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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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◇
ぽくりぽくりと白馬が歩を進めていく。
再び馬に乗せられたリーゼロッテは、ジークヴァルトと共にみなのいる丘へ向かっていた。
馬の背に横向きに座らされ、背後に座るジークヴァルトの片腕は、リーゼロッテを抱きしめるように腰に伸びている。だいぶ馬上にも慣れてきたのでリーゼロッテの手は、ジークヴァルトの騎士服を軽くつかむ程度になっていた。
守り石のペンダントは外してポケットにしまった。また胸の間に押し込まれてはたまったものではない。
(それにしてもヴァルト様は今日、何しにこちらに来たのかしら? ピクニックに参加したかったとも思えないし……)
たまたま時間が空いたのだろうか? 気になるが、遠路はるばる来たジークヴァルトに、何しに来たのだとはさすがに聞きづらい。
(馬に乗せるためにわざわざ来てくれたとか? ……まさかね。さすがにそれはないない)
徹夜明けでそのためだけに来るなんてバカバカしいと、リーゼロッテは脳内で首を振った。いくらジークヴァルトでもそこまで世話好きではないだろう。
「あの、ヴァルト様?」
無言のまま手綱を操っていたジークヴァルトに、リーゼロッテは無意識に声をかけた。リーゼロッテを見下ろして、ジークヴァルトは「なんだ?」と無表情で返す。
声をかけたものの、その後何を言おうとしていたのか自分でもわからず、リーゼロッテは戸惑うようにジークヴァルトを見上げた。何か言わなくてはと思うとかえって言葉が出てこない。ジークヴァルトの騎士服をつかむ手に、ぎゅっと力が入った。
「怖いのか?」
そう言って、ジークヴァルトはゆっくり歩いていた馬を止めさせた。
「あ、いえ、そうではなくて……」
ゆっくり歩く馬の背の上はもう怖くはない。しばし視線をさ迷わせた後、リーゼロッテは再びジークヴァルトの顔を見上げた。
「ヴァルト様……また馬に乗せてくださいますか?」
その言葉にジークヴァルトはほんの少しだけ目を細めた。「ああ」とだけ言うと、再び馬を歩かせはじめる。
公爵領は馬の産地で有名だとアデライーデが言っていたので、自分ももっと馬に慣れ親しんだほうがいいだろうとリーゼロッテは思った。
「わたくし、いつか一人で乗馬がしてみたいですわ」
公爵領で練習をさせてもらえるだろうか?
(めざせ、暴れ〇坊将軍ね。砂浜で走れたら完璧だけど)
脳内で軽快なBGMが流れ出すが、ブラオエルシュタインは四方を山に囲まれている海のない国だ。砂浜を駆け抜けるのは無理そうだと、リーゼロッテはとても残念に思った。
「却下だ」
そんなリーゼロッテの思いを打ち砕くように、ジークヴァルトが即答する。
「まあ、なぜですの? わたくしもアデライーデ様のように颯爽と馬を走らせてみたいですわ」
「却下だ、馬にはオレが乗せてやる」
そう言うと、ジークヴァルトは少しだけ馬の速度を上げた。
リーゼロッテの頬が、重力に従ってジークヴァルトの胸に押し付けられる。リーゼロッテはそのままジークヴァルトに体を預けて、力を抜いた。
ジークヴァルトが自分を落とすことはないだろう。妙な安心感がそこにはあった。
「ヴァルト様は、本当に過保護ですわ」
仕方ないとばかりにリーゼロッテは、柔らかく淑女の笑みをその口元に浮かべた。
そうこうしているうちに、ふたりはみなの待つ丘へと戻ってきた。
エラの言うことを疑っていたわけではないが、思いのほか楽しそうにしている様子のリーゼロッテに、使用人たちは一同安堵した。
「おかえり、リーゼ。ジークヴァルト様と楽しい時間は過ごせたかい?」
ジークヴァルトに抱えられて馬から降ろされたリーゼロッテに、笑顔のフーゴが聞いた。
「ええ、お義父様。初めて馬に乗せていただいて、とても貴重な体験でしたわ」
