120 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
6
しおりを挟む
「あの、ジークヴァルト様」
見上げながら言うと、ジークヴァルトが青い瞳で見下ろしてきた。
「なんだ?」
「ジークヴァルト様は過保護すぎですわ」
よく見ると目の下にクマがあるようにも見える。夜勤明けと言っていたからもしかしたら寝ていないのかもしれない。
「夕べはお眠りになっていないのではないですか?」
リーゼロッテがそう言うと、「問題ない」と言ってジークヴァルトはすいと視線を逸らした。
ジークヴァルトは言いたくないことや都合が悪いことがあると、いつもこうやって顔を逸らす。王城で毎日顔を合わせているうちに、ジークヴァルトは一見鉄面皮に見えて意外とわかりやすいと、リーゼロッテは思うようになっていた。
リーゼロッテは両腕を伸ばしてジークヴァルトに頬を挟み込むように手を添えて、そのままその顔を自分の方に向けさせた。
「ヴァルト様は嘘つきでいらっしゃいますわ」
「オレは嘘は言わん」
「ですが、本当のこともおっしゃいませんでしょう?」
ぷくと頬を膨らませて、リーゼロッテはそっとジークヴァルトの目の下のクマをなぞった。
「あまりご無理をなさらないでくださいませ。いくら王命でも、ジークヴァルト様は職務に律義すぎますわ」
その言葉を聞いて眉間にしわを寄せたジークヴァルトは、リーゼロッテの膨らんだ頬を片手で乱暴にはさみこんだ。リーゼロッテの唇からぷすっと空気がもれる。
「お前が心配することではない」
「ジークヴァルト様は紳士たるものどうあるべきか、もう少しお考えになった方がよろしいですわ」
むにと不細工顔で上向かされ、リーゼロッテはあきれたように言った。
冷静に考えてみれば、ジークヴァルトにしてみたらリーゼロッテは年下の女の子だ。日本で言えば、高校生が中学生を相手にしているようなお年頃である。リーゼロッテの幼児体型をみれば、小学生と言っても通るかもしれない。
そんな相手をジークヴァルトが子供扱いしても、まあ当然と言えば当然だろう。
(わたしは日本での知識もあるし、見た目は子供でも頭脳は大人なのよ)
ここは自分が大人になろう。そう思ったリーゼロッテは、その口元に淑女の笑みをのせた。
「あの、ジークヴァルト様……贈り物もお手紙も、本当にうれしく思っておりますわ。ですが、ヴァルト様がお忙しいのはよくわかっております。ですので、これ以上ご無理をする必要など、どこにもありませんのよ?」
そう言うと、ジークヴァルトはさらに深く眉間にしわを寄せ、ふいとリーゼロッテから視線を逸らした。
「拗ねないでくださいませ」
「拗ねてなどいない」
即答するジークヴァルトがなんだかかわいく思えて、リーゼロッテが口元をほころばせた。それを横目で見たジークヴァルトは、一瞬で無表情に戻ってしまった。
「力は使っていないな?」
ふいにそう言われて、リーゼロッテは「はい、使っておりません」と真顔に戻って言葉を返した。
領地に帰ってきてからは、一度も異形の浄化は行っていない。ジークヴァルトに十五歳になるまでは、力は不用意に使わないよう言われていた。
ジークヴァルトは、自分の目の届かないことろでリーゼロッテが力を使うことが心配なようだ。
(本当に心配性よね。アデライーデ様だっていらっしゃるのに)
リーゼロッテが力を解放しているのは、守り石をつけずに眠る夜だけだった。夢は相変わらずみるのだが、それは夢なのだと今では割り切って気にしないことにした。
すべては十五の誕生日を迎えてからだ。
十五歳になったらリーゼロッテは、ジークヴァルトの公爵家へ赴く手はずになっている。表向きは病気の治療の継続と花嫁修業だったが、リーゼロッテの中では武者修行の旅と位置付けられた。
(カイ様に笑われっぱなしなのも悔しいし)
リーゼロッテは、小鬼くらいはひとりで浄化できるようになりたかったのである。
「誕生日を迎えてもすぐに力は使うな」
守護者であるジークハルトが、リーゼロッテが十五になれば大概の事は解決すると言っていたが、実際はどうなるかわからない。
ジークヴァルトはリーゼロッテの誕生日に領地には来られないと言っていたので、やはり目が届かない時に力を使われるのが嫌なのだろう。
「承知しております。わたくし、公爵家にお伺いするまでは、ひとりで力を使ったりはいたしませんわ」
心配性の保護者を安心させるように、リーゼロッテは淑女の笑みを浮かべて答えた。「ああ」と言うと、ジークヴァルトはその手をリーゼロッテの頭にポンと乗せた。
