121 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
7
しおりを挟む
そんなふたりの間に、白馬の大きな顔が割り込んできた。ジークヴァルトの肩越しに、その首を下げてすり寄ってくる。
「まあ、退屈にさせてしまったかしら?」
リーゼロッテがそう言うと、白馬はリーゼロッテに顔を近づけ、その髪をひと房くわえて持ち上げた。
「食べるな」
ジークヴァルトが白馬から髪を奪い返すと、整えるようにリーゼロッテの髪を梳いた。
「この馬はジークヴァルト様の馬なのですか?」
リーゼロッテはハンカチに黒い馬の刺繍をしていることを思いだしてそう聞いてみる。ジークヴァルトが今いちばん可愛がっているのが白馬ならば、デザインを変えた方がいいかと思ったのだ。
「これは領地の馬だ。足が速いので連れてきた」
「まあ、そうなのですね」
リーゼロッテは馬の顔をなでながら、何の疑問も持たずにそう答えた。
『速い馬』というのなら、ジークヴァルトがいつも乗っている青毛の牡馬の方がよほど足が速かった。その馬に乗ってこなかったのは、気性が荒いその馬ではリーゼロッテが怖がるかもしれないと思ったからだ。
夜勤明けで早朝公爵領に戻ってきたジークヴァルトは、夕べのうちに届いていたリーゼロッテの手紙を読んで、慌てて先ぶれの手紙を書いた。それを先に伝令に届けさせ、自分は公爵領のやるべき最低限の仕事を済ませて、すぐさまダーミッシュ領まで馬を駆った。
無意識に選んだ馬は、比較的足が速く、誰にでも人懐っこく性格の穏やかなこの牝馬だった。夕べは一睡もしていないが、早駆けの馬で四時間はかかる道のりを、三時間足らずで移動した。
ジークヴァルトもなぜそんな突発的な行動に出たのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、リーゼロッテを馬に乗せるのが、自分以外の誰かであることが、なぜだか無性に許せなかったのだ。
その衝動にかられ、気がついたらさらうようにリーゼロッテを自分の馬の背に乗せていた。本来なら、今日ダーミッシュ領に来る予定などなかったはずなのに。
今日やるべき仕事のほとんどは、従者のマテアスに押し付けてきた。今頃は書類の山に埋もれてジークヴァルトに悪態をついているだろう。
ジークヴァルトは自分の腕の中にいるリーゼロッテをじっと見やった。
彼女はいつでもあたたかく柔らかくて、ほのかにいい匂いがする。思わず手を伸ばしてしまう蜂蜜色の髪は、指どおりがよくいつまでも触っていられる。時折じっと見つめてくる大きな瞳は、いつ見てもエメラルドのように輝いていた。
(オレは一体何をやっているのだ……?)
麗らかな風が吹く花畑の真ん中でリーゼロッテの髪を梳きながら、ジークヴァルトはそんなことを思っていた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ジークヴァルト様にみなが恐れをなす中、剣の手合わせを申し込んだのは義弟のルカで!? 男同士の熱き戦いの行方はいかに? 俄然ルカを応援します!!
次回第22話「譲れない思い」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
「まあ、退屈にさせてしまったかしら?」
リーゼロッテがそう言うと、白馬はリーゼロッテに顔を近づけ、その髪をひと房くわえて持ち上げた。
「食べるな」
ジークヴァルトが白馬から髪を奪い返すと、整えるようにリーゼロッテの髪を梳いた。
「この馬はジークヴァルト様の馬なのですか?」
リーゼロッテはハンカチに黒い馬の刺繍をしていることを思いだしてそう聞いてみる。ジークヴァルトが今いちばん可愛がっているのが白馬ならば、デザインを変えた方がいいかと思ったのだ。
「これは領地の馬だ。足が速いので連れてきた」
「まあ、そうなのですね」
リーゼロッテは馬の顔をなでながら、何の疑問も持たずにそう答えた。
『速い馬』というのなら、ジークヴァルトがいつも乗っている青毛の牡馬の方がよほど足が速かった。その馬に乗ってこなかったのは、気性が荒いその馬ではリーゼロッテが怖がるかもしれないと思ったからだ。
夜勤明けで早朝公爵領に戻ってきたジークヴァルトは、夕べのうちに届いていたリーゼロッテの手紙を読んで、慌てて先ぶれの手紙を書いた。それを先に伝令に届けさせ、自分は公爵領のやるべき最低限の仕事を済ませて、すぐさまダーミッシュ領まで馬を駆った。
無意識に選んだ馬は、比較的足が速く、誰にでも人懐っこく性格の穏やかなこの牝馬だった。夕べは一睡もしていないが、早駆けの馬で四時間はかかる道のりを、三時間足らずで移動した。
ジークヴァルトもなぜそんな突発的な行動に出たのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、リーゼロッテを馬に乗せるのが、自分以外の誰かであることが、なぜだか無性に許せなかったのだ。
その衝動にかられ、気がついたらさらうようにリーゼロッテを自分の馬の背に乗せていた。本来なら、今日ダーミッシュ領に来る予定などなかったはずなのに。
今日やるべき仕事のほとんどは、従者のマテアスに押し付けてきた。今頃は書類の山に埋もれてジークヴァルトに悪態をついているだろう。
ジークヴァルトは自分の腕の中にいるリーゼロッテをじっと見やった。
彼女はいつでもあたたかく柔らかくて、ほのかにいい匂いがする。思わず手を伸ばしてしまう蜂蜜色の髪は、指どおりがよくいつまでも触っていられる。時折じっと見つめてくる大きな瞳は、いつ見てもエメラルドのように輝いていた。
(オレは一体何をやっているのだ……?)
麗らかな風が吹く花畑の真ん中でリーゼロッテの髪を梳きながら、ジークヴァルトはそんなことを思っていた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ジークヴァルト様にみなが恐れをなす中、剣の手合わせを申し込んだのは義弟のルカで!? 男同士の熱き戦いの行方はいかに? 俄然ルカを応援します!!
次回第22話「譲れない思い」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
0
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる