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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 その頃リーゼロッテは、エラと共に庭が見える公爵家のサロンで、お茶をしながらまったりと過ごしていた。
 いつもなら美しい庭が堪能できる一面のガラス戸は、降りしきる雨のせいで磨りガラスのようにぼんやりと外の景色を映している。

 サロンの片隅ではカークがふたりを遠巻きに見守っていた。ジークヴァルトの言いつけ通りにリーゼロッテについてきたようだ。

「この雨はなかなか止みそうもありませんね、お嬢様」
「ええ、そうねエラ」

 昨日、エラはダーミッシュ領に用事で帰っていたため、リーゼロッテが倒れたことは知らされていない。
 夕べ、雨のせいで予定より遅くエラが公爵家に戻ってきた時には、リーゼロッテは夢の中の住人だった。いつもより早いリーゼロッテの就寝に、庭で散歩中に雨に降られて、念のため早めに休んだと説明されていた。

「昨日は雨の中帰ってくるのはたいへんだったでしょう?」
「ダーミッシュ領を出た頃は小雨程度だったのですが、王都に近づくにつれて雨が激しくなってびっくりいたしました」
「雨で馬車が立ち往生したりしなくてよかったわ」
「はい、本当に。道は混雑してはいましたが、道中は特にトラブルはありませんでしたし、国が河川の整備をしっかりしてくれているおかげか、最近では大雨でも大きな被害はほとんどありませんからね。とはいえ、御者と馬はたいへんだったと思いますが」

 犬のレオンの天気予報は本当によく当たるらしい。この大雨はあと二日は続くだろうとの見立てだった。

「昨日、ルカは王都に来ていたのよね?」
「はい。ルカ様は王城へ騎士様の訓練の見学に行かれていたようです。昨日はお会いできなくて残念でした」
「そうね……。でもジークヴァルト様がルカの見学にお付き合いしてくださるっておっしゃっていたから、後でお話をお伺いしましょう」
「そうですね。ところで、お嬢様……お加減はいかがですか? もしお辛いようなら、もう少し横になっておられますか?」

 リーゼロッテがまったく茶菓子に手を付けていない様子を見て、エラが心配そうに言った。

「大丈夫よ、エラ。昨日は急な雨に少し濡れただけだから」

 リーゼロッテはエラを安心させるように微笑んだ。
 しかしその胸中は複雑だ。いちばんと言ってよいほど信頼を寄せているエラに、ここのところ嘘ばかりついている気がする。

 話したくても話せない。王子には龍の託宣については他言無用と命令されている。異形の者や自分の力のことに関しても言えないことが多すぎて、どうにもそれが後ろめたかった。

「ですが、お嬢様がこの菓子にお手をお付けにならないなんて……。やはり体調がよろしくないのでありませんか?」

 茶菓子として用意されていたのは、リーゼロッテがいつもならよろこんで食べるチョコレートの菓子だった。瞳を輝かせてその菓子を口にするリーゼロッテは、それはそれは愛らしいのだ。

 エラの言葉にリーゼロッテの瞳が動揺したように揺れ動いた。
 もちろんそれを見逃すエラではない。リーゼロッテの異変に、前のめりですぐさまその手を取った。

「お嬢様。何かお悩みでもございますか?慣れない環境でお疲れがたまっていらっしゃるのではありませんか?」

 公爵家に来てから、リーゼロッテと共に過ごす時間が減っている。自分の知らないところで、リーゼロッテが傷つくようなことがあったのではないか。
 そう思うとエラは顔色を悪くした。そのような事態を放置するなど、自分が公爵家について来た意味が何もない。それでなくともお嬢様は、周りを思って我慢なさる方なのだから。

「い、いいえ、体調が悪いわけではないの。そうではないのよ、エラ」

 リーゼロッテは言いよどみ、それでも何かを言いたげに視線を右へ左へとさ迷わせた。

(何か言いにくいことがおありなのだわ!)

 エラは瞬時に判断した。口に出しづらいことを打ち明けたいとき、リーゼロッテはこのような仕草をいつもする。例えばドレスにシミを作ってしまったとか、月のものがやってきたとか、ちょっと恥ずかしいと思うことを告白したいときに。

「お嬢様。やはり何かおありなのですね? おっしゃりにくいことなら無理にとは申しませんが……」

 エラはできるだけしゅんとした態度を取った。こうするとリーゼロッテは大概のことは、慌てて告白してくれるのだ。

「……エラ……正直に言ってほしいのだけれど……」

 思った通りリーゼロッテは素直に口を開いた。一度だけ躊躇して、恥ずかしそうに眼を逸らしながら、リーゼロッテは消え入りそうな小さな声で続けた。

「その、わたくし……最近、ちょっと太ったわよね?」
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