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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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 その中でひとり、けわしい表情でジークヴァルトをにらむ人物がいた。
 義弟おとうとのルカである。

 そんな義弟の視線に気づいたリーゼロッテは、自然な動きでジークヴァルトの元を離れルカの近くに歩み寄った。

 ルカはリーゼロッテの婚約者が話題になると、いつもちょっぴり不機嫌な顔をする。そんな態度を取られると、姉としては思わず顔がにやけてしまうというものだ。
 いつもなら弟のかわいい嫉妬にリーゼロッテのブラコン魂がキュンキュン揺さぶられてしまうところだが、ジークヴァルト本人に不敬な態度をとるのはいただけない。そう思ったリーゼロッテは、努めて明るい声でルカに話しかけた。

「ねえ、ルカ。馬の背の上は思っていたより高くってわたくし少し怖かったわ。ひとりで馬に乗れるルカはすごいのね」
 リーゼロッテのその言葉に、ルカはまんざらでもないように頬をゆるめた。

「最近は父上と一緒に馬で領地の見回りに行っていますし、次期当主として乗馬はできて当然のことです」
 可愛らしい顔をキリッとさせてルカが言った。

「まあ、ルカは本当に頼もしいのね。手綱をにぎるルカは凛々りりしくて、わたくし馬車から思わず見惚れてしまっていたのよ。お義父様と一緒に馬を駆る姿はとても格好がよかったわ」
 にっこり微笑むと、ルカはその愛らしい顔を天使のようにほころばせた。

(はうっ、ルカ、マジ天使っ)
 リーゼロッテは思わずルカをむぎゅっと抱きしめ、その頬にちゅっとキスをした。

「あ、義姉あねうえ、子供扱いをするのはおやめください」

 困ったようにルカが言った。最近、ルカは昔のように甘えてくれない。姉としては寂しい限りである。

(男の子だから恥ずかしいのね)
 リーゼロッテは名残惜しいと思ったが、ルカをその腕から開放した。

 そんなふたりをジークヴァルトはあくまで無表情で見つめていた。しかし、リーゼロッテとルカのやりとりをほっこりと見守っていた使用人たちは、ジークヴァルトの様子に気づくとびくりと身を震わせた。
 本人的には普通にしているだけなのだが、周りの人間にはジークヴァルトがぎりぎりとふたりを睨みつけているように感じられた。

 公爵からにじみ出る威圧感は、どうにも理屈では言い表せない。生きていくために必要な本能が、今すぐ逃げろと訴えかけてくるのだ。

 その視線に気づいたルカは、臆することなくまっすぐにジークヴァルトを見上げた。

「公爵閣下」

 九歳とは思えない落ち着いた物腰で、ルカはジークヴァルトへ歩を進めた。

「ジークヴァルトでいい」
 ジークヴァルトのその言葉に、ルカは騎士の礼で返した。

「では、ジークヴァルト様。恐れながら、ひとつお願いしたいことがございます」

 ルカの慇懃無礼いんぎんぶれいともとれる様子に、「ルカ?」とリーゼロッテが口を挟もうとした。ジークヴァルトはやんわりとそれを制すると、ルカに続けるよう視線で促した。

「ジークヴァルト様は王太子殿下付きの護衛騎士様として名をはせていらっしゃいます。ぜひともわたしと剣の手合わせをしていただけないでしょうか?」

 その言葉に一同がざわりとなる。ルカの口調は師事しじを仰ぐようなものではなく、まるで決闘を申し込むようなものだった。

「ルカ、ジークヴァルト様のお手を煩わせるようなことを言うものではない」
 たしなめるように強い口調でフーゴが言った。

「あら、いいではないですか。一騎士としてこの申し出を受けるわよね、ジークヴァルト」
 アデライーデがニヤッといじわるく口角を上げる。完全に面白がっている口調だ。

「ああ、いいだろう」

 ジークヴァルトは表情を変えずに、ルカとの手合わせを二つ返事で了承した。
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