ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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「おやおやこれは」

 後ろから家令のエッカルトが入ってきた。
 一緒に部屋へ入ってきた恰幅かっぷくのいいメイド服の女性が、抱き締めあっているジークヴァルトとリーゼロッテの前まで戸惑うことなく歩を進めた。

「はいはい、そこまでになさってください」

 彼女はメイドたちを取りまとめる公爵家の侍女長で、エッカルトの妻のロミルダだ。
 ロミルダはジークヴァルトの腕をリーゼロッテの体から引き離すと、リーゼロッテを抱きしめやさしくその髪をなでた。

「大丈夫でございますよ、リーゼロッテ様」
「ロミルダ……」

 震える声でその名を呼ぶ。リーゼロッテは肉付きのいいロミルダの胸に顔をうずめて、すがるようにぎゅっと抱き着いた。

「おかわいそうに、こんなに震えて」
「これはわたくしのせいなの……?」

 恐る恐る振り返って部屋の惨状を見やる。部屋の中は先ほどの騒ぎが嘘だったかのように静まり返っていた。しかし、ぐちゃぐちゃになった室内がその事実を突きつけている。

「いいえ、リーゼロッテ様のせいではございませんよ」
「むしろ問題なのは旦那様の方ですな」

 ロミルダが安心させるようにやさしい口調で言ったあと、エッカルトが厳しい視線をジークヴァルトに向けた。

「いえ、ヴァルト様は何もされていませんわ。ですがわたくしは」

 ジークヴァルトは執務机で仕事をしていただけだ。リーゼロッテは異形の浄化に集中していたので、また自分が何かをやらかしたのではと戦々恐々となった。

「これは、フーゲンベルク家の呪いなのです」

 エッカルトの言葉にリーゼロッテの涙がぴたりと止まった。

「フーゲンベルク家の……呪い?」
「はい。ですからリーゼロッテ様のせいなどではございません。どうぞご安心ください」

 呪いだから安心しろと言われても、戸惑いしかおこらない。

「ロミルダはリーゼロッテ様をお部屋にお連れして。エラ様にもお戻りになっていただきましょう」

 エッカルトのその言葉に頷いて、ロミルダはリーゼロッテを連れて執務室を出ていこうとする。

「でも……」

 リーゼロッテが躊躇ちゅうちょしながら振り向くと、ロミルダがやさしく背中を押した。

「片付けもございますし、ここは危のうございます。何、エッカルトに任せておけば大丈夫でございますよ」

 ジークヴァルトの顔を伺うが相変わらずの無表情である。リーゼロッテは何が何やらわからぬまま、執務室を後にした。

 二人の背中を見送った後、エッカルトはジークヴァルトに向き直った。

「旦那様はこちらでわたしと少々お話を」

 口調は穏やかだったが、有無を言わせない笑みがその口元に乗せられていた。好々爺こうこうやぜんとしていても、やはり公爵家の家令は様々な修羅場しゅらばを経験しているのだろう。

「それにマテアス。その呆けた顔をどうにかしなさい」

 呆然自失の様子だったマテアスが、我に返ったようにエッカルトを見つめた。

「これがフーゲンベルクの呪い、ですか?」

 マテアスは似たような光景を、子供の頃に幾度も目にしていた。そう、あれはジークヴァルトが生まれる前のことだ。

 嵐が去った後のような荒れた部屋の中、頭を抱えながら修復の予算を計算する父。
 その先にいるのは前公爵、若かりし頃のジークフリートだ。そしてジークフリートの妻であるディートリンデが、いつも必ずその腕の中にいた。

「旦那様、分かっていてやられましたな?」
「奴らの線引きを確認したまでだ」
「なるほど。それで確認はできたわけですな」
「ああ」

 エッカルトの静かな問いに、ジークヴァルトは無表情で返した。

 フーゲンベルク家を継ぐ者は、代々龍の託宣を受けてきた。国をべる王家の血筋とは別に、フーゲンベルク家には龍により課せられた宿命があるのだ。

「マテアスも知っての通り、旦那様はフーゲンベルク家を継ぐ者として異形に狙われ続けてきた。そして、これから授かるであろう御子も同じ運命を課せられる。ゆえに、その御子の母君となるリーゼロッテ様も、御子がお生まれになるまで異形に狙われることとなる」

 マテアスは事の次第が分かってきたが、決して分かりたくない事実に目をそらそうとした。

「しかし、リーゼロッテ様は随分と異形に好かれているご様子です」
「リーゼロッテ様はラウエンシュタイン家の血筋の方だ。そうであっても不思議はない。しかし、旦那様がリーゼロッテ様にお近づきになりたいと願ったとき」

 エッカルトはゆっくりと部屋の中を見回した。

「異形の者たちは黙っていられないのだ」
「要するに、ヴァルト様がリーゼロッテ様によこしまな感情を抱くとこうなるってことですよねぇ!?」

 マテアスは部屋の惨状を指さしながら、半ばやけくそのように叫んだ。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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