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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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『聖女って言ったら、だいたいは叡智と力を授ける存在だけど……』
ジークハルトは目を細めながら楽しそうに続けた。
『リーゼロッテの聖女はやる気がないみたい』
「ええ? それは困りますわ」
『というより自覚がないのかな?』
「どどどうしたら自覚して頂けるのでしょう?」
リーゼロッテは焦りながら宙に浮くジークハルトを見上げた。
『お願いしてみたら?』
「そんなふわっとした感じでいいのでしょうか?」
とりあえずリーゼロッテは祈るように手を組んで、守護者である聖女にお願いしてみる。
(聖女様。聖女様がわたしの守護者なのはきっとあなたの運命です! ですので、しっかりきっぱり自覚をもって、全力でわたしを守ってください!)
『ははは、やっぱりおもしろいや』
そんな様子をジークハルトはおかしそうにずっと眺めていた。
「わたくしの力が安定しないのは、やはり聖女様の影響ですか?」
『そうだね。リーゼロッテと聖女の息が、まったくかみ合ってないからね』
「息、ですか?」
(阿吽の呼吸、みたいなものかしら?)
「そうおっしゃられましても……」
リーゼロッテはどんなにやってみても、自分の中に守護者の存在を感じることはできなかった。それこそ精神を集中してみたり、座禅みたいなこともしてみたのだが。
『すごく同調してる時もあるよ?』
「え? そうなのですか?」
リーゼロッテの緑の瞳がぱっと輝いた。
「どんなときに同調しているか、ハルト様はお分かりになりますか?」
それが分かれば、力の安定化を図れるかもしれない。リーゼロッテはそう考えると期待に満ちた視線を向けた。
『どんなときって、そうだなぁ……』
顎に手を当てて少し考え込んでから、ジークハルトはリーゼロッテに視線を戻した。
『こんなときかな?』
ジークハルトは、すいと手を伸ばすと、手首から下だけをジークヴァルトのそれに重ねた。ジークハルトとジークヴァルトが、手首から先だけ合体した、なかなかシュールな光景だ。
ジークハルトが満面の笑みを浮かべると、書き仕事を続けていたジークヴァルトの手から、ポロリとペンが滑り落ちる。
「おい」
ジークハルトはジークヴァルトとつながったままの両腕を持ち上げて、そのままリーゼロッテへと手を差し伸べた。ジークヴァルトは引っ張られるように否応なしに立ち上がらせられる。
「おい、いい加減に」
ジークヴァルトの口から抗議の声が上がるが、ジークハルトはかまわずその両手でリーゼロッテの頬を包みこんだ。仕上げにジークヴァルトの右手の親指をリーゼロッテの下唇に添えさせる。
そこまでするとジークハルトは、ジークヴァルトから分離してすぐさま離れていった。
両頬を大きな手で挟み込まれた状態で、リーゼロッテはしばしジークヴァルトと見つめ合っていた。
しばらくするとジークヴァルトは無表情のまま、リーゼロッテの唇に添えた親指をふにふにと動かし始めた。まるでその柔らかさを確かめるように。
「ヴぁ、ヴァルト様」
ぼんっと真っ赤になったリーゼロッテが、その指から逃れようと首を振る。両頬を固定したままの状態で、ジークヴァルトはその感触が気に入ったのか、無表情のままふにふに親指を動かし続けた。
(くちびるくちびる、いじらないで~!!!)
『ははは、同調してる同調してる』
ジークヴァルトが指を動かすたびに、机に上にあった書類やペンが飛び散った。テーブルや調度品がカタカタと震え、異形の者たちが大きくざわめきはじめる。
「あああ、ヴァルト様! 仕事サボって何やっちゃってるんですか!」
青ざめたマテアスが慌てて駆け寄ってきた。
「ああ! 修理したばかりの置き時計がっ」
マテアスの悲鳴に近い叫び声がこだまする。
リーゼロッテの唇を弄び続けるジークヴァルトに、それに呼応するように周りで騒ぎだす異形たち。がっちゃがっちゃとひっくり返る部屋の中、真っ赤になったリーゼロッテからまき散らされる浄化の光に、巻き込まれては消えていく異形の数々。
「あああ、渾身の執務室が……」
目の前の惨状にマテアスががくりと膝をついた。灰となったマテアスを、その後ろでエマニュエルがツンツンとつついている。
そんなカオスな様子をジークハルトは、それはそれは楽しそうに眺めやっていた。
自動書記で浮世絵美人が描かれた領地の書類は、後日そのまま王都に送られて、何事もなく王の執務室へと届けられた。
書類を捲ったディートリヒ王の手がほんの一瞬だけ止まり、その口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
「ラウエンシュタインの聖女か」
そう呟くと王の笑みが深まった。
滅多なことでは笑わない王の笑顔は、見た者を幸せにするという。そんな貴重な笑みを目にした者は、残念ながら、誰ひとりとしていなかった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ジークヴァルト様は王城へ騎士のお仕事に、わたしは公爵領でお留守番です! 公務がとりやめになった王子殿下の元に、いきなり王妃様が現れて!? なんだか悪だくみの予感です!
