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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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簡単なウォーミングアップの後、ルカの剣の軽い打ち合いを観察していたキュプカーは、榛色の瞳をキラリと光らせて、ひとりの若い騎士との手合わせを指示した。
若い騎士は騎士団に入って一年ほどの小柄な青年だった。小柄と言ってもルカと比べると、大人と子供の対格差があるのは歴然としている。
入団して一年、そろそろだらけてくる頃合いで、しかもこの青年は普段から調子に乗りやすい性格だった。
(ふわっ、目の前で見るとめっちゃ可愛い! 睫毛ながっ! しかもなんかいい匂いがするっ!)
青年騎士は王城の廊下で、この少年の姉君である妖精のような令嬢を、一度だけ目撃したことがあった。その令嬢はフーゲンベルク副隊長の腕の中で、恥ずかしそうに頬を染めていた。遠目に見ただけだったが、それはそれは可愛らしい令嬢だった。
(似てない姉弟だけど、どちらにしても可愛いなぁ)
さすが姉弟だけはあると、鍛錬場でルカと向かい合った青年騎士は、気もそぞろに手合わせ開始前の礼をした。
「では、試合開始!」
先輩騎士の掛け声とともに、はっと我に返った青年騎士は、可愛い天使に怪我をさせないようにするにはどうすべきか躊躇しながら剣を構えた。
(あれ?)
ガキンと剣と剣がぶつかり合う音がした後、気づくと青年騎士は天井を見上げていた。背中が打ち付けられたように痛みを訴えている。
視界の隅に周囲がわっとルカを囲んでいる様子が垣間見えた。痛みをこらえて体を起こすと、青年騎士は自分が鍛錬上の床の上で転がっていたことに気がついた。
「え? もしかしてオレ負けたの?」
剣を構えた後、ルカの可愛らしい姿がかき消えた。そこまでは覚えている。
ぼんやりとしたまま視線をずらすと、床の向こうに自分が手にしていたはずの模擬剣が、無造作に転がっているのが目に入った。
「貴様、騎士でもない少年に打ち負かされるなど、完全にたるみ切っているようだな」
背後から身も凍りそうな重低音の声がする。
地べたに座り込んだまま恐る恐る振り返ると、そこには憤怒の表情のキュプカー隊長が立っていた。
「今から貴様は特別メニューだ! まずは鍛錬場百周してこい!!」
「は、はひぃぃぃっ」
飛び上がるように立ち上がった青年騎士は、転びそうな勢いで鍛錬場の外周へと走っていった。
「あの方は大丈夫でしょうか? きっと子供のわたしに怪我をさせないよう気を使ってくださったのですね」
ルカが申し訳なさそうにその背中を目で追った。
「いや、坊主、お前の剣捌きは子供のものとは思えなかったぞ!」
「そうだとも! ぜひ騎士団に入団しないか!」
「あいつはお調子者だからな。きっと油断したんだ。まあ油断しなくても、坊主の方が腕は上そうだ!」
団員たちに囲まれて、ルカは戸惑いながらも照れたようにはにかんだ。
その愛らしい姿に眦を下げたほとんどの団員が、この際少年でも構わないなどという危ない境地に達していた。
「ルカ、君の剣の型は、もしかして剣豪バルベ殿のものか?」
キュプカーにそう尋ねられて、ルカは首肯した。
「はい、わたしの剣の師は確かにウッツ・バルベです」
ルカの言葉に周囲がまたどよめいた。ウッツ・バルベとは、騎士ならば必ず耳にする伝説の剣豪だ。彼にあこがれて騎士団の門をたたく者も少なくなかった。
平民から剣豪にのし上がったバルベは、特に同じ平民出の騎士たちにとってあこがれの人物である。継ぐ爵位がない貴族子息が騎士団に入団する事もあるが、才能や実力がある者なら平民にも騎士としての門戸は開かれていた。
「しかしなんでまた剣豪バルベがお貴族様の師匠なんかに……」
うっかりとそんな言葉を漏らした騎士の口を、周りの者が慌てて塞ぎにかかった。その言葉を気に掛けるでもなく、ルカは天使のような笑みをそのうっかり発言の騎士に向けた。
「ダーミッシュ領では、平民向けの職業学校に力を入れています。そのために語学や算術だけでなく、農業・調理・工業技術など様々な専門家を迎え入れているのです。その一環で自警団の訓練の師として、バルベ殿をお迎えした次第です。そのほかにも裁縫技術やメイド・従者としての技能を教えたりもしています。みなさんも騎士団を引退される際には、ぜひダーミッシュ伯爵家にご相談ください。福利厚生もしっかりとしていますので、再就職をご希望でしたら充実した第二の人生をお約束しますよ」
にっこりと笑ってみせるルカの顔は、もはや子供のものでも騎士のものでもなかった。領地経営に携わる未来の伯爵そのものだ。
ダーミッシュ領の領民の識字率は、他領のそれをはるかに超えている。子供の内から職業訓練を推進することによって、有職率もかなり高い。平民であっても王城勤務で要職につく者も多く、路頭に迷う領民はほとんどいなかった。
ちなみにこの職業訓練校は、リーゼロッテの発案から始まったのだが、本人は全くその事実を知らないでいる。
うまく軌道に乗るまで多大なコストと労力がかかったが、今ではダーミッシュ領を豊かにしているのはこの学校ができたからに他ならない。
「くははっ、ダーミッシュ伯は本当にいい跡継ぎをお持ちのようだ」
キュプカーが豪快に笑ったところで、人だかりの後ろから声がかけられた。
若い騎士は騎士団に入って一年ほどの小柄な青年だった。小柄と言ってもルカと比べると、大人と子供の対格差があるのは歴然としている。
入団して一年、そろそろだらけてくる頃合いで、しかもこの青年は普段から調子に乗りやすい性格だった。
(ふわっ、目の前で見るとめっちゃ可愛い! 睫毛ながっ! しかもなんかいい匂いがするっ!)
