153 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
3
しおりを挟む
「そこまでになさいませ、旦那様」
割って入るようにエマニュエルがリーゼロッテに手を伸ばした。驚いて見やると、いつの間にかエマニュエルとマテアスがこの場にやってきていた。
「何があったかは存じませんが、女性に対してそのように声を荒げるなど、紳士の行いではございませんわ」
かばうようにリーゼロッテを胸に抱き、エマニュエルは諫めるようにジークヴァルトに言い放った。
「ヴァルト様、一体何があったというのです? あなた様らしくもない」
呆れとも安堵ともとれるため息とともに、マテアスはジークヴァルトを見やった。
「ジークハルト様がわたくしのためにヴァルト様をこちらにお呼びになったのです。ですから全てわたくしが悪いのですわ」
半泣きになりながら、リーゼロッテはジークハルトの方へ視線を向けた。しかし、いつの間にやらその姿が消えている。さんざ引っかきまわしておいて、相も変わらずマイペースな守護者であった。
「そうだとしてもリーゼロッテ様に声を荒げるなど」
「いいえ、わたくしが悪いのですわ……お忙しいヴァルト様にご迷惑をおかけしてしまったのですから」
本質はそこではないのだろうと、エマニュエルもマテアスも思っていた。執務を放り出してリーゼロッテのへ会いに行くなど、ジークヴァルトにとってはご褒美以外の何物でもない。
「旦那様、申し訳ございません。わたしも迂闊でしたわ。旦那様の守護者とリーゼロッテ様をふたりきりになどすべきではありませんでした」
エマニュエルはリーゼロッテから離れて、ジークヴァルトに深々と頭を下げた。
「いや、いい。オレも言い過ぎた」
ふいと顔を逸らすと、ジークヴァルトは普段通り無表情になった。そのままリーゼロッテに視線を向ける。
「お願いとはなんだ?」
「え?」
突然の問いにリーゼロッテの頭はフリーズしたままだ。
「何かあったのだろう」
「え、あ、はい。あの、カークのことなのですが……」
一同が扉の方をみやる。開け放たれたままの入口で、カークが立ちふさがるように仁王立ちしている。扉は開いているのに、額を押し付けている仕様は変わらずだ。
「あのように立ちふさがっていて、部屋の出入りに少々支障が……」
「カークは護衛の意味がまるでわかっていないのですよ」
エマニュエルが引き継ぐように冷たく言った。エマニュエルは心からカークが邪魔のようだ。
「エマ様、申し訳ありません。わたくしがカークを連れてきてしまったせいで……」
「まあ、リーゼロッテ様のせいなどと。長年カークを放置してきた公爵家にこそ問題がございますわ」
エマニュエルの不敬な言いように、リーゼロッテは青ざめてジークヴァルトの顔を見あげた。しかしその顔は普段通りの静かな無表情だった。
おもむろにジークヴァルトは扉の前まで歩みを進めて、カークの前で立ち止まった。
「どけ。邪魔だ」
平坦な声に、カークは横跳びに瞬時に移動した。
「そっちではない。お前の定位置はここだ」
扉の蝶番のある側に移動したカークは、反対側の廊下の壁際を指定された。再び瞬時に移動する。額は相変わらず壁に押し付けられていた。
廊下に出たジークヴァルトは、カークの正面に立ち威圧するように目をすがめた。
「顔はこちらだ。廊下を向け」
くるりとカークは向き直る。自分より幾分背の低いジークヴァルトを前にして、カークはぴーんと背筋を伸ばした。
「一度しか言わない。いいか、よく聞け。お前の役目はこの部屋の護衛だ。まずひとつ。この部屋の前を通る者をすべて記憶しろ。不審な者がいたらオレに知らせること。念を飛ばせばそれでいい。次に、ダーミッシュ嬢が部屋から出た場合、その後を付いて行け。ただしその際、ダーミッシュ嬢に半径二メートルは近づくな。彼女が部屋に戻るまでの護衛がお前の任務だ。戻ったらまた部屋を護衛しろ。以上だ、わかったな?万が一守れなかったときは……」
ジークヴァルトの能面のような表情を前に、言われなくともといった体でカークはこくこくとしつこいくらいに頷いた。
その様子をぽかんと見ていたリーゼロッテは、はっと我に返ってジークヴァルトに歩み寄った。あんなに怒らせてしまったのに、自分の願いまで聞いてもらってしまった。しかもまだ謝罪のひとつもしていない。
「あの、ジークヴァルト様」
「また何かあったら遠慮なく言え」
ぽんとリーゼロッテの頭に手置くと、ジークヴァルトはいつものようにやさしくその髪を梳いた。
「ヴァルト様……」
結局、謝罪もお礼もできないまま、ジークヴァルトはマテアスを連れて仕事に戻ってしまった。カークは行儀よく扉の横で立っている。その背を見送りながら、リーゼロッテは小さくため息をついた。
「リーゼロッテ様。お部屋に戻りましょう」
エマニュエルに促されて、リーゼロッテはとぼとぼとした足取りなのに不思議と優雅に見える所作で、部屋の中に入っていった。