そう言ったリーゼロッテは、不意にアデライーデと目があった。先にアデライーデに馬に乗せてもらう約束をしていたのに、なんだか申し訳ない気分だ。
もちろん自分のせいではないのだが、なんとなく気まずく感じていると、アデライーデは気にしなくていいといったふうに微笑みを返してきた。そのことにリーゼロッテは安堵した。
「わたくし、アデライーデ様のようにひとりで馬に乗れるようになりたいですわ」
ジークヴァルトが使用人に馬の手綱を預けている隙にリーゼロッテがそう言うと、「却下だ」と間髪入れずに声がした。
「駄目だと言ったはずだ。馬にはオレが乗せてやる」
リーゼロッテの背後から、大きな手が頭に乗せられる。振り返ってジークヴァルトを見上げながら、リーゼロッテは再び頬を膨らませた。
「もう。ジークヴァルト様は本当に過保護ですわ」
唇を尖らせたリーゼロッテの髪を、ジークヴァルトは優しい手つきで何度か梳いた。
(また子供扱いだわ)
家族や使用人の前で気恥ずかしい。しかし、リーゼロッテはあきらめの境地でなすがままに頭をなでられた。
そんな二人のやり取りを見ていた使用人たちは、みなで目くばせし合っていた。
「「「エラの言っていたことは本当だった!!!」」」
公爵様の表情と口調はそれはそれは恐ろしいものに感じたが、その魔王のような公爵の前でお嬢様は怯えることもなく、可愛らしくその頬を膨らませている。
背筋が凍るほどの鉄面皮で地獄の底から聞こえるような恐ろしい声音のジークヴァルト相手に、リーゼロッテは全くの平常運転だ。それどころか表情豊かでいつも以上に輝いて見える。
「「「お嬢様、マジ天使!!!」」」
暗黒の魔王の前で無邪気に微笑む妖精に、使用人たちは一同ふやけた顔になっていた。そんなふたりのやり取りを、ダーミッシュ夫妻もニコニコと見守っている。
ぽくりぽくりと白馬が歩を進めていく。
再び馬に乗せられたリーゼロッテは、ジークヴァルトと共にみなのいる丘へ向かっていた。
馬の背に横向きに座らされ、背後に座るジークヴァルトの片腕は、リーゼロッテを抱きしめるように腰に伸びている。だいぶ馬上にも慣れてきたのでリーゼロッテの手は、ジークヴァルトの騎士服を軽くつかむ程度になっていた。
守り石のペンダントは外してポケットにしまった。また胸の間に押し込まれてはたまったものではない。
(それにしてもヴァルト様は今日、何しにこちらに来たのかしら? ピクニックに参加したかったとも思えないし……)
たまたま時間が空いたのだろうか? 気になるが、遠路はるばる来たジークヴァルトに、何しに来たのだとはさすがに聞きづらい。
(馬に乗せるためにわざわざ来てくれたとか? ……まさかね。さすがにそれはないない)
徹夜明けでそのためだけに来るなんてバカバカしいと、リーゼロッテは脳内で首を振った。いくらジークヴァルトでもそこまで世話好きではないだろう。
「あの、ヴァルト様?」
無言のまま手綱を操っていたジークヴァルトに、リーゼロッテは無意識に声をかけた。リーゼロッテを見下ろして、ジークヴァルトは「なんだ?」と無表情で返す。
声をかけたものの、その後何を言おうとしていたのか自分でもわからず、リーゼロッテは戸惑うようにジークヴァルトを見上げた。何か言わなくてはと思うとかえって言葉が出てこない。ジークヴァルトの騎士服をつかむ手に、ぎゅっと力が入った。
「怖いのか?」
そう言って、ジークヴァルトはゆっくり歩いていた馬を止めさせた。
「あ、いえ、そうではなくて……」
ゆっくり歩く馬の背の上はもう怖くはない。しばし視線をさ迷わせた後、リーゼロッテは再びジークヴァルトの顔を見上げた。
「ヴァルト様……また馬に乗せてくださいますか?」
その言葉にジークヴァルトはほんの少しだけ目を細めた。「ああ」とだけ言うと、再び馬を歩かせはじめる。
公爵領は馬の産地で有名だとアデライーデが言っていたので、自分ももっと馬に慣れ親しんだほうがいいだろうとリーゼロッテは思った。
「わたくし、いつか一人で乗馬がしてみたいですわ」
公爵領で練習をさせてもらえるだろうか?
(めざせ、暴れ〇坊将軍ね。砂浜で走れたら完璧だけど)
脳内で軽快なBGMが流れ出すが、ブラオエルシュタインは四方を山に囲まれている海のない国だ。砂浜を駆け抜けるのは無理そうだと、リーゼロッテはとても残念に思った。
「却下だ」
そんなリーゼロッテの思いを打ち砕くように、ジークヴァルトが即答する。
「まあ、なぜですの? わたくしもアデライーデ様のように颯爽と馬を走らせてみたいですわ」
「却下だ、馬にはオレが乗せてやる」
そう言うと、ジークヴァルトは少しだけ馬の速度を上げた。
リーゼロッテの頬が、重力に従ってジークヴァルトの胸に押し付けられる。リーゼロッテはそのままジークヴァルトに体を預けて、力を抜いた。
ジークヴァルトが自分を落とすことはないだろう。妙な安心感がそこにはあった。
「ヴァルト様は、本当に過保護ですわ」
仕方ないとばかりにリーゼロッテは、柔らかく淑女の笑みをその口元に浮かべた。
そうこうしているうちに、ふたりはみなの待つ丘へと戻ってきた。
エラの言うことを疑っていたわけではないが、思いのほか楽しそうにしている様子のリーゼロッテに、使用人たちは一同安堵した。
「おかえり、リーゼ。ジークヴァルト様と楽しい時間は過ごせたかい?」
ジークヴァルトに抱えられて馬から降ろされたリーゼロッテに、笑顔のフーゴが聞いた。
「ええ、お義父様。初めて馬に乗せていただいて、とても貴重な体験でしたわ」
そう言ったリーゼロッテは、不意にアデライーデと目があった。先にアデライーデに馬に乗せてもらう約束をしていたのに、なんだか申し訳ない気分だ。
もちろん自分のせいではないのだが、なんとなく気まずく感じていると、アデライーデは気にしなくていいといったふうに微笑みを返してきた。そのことにリーゼロッテは安堵した。
「わたくし、アデライーデ様のようにひとりで馬に乗れるようになりたいですわ」
ジークヴァルトが使用人に馬の手綱を預けている隙にリーゼロッテがそう言うと、「却下だ」と間髪入れずに声がした。
「駄目だと言ったはずだ。馬にはオレが乗せてやる」
リーゼロッテの背後から、大きな手が頭に乗せられる。振り返ってジークヴァルトを見上げながら、リーゼロッテは再び頬を膨らませた。
「もう。ジークヴァルト様は本当に過保護ですわ」
唇を尖らせたリーゼロッテの髪を、ジークヴァルトは優しい手つきで何度か梳いた。
(また子供扱いだわ)
家族や使用人の前で気恥ずかしい。しかし、リーゼロッテはあきらめの境地でなすがままに頭をなでられた。
そんな二人のやり取りを見ていた使用人たちは、みなで目くばせし合っていた。
「「「エラの言っていたことは本当だった!!!」」」
公爵様の表情と口調はそれはそれは恐ろしいものに感じたが、その魔王のような公爵の前でお嬢様は怯えることもなく、可愛らしくその頬を膨らませている。
背筋が凍るほどの鉄面皮で地獄の底から聞こえるような恐ろしい声音のジークヴァルト相手に、リーゼロッテは全くの平常運転だ。それどころか表情豊かでいつも以上に輝いて見える。
「「「お嬢様、マジ天使!!!」」」
暗黒の魔王の前で無邪気に微笑む妖精に、使用人たちは一同ふやけた顔になっていた。そんなふたりのやり取りを、ダーミッシュ夫妻もニコニコと見守っている。
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