青年騎士は王城の廊下で、この少年の姉君である妖精のような令嬢を、一度だけ目撃したことがあった。その令嬢はフーゲンベルク副隊長の腕の中で、恥ずかしそうに頬を染めていた。遠目に見ただけだったが、それはそれは可愛らしい令嬢だった。
(似てない姉弟だけど、どちらにしても可愛いなぁ)
さすが姉弟だけはあると、鍛錬場でルカと向かい合った青年騎士は、気もそぞろに手合わせ開始前の礼をした。
「では、試合開始!」
先輩騎士の掛け声とともに、はっと我に返った青年騎士は、可愛い天使に怪我をさせないようにするにはどうすべきか躊躇しながら剣を構えた。
(あれ?)
ガキンと剣と剣がぶつかり合う音がした後、気づくと青年騎士は天井を見上げていた。背中が打ち付けられたように痛みを訴えている。
視界の隅に周囲がわっとルカを囲んでいる様子が垣間見えた。痛みをこらえて体を起こすと、青年騎士は自分が鍛錬上の床の上で転がっていたことに気がついた。
「え? もしかしてオレ負けたの?」
剣を構えた後、ルカの可愛らしい姿がかき消えた。そこまでは覚えている。
ぼんやりとしたまま視線をずらすと、床の向こうに自分が手にしていたはずの模擬剣が、無造作に転がっているのが目に入った。
「貴様、騎士でもない少年に打ち負かされるなど、完全にたるみ切っているようだな」
背後から身も凍りそうな重低音の声がする。
地べたに座り込んだまま恐る恐る振り返ると、そこには憤怒の表情のキュプカー隊長が立っていた。
「今から貴様は特別メニューだ! まずは鍛錬場百周してこい!!」
「は、はひぃぃぃっ」
飛び上がるように立ち上がった青年騎士は、転びそうな勢いで鍛錬場の外周へと走っていった。
「あの方は大丈夫でしょうか? きっと子供のわたしに怪我をさせないよう気を使ってくださったのですね」
ルカが申し訳なさそうにその背中を目で追った。
「いや、坊主、お前の剣捌きは子供のものとは思えなかったぞ!」
「そうだとも! ぜひ騎士団に入団しないか!」
「あいつはお調子者だからな。きっと油断したんだ。まあ油断しなくても、坊主の方が腕は上そうだ!」
団員たちに囲まれて、ルカは戸惑いながらも照れたようにはにかんだ。
その愛らしい姿に眦を下げたほとんどの団員が、この際少年でも構わないなどという危ない境地に達していた。
「ルカ、君の剣の型は、もしかして剣豪バルベ殿のものか?」
キュプカーにそう尋ねられて、ルカは首肯した。
「はい、わたしの剣の師は確かにウッツ・バルベです」
ルカの言葉に周囲がまたどよめいた。ウッツ・バルベとは、騎士ならば必ず耳にする伝説の剣豪だ。彼にあこがれて騎士団の門をたたく者も少なくなかった。
平民から剣豪にのし上がったバルベは、特に同じ平民出の騎士たちにとってあこがれの人物である。継ぐ爵位がない貴族子息が騎士団に入団する事もあるが、才能や実力がある者なら平民にも騎士としての門戸は開かれていた。
「しかしなんでまた剣豪バルベがお貴族様の師匠なんかに……」
うっかりとそんな言葉を漏らした騎士の口を、周りの者が慌てて塞ぎにかかった。その言葉を気に掛けるでもなく、ルカは天使のような笑みをそのうっかり発言の騎士に向けた。
「ダーミッシュ領では、平民向けの職業学校に力を入れています。そのために語学や算術だけでなく、農業・調理・工業技術など様々な専門家を迎え入れているのです。その一環で自警団の訓練の師として、バルベ殿をお迎えした次第です。そのほかにも裁縫技術やメイド・従者としての技能を教えたりもしています。みなさんも騎士団を引退される際には、ぜひダーミッシュ伯爵家にご相談ください。福利厚生もしっかりとしていますので、再就職をご希望でしたら充実した第二の人生をお約束しますよ」
にっこりと笑ってみせるルカの顔は、もはや子供のものでも騎士のものでもなかった。領地経営に携わる未来の伯爵そのものだ。
ダーミッシュ領の領民の識字率は、他領のそれをはるかに超えている。子供の内から職業訓練を推進することによって、有職率もかなり高い。平民であっても王城勤務で要職につく者も多く、路頭に迷う領民はほとんどいなかった。
ちなみにこの職業訓練校は、リーゼロッテの発案から始まったのだが、本人は全くその事実を知らないでいる。
うまく軌道に乗るまで多大なコストと労力がかかったが、今ではダーミッシュ領を豊かにしているのはこの学校ができたからに他ならない。
「くははっ、ダーミッシュ伯は本当にいい跡継ぎをお持ちのようだ」
キュプカーが豪快に笑ったところで、人だかりの後ろから声がかけられた。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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