170 / 506
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
3
しおりを挟む
思わぬ告白にエラは目を丸くする。
リーゼロッテはここ最近、ドレスがきつくなっているのを感じていた。着られないほどのことはないのだが、手を上げたり体を曲げたりするときに、腕まわりや胸のあたりでやたらと窮屈な感覚を覚えていた。
無理に動くと服が破れそうで、ここのところはいつも以上に楚々とした所作で動き回っていたのだ。
ダーミッシュ領にいた頃のようにラフな格好をするわけにもいかないし、ドレスを手直しするにも公爵家で太りました宣言をするようでちょっと恥ずかしすぎる。
しかし人前でいきなりドレスがビリっといったら、それこそいたたまれない事態になりそうだ。
(絶対、ヴァルト様のクッキーのせいだわ!)
公爵家のクッキーは、効率よくエネルギーが取れるようにできているらしい。そんなものを次から次へと放り込まれたら、太っても仕方がないことだろう。
王城での滞在以降、普段の食事はいたって普通の令嬢が食す量しか食べていない。それなのに贅肉がつくのであれば、あのクッキー以外思い当たることは何もなかった。
これはもう自分で節制するしかない。そういう結論に至ったリーゼロッテは、ダイエットすることを決意したのだ。
「まあ、お嬢様。お嬢様はまったくお太りになどなっておりませんよ」
始終心配顔だったエラは、すっかり安堵の表情に変わっている。
「でも最近、ドレスが少しきつく感じるのよ」
「お嬢様は少しずつですが、以前よりも女性らしい体つきになられていますからね。決して太った訳ではございませんよ。旦那様にお願いして、新しいドレスを新調していただきましょう。それまではわたしが今あるドレスを手直しして、動きやすいよう仕立て直しますから」
「本当に? わたくし、太ったのではない?」
自分のことを常に手放しでほめるエラの言葉を、そのまま受け取っていいものだろうか。リーゼロッテはいまだ半信半疑だ。
エラが嘘を言うとはもちろん思っていないが、分厚い溺愛フィルターがかけられている事実を、きちんと差し引かなければならないのだ。
「もちろんでございます。その証拠にウエストはきつくはございませんでしょう?」
言われてみればお腹周りは不思議ときつくは感じない。エラの言うように、肩幅や胸まわりが成長しているということだろうか?
「わたしもそのような大事なことに気が回らず、本当に申し訳ございません。早速今日から仕立て直させていただきます」
「とりあえず気をつけて動けば問題ないから、無理はしなくていいわ。エラはそれでなくても頑張ってくれているもの」
「いいえ、お嬢様! お嬢様のためなら、このエラに無理などという言葉は存在いたしません!」
エラの鳶色の瞳がメラメラと燃え上がった。エラのスキル・お嬢様至上主義の発動だ。
「さ、お嬢様、ご心配なさらずこちらのショコラをお召し上がりください。ああ、紅茶が冷めてしまいましたね。今すぐ淹れ直して参ります!」
ここから炊事場が近いこともあり、すぐに戻りますと言ってエラはサロンを後にした。
残されたリーゼロッテはしばらくの間、テーブルの上のチョコをじっと見つめていた。カークだけがそれを微動だにせず見守っている。
艶やかなチョコは、リーゼロッテに食べてもらえるのを今か今かと待っている。
口に入れた瞬間に広がるとろけるようなあの甘さ。中から出てくるベリーのソースのなんとも絶妙なハーモニー……
それを想像しただけで、リーゼロッテは切ない気分になってくる。
(食べたい……ひとつぶ残らず食べてしまいたい……!)
本当に太ってきてはいないだろうか?このきつくなった腕まわりは、本当に成長しただけなのだろうか?十五歳になるまで何年も変わらず幼児体型だったのに、ここにきていきなり成長したりするものだろうか?
様々な疑問が脳内をかけめぐる。
リーゼロッテは近くに誰もいないことを確かめて、そっと左腕を持ち上げた。七分丈のドレスの袖が、するりと肩口に向かって落ちていく。
目線の近くまで持ち上げた自分の二の腕を、リーゼロッテはまじまじと見つめた。反対の指で二の腕の下肉をつまんでぷにぷにとその量を確かめる。
やはり贅肉の付きすぎなのではないだろうか?
