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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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「あの、ジークヴァルト様」

 見上げながら言うと、ジークヴァルトが青い瞳で見下ろしてきた。

「なんだ?」
「ジークヴァルト様は過保護すぎですわ」

 よく見ると目の下にクマがあるようにも見える。夜勤明けと言っていたからもしかしたら寝ていないのかもしれない。

「夕べはお眠りになっていないのではないですか?」

 リーゼロッテがそう言うと、「問題ない」と言ってジークヴァルトはすいと視線を逸らした。
 ジークヴァルトは言いたくないことや都合が悪いことがあると、いつもこうやって顔を逸らす。王城で毎日顔を合わせているうちに、ジークヴァルトは一見鉄面皮に見えて意外とわかりやすいと、リーゼロッテは思うようになっていた。

 リーゼロッテは両腕を伸ばしてジークヴァルトに頬を挟み込むように手を添えて、そのままその顔を自分の方に向けさせた。

「ヴァルト様は嘘つきでいらっしゃいますわ」
「オレは嘘は言わん」
「ですが、本当のこともおっしゃいませんでしょう?」

 ぷくと頬を膨らませて、リーゼロッテはそっとジークヴァルトの目の下のクマをなぞった。

「あまりご無理をなさらないでくださいませ。いくら王命でも、ジークヴァルト様は職務に律義すぎますわ」

 その言葉を聞いて眉間にしわを寄せたジークヴァルトは、リーゼロッテの膨らんだ頬を片手で乱暴にはさみこんだ。リーゼロッテの唇からぷすっと空気がもれる。

「お前が心配することではない」
「ジークヴァルト様は紳士たるものどうあるべきか、もう少しお考えになった方がよろしいですわ」

 むにと不細工顔で上向かされ、リーゼロッテはあきれたように言った。

 冷静に考えてみれば、ジークヴァルトにしてみたらリーゼロッテは年下の女の子だ。日本で言えば、高校生が中学生を相手にしているようなお年頃である。リーゼロッテの幼児体型をみれば、小学生と言っても通るかもしれない。
 そんな相手をジークヴァルトが子供扱いしても、まあ当然と言えば当然だろう。

(わたしは日本での知識もあるし、見た目は子供でも頭脳は大人なのよ)

 ここは自分が大人になろう。そう思ったリーゼロッテは、その口元に淑女の笑みをのせた。

「あの、ジークヴァルト様……贈り物もお手紙も、本当にうれしく思っておりますわ。ですが、ヴァルト様がお忙しいのはよくわかっております。ですので、これ以上ご無理をする必要など、どこにもありませんのよ?」

 そう言うと、ジークヴァルトはさらに深く眉間にしわを寄せ、ふいとリーゼロッテから視線を逸らした。

「拗ねないでくださいませ」
「拗ねてなどいない」

 即答するジークヴァルトがなんだかかわいく思えて、リーゼロッテが口元をほころばせた。それを横目で見たジークヴァルトは、一瞬で無表情に戻ってしまった。

「力は使っていないな?」

 ふいにそう言われて、リーゼロッテは「はい、使っておりません」と真顔に戻って言葉を返した。
 領地に帰ってきてからは、一度も異形の浄化は行っていない。ジークヴァルトに十五歳になるまでは、力は不用意に使わないよう言われていた。

 ジークヴァルトは、自分の目の届かないことろでリーゼロッテが力を使うことが心配なようだ。

(本当に心配性よね。アデライーデ様だっていらっしゃるのに)

 リーゼロッテが力を解放しているのは、守り石をつけずに眠る夜だけだった。夢は相変わらずみるのだが、それは夢なのだと今では割り切って気にしないことにした。

 すべては十五の誕生日を迎えてからだ。

 十五歳になったらリーゼロッテは、ジークヴァルトの公爵家へ赴く手はずになっている。表向きは病気の治療の継続と花嫁修業だったが、リーゼロッテの中では武者修行の旅と位置付けられた。

(カイ様に笑われっぱなしなのも悔しいし)

 リーゼロッテは、小鬼くらいはひとりで浄化できるようになりたかったのである。

「誕生日を迎えてもすぐに力は使うな」

 守護者であるジークハルトが、リーゼロッテが十五になれば大概の事は解決すると言っていたが、実際はどうなるかわからない。

 ジークヴァルトはリーゼロッテの誕生日に領地には来られないと言っていたので、やはり目が届かない時に力を使われるのが嫌なのだろう。

「承知しております。わたくし、公爵家にお伺いするまでは、ひとりで力を使ったりはいたしませんわ」

 心配性の保護者を安心させるように、リーゼロッテは淑女の笑みを浮かべて答えた。「ああ」と言うと、ジークヴァルトはその手をリーゼロッテの頭にポンと乗せた。
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