次回、第27話「夏の終わり」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
ジークハルトは目を細めながら楽しそうに続けた。
『リーゼロッテの聖女はやる気がないみたい』
「ええ? それは困りますわ」
『というより自覚がないのかな?』
「どどどうしたら自覚して頂けるのでしょう?」
リーゼロッテは焦りながら宙に浮くジークハルトを見上げた。
『お願いしてみたら?』
「そんなふわっとした感じでいいのでしょうか?」
とりあえずリーゼロッテは祈るように手を組んで、守護者である聖女にお願いしてみる。
(聖女様。聖女様がわたしの守護者なのはきっとあなたの運命です! ですので、しっかりきっぱり自覚をもって、全力でわたしを守ってください!)
『ははは、やっぱりおもしろいや』
そんな様子をジークハルトはおかしそうにずっと眺めていた。
「わたくしの力が安定しないのは、やはり聖女様の影響ですか?」
『そうだね。リーゼロッテと聖女の息が、まったくかみ合ってないからね』
「息、ですか?」
(阿吽の呼吸、みたいなものかしら?)
「そうおっしゃられましても……」
リーゼロッテはどんなにやってみても、自分の中に守護者の存在を感じることはできなかった。それこそ精神を集中してみたり、座禅みたいなこともしてみたのだが。
『すごく同調してる時もあるよ?』
「え? そうなのですか?」
リーゼロッテの緑の瞳がぱっと輝いた。
「どんなときに同調しているか、ハルト様はお分かりになりますか?」
それが分かれば、力の安定化を図れるかもしれない。リーゼロッテはそう考えると期待に満ちた視線を向けた。
『どんなときって、そうだなぁ……』
顎に手を当てて少し考え込んでから、ジークハルトはリーゼロッテに視線を戻した。
『こんなときかな?』
ジークハルトは、すいと手を伸ばすと、手首から下だけをジークヴァルトのそれに重ねた。ジークハルトとジークヴァルトが、手首から先だけ合体した、なかなかシュールな光景だ。
ジークハルトが満面の笑みを浮かべると、書き仕事を続けていたジークヴァルトの手から、ポロリとペンが滑り落ちる。
「おい」
ジークハルトはジークヴァルトとつながったままの両腕を持ち上げて、そのままリーゼロッテへと手を差し伸べた。ジークヴァルトは引っ張られるように否応なしに立ち上がらせられる。
「おい、いい加減に」
ジークヴァルトの口から抗議の声が上がるが、ジークハルトはかまわずその両手でリーゼロッテの頬を包みこんだ。仕上げにジークヴァルトの右手の親指をリーゼロッテの下唇に添えさせる。
そこまでするとジークハルトは、ジークヴァルトから分離してすぐさま離れていった。
両頬を大きな手で挟み込まれた状態で、リーゼロッテはしばしジークヴァルトと見つめ合っていた。
しばらくするとジークヴァルトは無表情のまま、リーゼロッテの唇に添えた親指をふにふにと動かし始めた。まるでその柔らかさを確かめるように。
「ヴぁ、ヴァルト様」
ぼんっと真っ赤になったリーゼロッテが、その指から逃れようと首を振る。両頬を固定したままの状態で、ジークヴァルトはその感触が気に入ったのか、無表情のままふにふに親指を動かし続けた。
(くちびるくちびる、いじらないで~!!!)
『ははは、同調してる同調してる』
ジークヴァルトが指を動かすたびに、机に上にあった書類やペンが飛び散った。テーブルや調度品がカタカタと震え、異形の者たちが大きくざわめきはじめる。
「あああ、ヴァルト様! 仕事サボって何やっちゃってるんですか!」
青ざめたマテアスが慌てて駆け寄ってきた。
「ああ! 修理したばかりの置き時計がっ」
マテアスの悲鳴に近い叫び声がこだまする。
リーゼロッテの唇を弄び続けるジークヴァルトに、それに呼応するように周りで騒ぎだす異形たち。がっちゃがっちゃとひっくり返る部屋の中、真っ赤になったリーゼロッテからまき散らされる浄化の光に、巻き込まれては消えていく異形の数々。
「あああ、渾身の執務室が……」
目の前の惨状にマテアスががくりと膝をついた。灰となったマテアスを、その後ろでエマニュエルがツンツンとつついている。
そんなカオスな様子をジークハルトは、それはそれは楽しそうに眺めやっていた。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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