そんな疑問が沸き上がったとき、リーゼロッテは持ち上げていた手首を不意にぐっと掴まれた。
「ジークヴァルト様!」
リーゼロッテはここ最近、ドレスがきつくなっているのを感じていた。着られないほどのことはないのだが、手を上げたり体を曲げたりするときに、腕まわりや胸のあたりでやたらと窮屈な感覚を覚えていた。
無理に動くと服が破れそうで、ここのところはいつも以上に楚々とした所作で動き回っていたのだ。
ダーミッシュ領にいた頃のようにラフな格好をするわけにもいかないし、ドレスを手直しするにも公爵家で太りました宣言をするようでちょっと恥ずかしすぎる。
しかし人前でいきなりドレスがビリっといったら、それこそいたたまれない事態になりそうだ。
(絶対、ヴァルト様のクッキーのせいだわ!)
公爵家のクッキーは、効率よくエネルギーが取れるようにできているらしい。そんなものを次から次へと放り込まれたら、太っても仕方がないことだろう。
王城での滞在以降、普段の食事はいたって普通の令嬢が食す量しか食べていない。それなのに贅肉がつくのであれば、あのクッキー以外思い当たることは何もなかった。
これはもう自分で節制するしかない。そういう結論に至ったリーゼロッテは、ダイエットすることを決意したのだ。
「まあ、お嬢様。お嬢様はまったくお太りになどなっておりませんよ」
始終心配顔だったエラは、すっかり安堵の表情に変わっている。
「でも最近、ドレスが少しきつく感じるのよ」
「お嬢様は少しずつですが、以前よりも女性らしい体つきになられていますからね。決して太った訳ではございませんよ。旦那様にお願いして、新しいドレスを新調していただきましょう。それまではわたしが今あるドレスを手直しして、動きやすいよう仕立て直しますから」
「本当に? わたくし、太ったのではない?」
自分のことを常に手放しでほめるエラの言葉を、そのまま受け取っていいものだろうか。リーゼロッテはいまだ半信半疑だ。
エラが嘘を言うとはもちろん思っていないが、分厚い溺愛フィルターがかけられている事実を、きちんと差し引かなければならないのだ。
「もちろんでございます。その証拠にウエストはきつくはございませんでしょう?」
言われてみればお腹周りは不思議ときつくは感じない。エラの言うように、肩幅や胸まわりが成長しているということだろうか?
「わたしもそのような大事なことに気が回らず、本当に申し訳ございません。早速今日から仕立て直させていただきます」
「とりあえず気をつけて動けば問題ないから、無理はしなくていいわ。エラはそれでなくても頑張ってくれているもの」
「いいえ、お嬢様! お嬢様のためなら、このエラに無理などという言葉は存在いたしません!」
エラの鳶色の瞳がメラメラと燃え上がった。エラのスキル・お嬢様至上主義の発動だ。
「さ、お嬢様、ご心配なさらずこちらのショコラをお召し上がりください。ああ、紅茶が冷めてしまいましたね。今すぐ淹れ直して参ります!」
ここから炊事場が近いこともあり、すぐに戻りますと言ってエラはサロンを後にした。
残されたリーゼロッテはしばらくの間、テーブルの上のチョコをじっと見つめていた。カークだけがそれを微動だにせず見守っている。
艶やかなチョコは、リーゼロッテに食べてもらえるのを今か今かと待っている。
口に入れた瞬間に広がるとろけるようなあの甘さ。中から出てくるベリーのソースのなんとも絶妙なハーモニー……
それを想像しただけで、リーゼロッテは切ない気分になってくる。
(食べたい……ひとつぶ残らず食べてしまいたい……!)
本当に太ってきてはいないだろうか?このきつくなった腕まわりは、本当に成長しただけなのだろうか?十五歳になるまで何年も変わらず幼児体型だったのに、ここにきていきなり成長したりするものだろうか?
様々な疑問が脳内をかけめぐる。
リーゼロッテは近くに誰もいないことを確かめて、そっと左腕を持ち上げた。七分丈のドレスの袖が、するりと肩口に向かって落ちていく。
目線の近くまで持ち上げた自分の二の腕を、リーゼロッテはまじまじと見つめた。反対の指で二の腕の下肉をつまんでぷにぷにとその量を確かめる。
やはり贅肉の付きすぎなのではないだろうか?
そんな疑問が沸き上がったとき、リーゼロッテは持ち上げていた手首を不意にぐっと掴まれた。
「ジークヴァルト様!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
247
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる