ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
143 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

第25話 公爵家の呪い

しおりを挟む
 異変に気付いたのはいつの事だったろう。

 ジークヴァルトは応接用のソファに腰かけているリーゼロッテを、執務机の椅子からちらりと見やった。リーゼロッテは瞳を閉じて、テーブルの上の小さな異形に手をかざしている。

 少し離れた隣の机では、書類を広げ領地の仕事をしているマテアスがいた。手を止めるとマテアスが無言のプレッシャーを飛ばしてくるので、ジークヴァルトは仕事の手は緩めないままだった。

 リーゼロッテは相変わらずだ。溢れんばかりの力をその小さな身に纏い、そのくせ全くというほど力が扱えないでいる。

 漏れだしている力に惹かれて、異形の者が後から後から寄ってくるため目が離せない。リーゼロッテがひとりで廊下を歩こうものなら、気づけばぞろぞろと異形を引き連れている始末だ。

 もちろんリーゼロッテに異形を近づけさせなどしない。そのための守り石を、今まで通り肌身離さず持たせてあった。

 本当ならばそばでずっと見張っていたいくらいだ。しかし、王城での騎士業務と領地の仕事を両立する日々は、ことのほか慌ただしい。

 週のうち何日かは王城へ出仕しなけらばならない。それが煩わしく感じる今日この頃だが、ハインリヒの警護を放り出すわけにもいかないので、言っていても仕方がない。そうは思うが、やはり屋敷を離れるのは戸惑われてしまう。

 彼女はなぜこんなにも異形の者に好かれるのだろう?
 近づけまいとすればするほど、リーゼロッテの周りには異形が集まってくる。
 あれだけ注意を払っていたのに、カークやジョンをはじめ、リーゼロッテに懐いてしまった異形がわんさかいる。公爵領に来てから、まだ半月経つか経たないかくらいだというのにだ。

 リーゼロッテはフーゲンベルクを継ぐ者の託宣の相手として選ばれた。そのことだけで異形に狙われる理由には事足りる。
 だが彼女は狙われているというより明らかに異形たちに慕われていた。

 彼女は一体何者なのか。
――自分の心をこんなにもかき乱す……

「旦那様、お手が止まっておいでですよ」

 マテアスの冷ややかな声で我に返る。ジークヴァルトはいつの間にかその手を止めて、リーゼロッテを食いいるように見つめていた。
 眉間にしわを寄せてから、ジークヴァルトは手元の書類に目線を戻した。しかし、意識が集中できずに、視線が同じ文章を行ったり来たりを繰り返す。

「はぁ、仕方ありませんね。お疲れのご様子ですから休憩にいたしましょうか」

 マテアスがため息とともに立ち上がり、紅茶を淹れに執務室を後にした。最近のあるじの行動をかんがみて、部屋の扉は開けたままにする。
 ドアを全開にしたのは、行きかう使用人へのサービスだ。みな主人と未来の若奥様のいちゃつきぶりを出歯亀でばがめしたいのだ。

 それを見送ったジークヴァルトは書類をぽいと机に放りだして、リーゼロッテの座るソファへ移動した。

 リーゼロッテは余程意識を集中しているのか、ジークヴァルトが隣に腰かけたことにも気づかない。目の前の異形に手をかざしたまま、囁くように何事かをつぶやいている。
 こんなとき、彼女はいつも無防備だ。

 閉じた瞳。薔薇色に染まる頬。そこに影を落とす長い睫毛。うっすらと開いた小さな唇。艶やかな蜂蜜色の長い髪に、その隙間から覗く形のいい耳。ほっそりとした白い首に華奢な肩。折れそうなくらい細い腰。それなのにとても柔らかい体。

――触れたい。手に入れたい。この腕に閉じ込めたい。

 ざわつくような欲望にジークヴァルトの鼓動がどくりと鳴った。

 生まれながらに押し付けられた託宣に、反発を憶えながらも今日までやってきた。違えることが叶わない託宣だからこそ、その思いと裏腹に表面上は従ってきたのだ。

 それなのに、湧きおこるこの衝動は何なのか。最近ではリーゼロッテを前にすると抑えがきかないほどの激情が支配する。ジークヴァルトは動揺を隠せなかった。

 彼女は龍の決めた託宣の相手だ。いずれは自分のものになる。今、この手を伸ばしていけない理由があるというのか――
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...