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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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異形の者はフーゲンベルク家が後継を成すことを恐れている。ゆえに子供ができるような行為に及ぶと、それを邪魔しようと騒ぎ出すのだ。
当主がさかる度に異形がさせるものかと暴れ出す。フーゲンベルク家を継ぐ者たちは代々これを繰り返してきた。これを呪いと呼ばずして何と呼ぼう。
「案ずるな、息子よ。呪いと言ってもいちばんに被害を被るのは、フーゲンベルク家の財政管理を担う者だけだ」
「それってどう考えてもオレってことだよねぇ!?」
思わず従者の仮面が外れてしまう。
エッカルトはマテアスの父親だ。マテアスの家系・アーベントロート家は、代々フーゲンベルク公爵家に仕え、家令として従事してきた。マテアスもエッカルトの跡を継いで家令となるべく、幼少期からジークヴァルトに仕えてきたのだ。
「わたしもジークフリート様には泣かされたものだ」
エッカルトがしみじみと頷いた。
「何、家令となる者がみな通る道だ。アーベントロートの名に恥じぬ働きをするのだぞ、マテアス」
肩をぽんと叩かれて、マテアスは部屋の中に視線を巡らせた。
落ちて割れた額縁、砕けた花瓶、倒れたチェスト、割れたガラス、止まった背の高い置時計。目に入る物の修復・買い替えなどでかかる費用をざっと試算する。
その金額にまずおののく。そしてそれが計算できてしまう自分が恨めしい。
「やりますよ! やればいいんでしょう!」
マテアスは叫びながら、その天然パーマの髪をぐしゃぐしゃにかきむしった。
「当面の執務は、居間に仮の場所を作りますかな」
エッカルトは涼しい顔でジークヴァルトに向き直った。
「旦那様の自室という手もございますが」
試すような口調でエッカルトはジークヴァルトを見た。
ジークヴァルトは幼少期から、自分の部屋に力を注いできた。それこそ毎日のように注ぎ込まれた力は、今では異形の者に対して鉄壁の防御となっている。
これは常に異形に狙われているジークヴァルトの身を護る手立てであったが、将来的に別の大きな意味も持っていた。
要は、安心して眠るためというだけでなく、異形に邪魔されることなく気兼ねなく子作りに励めるように、ということだ。
子供の頃から言われるがままに自室に力を注いできたジークヴァルトだったが、これに意味があるのかとずっと疑問に思っていた。
異形の者に狙われ続けてきたジークヴァルトは力が磨かれ、眠っていても異形をよせつけないくらいの実力が、十歳の頃にはすでに備わっていたからだ。
部屋に力を注ぐ意味はもうないのではないかと、一度だけ父であるジークフリートに問うたことがあった。大人になればわかるとだけ言われて、そんなものかと今に至っていたのだが。
リーゼロッテに再会してからというものの、ジークヴァルトは自発的にせっせと部屋に力を注ぎこんでいた。そのことをエッカルトたちに、とてもとても生温かい目で見守られていることに、ジークヴァルトは気づいていない。
今現在、リーゼロッテの力の制御の訓練はジークヴァルトがいるときだけ行っている。多忙を極めるジークヴァルトはそのためだけの時間を捻出できずにいたので、必然的にそれはジークヴァルトの執務中に行っていた。
その執務をジークヴァルトの自室で行うとすると、その場でリーゼロッテとジークヴァルトがふたりきりになることもあるだろう。そして、ジークヴァルトの自室は、他の使用人たちの目が届かない場所に位置していた。
「そんなことしたら、異形の危険はなくても、リーゼロッテ様が超危険じゃないですか!」
主にジークヴァルトの手によって。
「ご自制できますかな?」
エッカルトはじっとジークヴァルトの顔を見つめた。
「いや、無理でしょう」
「まあ、無理でしょうな」
マテアスとエッカルトの言葉に、ジークヴァルトはすいと顔をそむけた。
「成人されたとは言え、リーゼロッテ様はまだ社交界デビューもされておりません。大事なお嬢様をお預かりしている立場としては、やはり執務は居間で行うのがよろしいでしょうな」
居間ならば他の使用人たちの目も行き届く。エッカルトの言葉に頷きながらもマテアスは、居間だろうとどこだろうと、ジークヴァルトとリーゼロッテを絶対にふたりきりにさせまいと心に誓っていた。
「リーゼロッテ様のご同意があるのでしたら、無下にお止めはしないのですが」
エッカルトは少し残念そうに言った。リーゼロッテの様子を見ていると、とてもそうとは思えない。
「そうなるためには、まずは旦那様がリーゼロッテ様に男性としてみていただかないといけませんな」