見上げながら言うと、ジークヴァルトが青い瞳で見下ろしてきた。
「なんだ?」
「ジークヴァルト様は過保護すぎですわ」
よく見ると目の下にクマがあるようにも見える。夜勤明けと言っていたからもしかしたら寝ていないのかもしれない。
「夕べはお眠りになっていないのではないですか?」
リーゼロッテがそう言うと、「問題ない」と言ってジークヴァルトはすいと視線を逸らした。
ジークヴァルトは言いたくないことや都合が悪いことがあると、いつもこうやって顔を逸らす。王城で毎日顔を合わせているうちに、ジークヴァルトは一見鉄面皮に見えて意外とわかりやすいと、リーゼロッテは思うようになっていた。
リーゼロッテは両腕を伸ばしてジークヴァルトに頬を挟み込むように手を添えて、そのままその顔を自分の方に向けさせた。
「ヴァルト様は嘘つきでいらっしゃいますわ」
「オレは嘘は言わん」
「ですが、本当のこともおっしゃいませんでしょう?」
ぷくと頬を膨らませて、リーゼロッテはそっとジークヴァルトの目の下のクマをなぞった。
「あまりご無理をなさらないでくださいませ。いくら王命でも、ジークヴァルト様は職務に律義すぎますわ」
その言葉を聞いて眉間にしわを寄せたジークヴァルトは、リーゼロッテの膨らんだ頬を片手で乱暴にはさみこんだ。リーゼロッテの唇からぷすっと空気がもれる。
「お前が心配することではない」
「ジークヴァルト様は紳士たるものどうあるべきか、もう少しお考えになった方がよろしいですわ」
むにと不細工顔で上向かされ、リーゼロッテはあきれたように言った。
冷静に考えてみれば、ジークヴァルトにしてみたらリーゼロッテは年下の女の子だ。日本で言えば、高校生が中学生を相手にしているようなお年頃である。リーゼロッテの幼児体型をみれば、小学生と言っても通るかもしれない。
そんな相手をジークヴァルトが子供扱いしても、まあ当然と言えば当然だろう。
(わたしは日本での知識もあるし、見た目は子供でも頭脳は大人なのよ)
ここは自分が大人になろう。そう思ったリーゼロッテは、その口元に淑女の笑みをのせた。
「あの、ジークヴァルト様……贈り物もお手紙も、本当にうれしく思っておりますわ。ですが、ヴァルト様がお忙しいのはよくわかっております。ですので、これ以上ご無理をする必要など、どこにもありませんのよ?」
そう言うと、ジークヴァルトはさらに深く眉間にしわを寄せ、ふいとリーゼロッテから視線を逸らした。
「拗ねないでくださいませ」
「拗ねてなどいない」
即答するジークヴァルトがなんだかかわいく思えて、リーゼロッテが口元をほころばせた。それを横目で見たジークヴァルトは、一瞬で無表情に戻ってしまった。
「力は使っていないな?」
ふいにそう言われて、リーゼロッテは「はい、使っておりません」と真顔に戻って言葉を返した。
領地に帰ってきてからは、一度も異形の浄化は行っていない。ジークヴァルトに十五歳になるまでは、力は不用意に使わないよう言われていた。
ジークヴァルトは、自分の目の届かないことろでリーゼロッテが力を使うことが心配なようだ。
(本当に心配性よね。アデライーデ様だっていらっしゃるのに)
リーゼロッテが力を解放しているのは、守り石をつけずに眠る夜だけだった。夢は相変わらずみるのだが、それは夢なのだと今では割り切って気にしないことにした。
すべては十五の誕生日を迎えてからだ。
十五歳になったらリーゼロッテは、ジークヴァルトの公爵家へ赴く手はずになっている。表向きは病気の治療の継続と花嫁修業だったが、リーゼロッテの中では武者修行の旅と位置付けられた。
(カイ様に笑われっぱなしなのも悔しいし)
リーゼロッテは、小鬼くらいはひとりで浄化できるようになりたかったのである。
「誕生日を迎えてもすぐに力は使うな」
守護者であるジークハルトが、リーゼロッテが十五になれば大概の事は解決すると言っていたが、実際はどうなるかわからない。
ジークヴァルトはリーゼロッテの誕生日に領地には来られないと言っていたので、やはり目が届かない時に力を使われるのが嫌なのだろう。
「承知しております。わたくし、公爵家にお伺いするまでは、ひとりで力を使ったりはいたしませんわ」
心配性の保護者を安心させるように、リーゼロッテは淑女の笑みを浮かべて答えた。「ああ」と言うと、ジークヴァルトはその手をリーゼロッテの頭にポンと乗せた。
0
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる