことを……!」
マテアスの言うことは荒唐無稽すぎる。誰もがそう思った。
しかし、今、目の前で執務室を包む強大な力は、邪気をまるで感じさせない。禁忌に落ちた異形のしわざとはとても思えなかった。
清廉といってもいいほどの力を目の当たりにしている状態で、それ以上否定の声を上げられる者はこの場にはいなかった。
「……真実はどうあれ、これ以上は待てません。力を一点に集中して壁を壊します。みな様の力をお貸しください」
マテアスの真剣な表情に、一同はごくりとのどを鳴らした。
「マテアス!」
いち早く気づいたエマニュエルが青ざめた顔を向け、一同の視線がマテアスに集まった。エマニュエルよりも青い顔のマテアスを見て、誰もが緊張した面持ちとなった。
「マテアス、報告を」
エッカルトに促され、呼吸を整えたマテアスは姿勢を正した。
「今からお話しすることは他言無用に願います。外の窓から執務室内を確認したところ、旦那様はリーゼロッテ様を組み敷いておられました。異形が騒いでいるのはそのせいです」
息を飲む一同を前に、マテアスは努めて冷静な声で言葉を続ける。
「窓からの侵入を試みましたが、執務室を包むこの力と同じものに阻止されました。――恐らく旦那様は……何者かに憑かれ、操られているのだと思われます」
「ジークヴァルト様が? まさかそんなことが……!」
細身の若い護衛騎士が信じられないとばかりにマテアスにつかみかかった。
「マテアス、お前いい加減なことを……!」
「エーミール様、おやめください!」
慌ててヨハンがマテアスとの間に入ろうとする。エーミールと呼ばれた青年はヨハンを睨みあげて、その手を忌々しそうに振り払った。
「ヨハン・カーク、お前ごときがわたしに触れるな!」
「エーミール」
そばにいた年配の護衛騎士が窘めるように名を呼んだ。
「今はそんな場合ではないだろう」
「ユリウス叔父上……」
しぶしぶと言った呈でエーミールは引き下がった。
「とは言え、オレもジークヴァルトが異形に憑かれるなど信じられんな」
年配騎士のユリウスの言葉にエッカルトも難しい顔になる。その横でエマニュエルが口元に両手を当てながら震える声を上げた。
「まさか、星を堕とす者が……?」
その瞬間、執務室の中にいる異形たちがことさら騒ぎ始めた。半狂乱、という表現が正しいほどの振動と叫び声が伝わってくる。
その直後、ガッという衝撃を感じて、その場にいた者たちはみな耳を塞ぎ顔をしかめた。異形の叫びを圧するほどの力が、執務室内で広がったのだ。
「この力も……星を堕とす者のしわざだと言うのか?」
ユリウスが呻くように言った。執務室を包む異様な力は、圧倒的でただ恐れしか感じない。
「いいえ、今回、それとは関係はないでしょう」
「だとしたら何だというのだ!」
マテアスの確信めいた言葉に、エーミールが食ってかかった。
エーミールは、今、自分がこの場に立っていられるのが不思議なくらいだった。戦慄する自身の体を無意識に抱きしめる。
「この力は恐らく、旦那様の守護者によるものです。旦那様に取り憑き操っているのも、恐らくその守護者でしょう」
「何を馬鹿なことを……!」
マテアスの言うことは荒唐無稽すぎる。誰もがそう思った。
しかし、今、目の前で執務室を包む強大な力は、邪気をまるで感じさせない。禁忌に落ちた異形のしわざとはとても思えなかった。
清廉といってもいいほどの力を目の当たりにしている状態で、それ以上否定の声を上げられる者はこの場にはいなかった。
「……真実はどうあれ、これ以上は待てません。力を一点に集中して壁を壊します。みな様の力をお貸しください」
マテアスの真剣な表情に、一同はごくりとのどを鳴らした。
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