エッカルトの苦言に、ジークヴァルトは再びふいと目をそらした。朴念仁の主の恋は、その後もかなり長期にわたって使用人たちをやきもきさせ続けるのであった。
当主がさかる度に異形がさせるものかと暴れ出す。フーゲンベルク家を継ぐ者たちは代々これを繰り返してきた。これを呪いと呼ばずして何と呼ぼう。
「案ずるな、息子よ。呪いと言ってもいちばんに被害を被るのは、フーゲンベルク家の財政管理を担う者だけだ」
「それってどう考えてもオレってことだよねぇ!?」
思わず従者の仮面が外れてしまう。
エッカルトはマテアスの父親だ。マテアスの家系・アーベントロート家は、代々フーゲンベルク公爵家に仕え、家令として従事してきた。マテアスもエッカルトの跡を継いで家令となるべく、幼少期からジークヴァルトに仕えてきたのだ。
「わたしもジークフリート様には泣かされたものだ」
エッカルトがしみじみと頷いた。
「何、家令となる者がみな通る道だ。アーベントロートの名に恥じぬ働きをするのだぞ、マテアス」
肩をぽんと叩かれて、マテアスは部屋の中に視線を巡らせた。
落ちて割れた額縁、砕けた花瓶、倒れたチェスト、割れたガラス、止まった背の高い置時計。目に入る物の修復・買い替えなどでかかる費用をざっと試算する。
その金額にまずおののく。そしてそれが計算できてしまう自分が恨めしい。
「やりますよ! やればいいんでしょう!」
マテアスは叫びながら、その天然パーマの髪をぐしゃぐしゃにかきむしった。
「当面の執務は、居間に仮の場所を作りますかな」
エッカルトは涼しい顔でジークヴァルトに向き直った。
「旦那様の自室という手もございますが」
試すような口調でエッカルトはジークヴァルトを見た。
ジークヴァルトは幼少期から、自分の部屋に力を注いできた。それこそ毎日のように注ぎ込まれた力は、今では異形の者に対して鉄壁の防御となっている。
これは常に異形に狙われているジークヴァルトの身を護る手立てであったが、将来的に別の大きな意味も持っていた。
要は、安心して眠るためというだけでなく、異形に邪魔されることなく気兼ねなく子作りに励めるように、ということだ。
子供の頃から言われるがままに自室に力を注いできたジークヴァルトだったが、これに意味があるのかとずっと疑問に思っていた。
異形の者に狙われ続けてきたジークヴァルトは力が磨かれ、眠っていても異形をよせつけないくらいの実力が、十歳の頃にはすでに備わっていたからだ。
部屋に力を注ぐ意味はもうないのではないかと、一度だけ父であるジークフリートに問うたことがあった。大人になればわかるとだけ言われて、そんなものかと今に至っていたのだが。
リーゼロッテに再会してからというものの、ジークヴァルトは自発的にせっせと部屋に力を注ぎこんでいた。そのことをエッカルトたちに、とてもとても生温かい目で見守られていることに、ジークヴァルトは気づいていない。
今現在、リーゼロッテの力の制御の訓練はジークヴァルトがいるときだけ行っている。多忙を極めるジークヴァルトはそのためだけの時間を捻出できずにいたので、必然的にそれはジークヴァルトの執務中に行っていた。
その執務をジークヴァルトの自室で行うとすると、その場でリーゼロッテとジークヴァルトがふたりきりになることもあるだろう。そして、ジークヴァルトの自室は、他の使用人たちの目が届かない場所に位置していた。
「そんなことしたら、異形の危険はなくても、リーゼロッテ様が超危険じゃないですか!」
主にジークヴァルトの手によって。
「ご自制できますかな?」
エッカルトはじっとジークヴァルトの顔を見つめた。
「いや、無理でしょう」
「まあ、無理でしょうな」
マテアスとエッカルトの言葉に、ジークヴァルトはすいと顔をそむけた。
「成人されたとは言え、リーゼロッテ様はまだ社交界デビューもされておりません。大事なお嬢様をお預かりしている立場としては、やはり執務は居間で行うのがよろしいでしょうな」
居間ならば他の使用人たちの目も行き届く。エッカルトの言葉に頷きながらもマテアスは、居間だろうとどこだろうと、ジークヴァルトとリーゼロッテを絶対にふたりきりにさせまいと心に誓っていた。
「リーゼロッテ様のご同意があるのでしたら、無下にお止めはしないのですが」
エッカルトは少し残念そうに言った。リーゼロッテの様子を見ていると、とてもそうとは思えない。
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エッカルトの苦言に、ジークヴァルトは再びふいと目をそらした。朴念仁の主の恋は、その後もかなり長期にわたって使用人たちをやきもきさせ続けるのであった。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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