割って入るようにエマニュエルがリーゼロッテに手を伸ばした。驚いて見やると、いつの間にかエマニュエルとマテアスがこの場にやってきていた。
「何があったかは存じませんが、女性に対してそのように声を荒げるなど、紳士の行いではございませんわ」
かばうようにリーゼロッテを胸に抱き、エマニュエルは諫めるようにジークヴァルトに言い放った。
「ヴァルト様、一体何があったというのです? あなた様らしくもない」
呆れとも安堵ともとれるため息とともに、マテアスはジークヴァルトを見やった。
「ジークハルト様がわたくしのためにヴァルト様をこちらにお呼びになったのです。ですから全てわたくしが悪いのですわ」
半泣きになりながら、リーゼロッテはジークハルトの方へ視線を向けた。しかし、いつの間にやらその姿が消えている。さんざ引っかきまわしておいて、相も変わらずマイペースな守護者であった。
「そうだとしてもリーゼロッテ様に声を荒げるなど」
「いいえ、わたくしが悪いのですわ……お忙しいヴァルト様にご迷惑をおかけしてしまったのですから」
本質はそこではないのだろうと、エマニュエルもマテアスも思っていた。執務を放り出してリーゼロッテのへ会いに行くなど、ジークヴァルトにとってはご褒美以外の何物でもない。
「旦那様、申し訳ございません。わたしも迂闊でしたわ。旦那様の守護者とリーゼロッテ様をふたりきりになどすべきではありませんでした」
エマニュエルはリーゼロッテから離れて、ジークヴァルトに深々と頭を下げた。
「いや、いい。オレも言い過ぎた」
ふいと顔を逸らすと、ジークヴァルトは普段通り無表情になった。そのままリーゼロッテに視線を向ける。
「お願いとはなんだ?」
「え?」
突然の問いにリーゼロッテの頭はフリーズしたままだ。
「何かあったのだろう」
「え、あ、はい。あの、カークのことなのですが……」
一同が扉の方をみやる。開け放たれたままの入口で、カークが立ちふさがるように仁王立ちしている。扉は開いているのに、額を押し付けている仕様は変わらずだ。
「あのように立ちふさがっていて、部屋の出入りに少々支障が……」
「カークは護衛の意味がまるでわかっていないのですよ」
エマニュエルが引き継ぐように冷たく言った。エマニュエルは心からカークが邪魔のようだ。
「エマ様、申し訳ありません。わたくしがカークを連れてきてしまったせいで……」
「まあ、リーゼロッテ様のせいなどと。長年カークを放置してきた公爵家にこそ問題がございますわ」
エマニュエルの不敬な言いように、リーゼロッテは青ざめてジークヴァルトの顔を見あげた。しかしその顔は普段通りの静かな無表情だった。
おもむろにジークヴァルトは扉の前まで歩みを進めて、カークの前で立ち止まった。
「どけ。邪魔だ」
平坦な声に、カークは横跳びに瞬時に移動した。
「そっちではない。お前の定位置はここだ」
扉の蝶番のある側に移動したカークは、反対側の廊下の壁際を指定された。再び瞬時に移動する。額は相変わらず壁に押し付けられていた。
廊下に出たジークヴァルトは、カークの正面に立ち威圧するように目をすがめた。
「顔はこちらだ。廊下を向け」
くるりとカークは向き直る。自分より幾分背の低いジークヴァルトを前にして、カークはぴーんと背筋を伸ばした。
「一度しか言わない。いいか、よく聞け。お前の役目はこの部屋の護衛だ。まずひとつ。この部屋の前を通る者をすべて記憶しろ。不審な者がいたらオレに知らせること。念を飛ばせばそれでいい。次に、ダーミッシュ嬢が部屋から出た場合、その後を付いて行け。ただしその際、ダーミッシュ嬢に半径二メートルは近づくな。彼女が部屋に戻るまでの護衛がお前の任務だ。戻ったらまた部屋を護衛しろ。以上だ、わかったな?万が一守れなかったときは……」
ジークヴァルトの能面のような表情を前に、言われなくともといった体でカークはこくこくとしつこいくらいに頷いた。
その様子をぽかんと見ていたリーゼロッテは、はっと我に返ってジークヴァルトに歩み寄った。あんなに怒らせてしまったのに、自分の願いまで聞いてもらってしまった。しかもまだ謝罪のひとつもしていない。
「あの、ジークヴァルト様」
「また何かあったら遠慮なく言え」
ぽんとリーゼロッテの頭に手置くと、ジークヴァルトはいつものようにやさしくその髪を梳いた。
「ヴァルト様……」
結局、謝罪もお礼もできないまま、ジークヴァルトはマテアスを連れて仕事に戻ってしまった。カークは行儀よく扉の横で立っている。その背を見送りながら、リーゼロッテは小さくため息をついた。
「リーゼロッテ様。お部屋に戻りましょう」
エマニュエルに促されて、リーゼロッテはとぼとぼとした足取りなのに不思議と優雅に見える所作で、部屋の中に入っていった。
0
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる