125 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
4
しおりを挟む
◇
ルカとジークヴァルトはお互いに剣を持ち、広い馬車道の真ん中で対峙していた。その周りをみなが囲むように見守っている。
ふたりが手にしているのは模擬戦用に刃がつぶされたスモールソードだ。スモールソードは細身で軽く、力の弱い女性・子供に向いている剣で、剣術の稽古で愛用しているものをルカは今日も帯剣していた。
ジークヴァルトは、普段は重く幅の広い長剣を使っているが、今回は同じ摸擬剣を渡された。ルカがピクニックの合間に手合わせをしようと、領地の護衛に持たせていたものだった。
(なんでこんなことになっちゃったの……)
リーゼロッテはにらみ合うふたりを前に、祈るように胸の前で手を組んでハラハラしながらその様子を見守っていた。
ルカは昔からリーゼロッテの婚約者の存在に、かわいい焼きもちをやいていた。以前はちょっとすねた顔をする程度だったのだが、リーゼロッテが王城から帰ってきてからそれが顕著にひどくなった。
ずっと公爵に対して塩対応だったリーゼロッテが、急な王城滞在からようやく帰ってきたと思ったら、ジークヴァルトにすっかり懐柔されていた。ルカにしてみればそんなところなのかもしれない。
ルカは賢い子だ。
王城での滞在がリーゼロッテの病気の療養のためだったことをわかっているし、いずれ姉が公爵家へ嫁ぐこともきちんと納得しているはずだ。
伯爵家を継ぐ者として、ルカは小さいころから英才教育をうけてきた。公爵家を敵に回すような行いは避けるべきなのは、いかに九歳とはいえルカは重々承知しているだろう。
しかし、ルカは今、ジークヴァルトに対してむき出しの敵意を隠そうともしていなかった。隙なく剣を構え、まるで親の仇かのようにジークヴァルトと対峙している。
(あの可愛いルカがまるで鬼気迫るようだわ……)
ジークヴァルトの強さがどれくらいなのかリーゼロッテにはわからなかったが、王太子付きの騎士を務めているくらいだ。そこら辺の騎士よりは腕は立つのだろう。
刃のつぶされた模擬剣といっても、打ち所が悪いと打撲や骨折など怪我をすることもあり得るのだ。
(ヴァルト様、手加減してくれるわよね。どうかルカが怪我をしたりしませんように……)
そんな落ち着きない様子のリーゼロッテを見て、アデライーデは小声でやさしく話しかけた。
「心配そうね?」
「アデライーデお姉様……やはりふたりを止めた方が……」
「ふふ、姫の立場はつらいわね。男同士、譲れない戦いもあるのよ。今は黙って見守ってあげて」
不安そうなリーゼロッテをよそに、アデライーデは一貫して面白がっているようだ。
「ちなみにどちらを応援しているの?」
「それはもちろんルカですわ」
リーゼロッテは即答した。
「ルカが怪我をしたらどうしようと思うとただ心配で……」
「多少の怪我はご愛嬌よ。それにあの子もなかなか負けてないと思うわ」
リーゼロッテに笑顔を向けると、アデライーデは対峙する二人に視線を戻した。
アデライーデはルカの剣術の稽古を何度か目にしていた。
ルカの師匠はもう引退はしているが、平民出の実力でのし上がった騎士だった。そのため、ルカの学ぶ剣術は、貴族の坊ちゃんが教わるような形式美優先の型にはまったものではない。それは実戦で培った、紛れもない戦うための剣術だ。
ダーミッシュ伯爵がなぜこの百戦錬磨の老騎士をルカの師匠に選んだのか、アデライーデは不思議に思ったくらいだ。
「この手合わせ、おもしろくなるわよ」
アデライーデのその言葉に、リーゼロッテはますます不安そうな顔をした。
ルカとジークヴァルトはお互いに剣を持ち、広い馬車道の真ん中で対峙していた。その周りをみなが囲むように見守っている。
ふたりが手にしているのは模擬戦用に刃がつぶされたスモールソードだ。スモールソードは細身で軽く、力の弱い女性・子供に向いている剣で、剣術の稽古で愛用しているものをルカは今日も帯剣していた。
ジークヴァルトは、普段は重く幅の広い長剣を使っているが、今回は同じ摸擬剣を渡された。ルカがピクニックの合間に手合わせをしようと、領地の護衛に持たせていたものだった。
(なんでこんなことになっちゃったの……)
リーゼロッテはにらみ合うふたりを前に、祈るように胸の前で手を組んでハラハラしながらその様子を見守っていた。
ルカは昔からリーゼロッテの婚約者の存在に、かわいい焼きもちをやいていた。以前はちょっとすねた顔をする程度だったのだが、リーゼロッテが王城から帰ってきてからそれが顕著にひどくなった。
ずっと公爵に対して塩対応だったリーゼロッテが、急な王城滞在からようやく帰ってきたと思ったら、ジークヴァルトにすっかり懐柔されていた。ルカにしてみればそんなところなのかもしれない。
ルカは賢い子だ。
王城での滞在がリーゼロッテの病気の療養のためだったことをわかっているし、いずれ姉が公爵家へ嫁ぐこともきちんと納得しているはずだ。
伯爵家を継ぐ者として、ルカは小さいころから英才教育をうけてきた。公爵家を敵に回すような行いは避けるべきなのは、いかに九歳とはいえルカは重々承知しているだろう。
しかし、ルカは今、ジークヴァルトに対してむき出しの敵意を隠そうともしていなかった。隙なく剣を構え、まるで親の仇かのようにジークヴァルトと対峙している。
(あの可愛いルカがまるで鬼気迫るようだわ……)
ジークヴァルトの強さがどれくらいなのかリーゼロッテにはわからなかったが、王太子付きの騎士を務めているくらいだ。そこら辺の騎士よりは腕は立つのだろう。
刃のつぶされた模擬剣といっても、打ち所が悪いと打撲や骨折など怪我をすることもあり得るのだ。
(ヴァルト様、手加減してくれるわよね。どうかルカが怪我をしたりしませんように……)
そんな落ち着きない様子のリーゼロッテを見て、アデライーデは小声でやさしく話しかけた。
「心配そうね?」
「アデライーデお姉様……やはりふたりを止めた方が……」
「ふふ、姫の立場はつらいわね。男同士、譲れない戦いもあるのよ。今は黙って見守ってあげて」
不安そうなリーゼロッテをよそに、アデライーデは一貫して面白がっているようだ。
「ちなみにどちらを応援しているの?」
「それはもちろんルカですわ」
リーゼロッテは即答した。
「ルカが怪我をしたらどうしようと思うとただ心配で……」
「多少の怪我はご愛嬌よ。それにあの子もなかなか負けてないと思うわ」
リーゼロッテに笑顔を向けると、アデライーデは対峙する二人に視線を戻した。
アデライーデはルカの剣術の稽古を何度か目にしていた。
ルカの師匠はもう引退はしているが、平民出の実力でのし上がった騎士だった。そのため、ルカの学ぶ剣術は、貴族の坊ちゃんが教わるような形式美優先の型にはまったものではない。それは実戦で培った、紛れもない戦うための剣術だ。
ダーミッシュ伯爵がなぜこの百戦錬磨の老騎士をルカの師匠に選んだのか、アデライーデは不思議に思ったくらいだ。
「この手合わせ、おもしろくなるわよ」
アデライーデのその言葉に、リーゼロッテはますます不安そうな顔をした。
0
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる