ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
122 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

第22話 譲れない思い

しおりを挟む
「リーゼはジークヴァルト様と、うんと仲良しさんになったみたいね」

 主役が連れ去られてしまったピクニックの席で、残された者のほとんどが唖然あぜんとした状態だったが、その雰囲気をまったく意に介した様子もなく、クリスタがのんびりした調子で言った。

「喜ばしいことだが、わたしとしては複雑な気分だよ」
 フーゴはがっくりとした様子でうなだれている。気分はもう花嫁の父である。

 リーゼロッテを連れ去った公爵の馬は、一行がいる丘の少し離れた花畑の方へ行ったようだ。ピクニックに同行した使用人たちは、みなそろって二人の動向を逐一ちくいち見守っている。
 肉眼でそこにいるな、程度の大きさだが、ふたりが馬を降りて仲睦まじそうに語らっている様子を目にすることができた。

「……ねえ、エラ。リーゼロッテお嬢様は大丈夫なのかしら?」
 クリスタ付きの年配の侍女が、エラにこそりと話しかける。そして、言いにくそうに言葉を続けた。

「公爵様はお若いのにとても威厳いげんがおありだし、お嬢様が怖がられたりしてないか、とても心配だわ。その、お噂で公爵様はとても恐ろしい方だとお聞きするし……」

 ダーミッシュ領にジークヴァルトが来ることは滅多にないため、使用人たちは公爵の人柄を噂話で聞きかじる程度だった。整った顔立ちから一部の女性陣には人気が高かったが、フーゲンベルク公爵にまつわる噂は黒かったり怖かったりするものが大半を占めている。

 使用人たちにも何かと気を配ってくれる公爵に、屋敷の使用人たちはおおむね好感を抱いていた。にもかかわらず、今日、実物の公爵を目の前にした者たちは緊張のあまりすくみあがり、護衛の騎士も含めて一様に恐怖心を植え付けられていた。

「それはオレも気になるな。護衛を任された身ではあるが、オレも公爵閣下を前にするとどうも気押されてしまって……。お嬢様は怯えてしまっていないだろうか」

 ジークヴァルトよりもずっと年上の護衛が、情けなさそうに眉を下げて言った。しかし、周囲の使用人たちは、同感であるとばかりにうんうんと頷いている。

「それはまったく心配ありませんよ。リーゼロッテお嬢様は公爵様のことを、とてもおやさしい方だとおっしゃっていますし、公爵様もお嬢様をそれはそれは大切にしてくださっていますから」

 エラはみなが危惧きぐするようなことは何もないと、周囲を安心させるように言った。

「それならいいのだけど……」
 そう言った年配侍女だったが、その表情はいまだ不安げだ。

 周りで会話を聞いていた使用人たちも、みな同様の顔つきをしている。なにしろ、あの公爵がやさしく微笑む姿など、誰一人として想像できなかったのだから。

 一同は困惑しながら、遠くの丘の向こうで見つめ合っている二人の姿を注視するほかなかった。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...