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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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 強めに吹いた風がリーゼロッテの髪をさらっていく。蜂蜜色の髪がふわりと巻き上がり、陽の光にキラキラと反射した。舞い上がる髪を片手で抑えながら、リーゼロッテは困惑していた。

 広い花畑の真ん中で、ジークヴァルトの膝の上にのせられて抱きしめられている。これではまるで、久しぶりの逢瀬を楽しむ恋人同士のようではないか。

(違うわ。わたしが具合悪そうにしていたから降ろしただけよ)

 ちらりとジークヴァルトを見上げると、ジークヴァルトは丘の向こう、みなのいる方向をじっと見やっていた。リーゼロッテもつられてそちらの方に目を向けた。

 丘の向こうの面々は、みなこちらの方を向いているように見える。少し遠いので、ふたりが何をしているかまではわからない距離に思えたが、今の状態を家族に見られるのは少し恥ずかしかった。

(そろそろ膝から降りてもいいかしら……?)

 そんなことを思って遠くを見ていると、不意にリーゼロッテの口の中に甘い味が広がった。

 驚いて視線を戻すと、リーゼロッテの口に何かを押し込んだジークヴァルトの指が、ゆっくりと離れていくのが目に入った。

(この前もらったショコラのお菓子だわ!)

 お礼の手紙に、その菓子が一番好きだと書いた気がする。
 口どけのいいチョコレートが、口内に広がって甘くゆっくりと溶けていく。甘酸っぱい果実のソースがとろりと出てきて、程よい酸味がその甘さにアクセントを与えている。

 リーゼロッテは思わず目を閉じてその味を堪能してしまった。あまりの美味しさに、ほう、とため息をつく。

(って、そうじゃなくて)

 はっと我に返り、早く膝から降りなくてはと思った瞬間、ジークヴァルトが再び菓子を差し入れてきた。丸くて小さなショコラを押し込むとき、ジークヴァルトの親指がリーゼロッテの唇にふにと触れた。

(ヴァルト様の指が……)

 唇に残る甘くしびれるような感触に驚いて、ふたつ目のチョコは味がわからないまま、口の中であっという間に溶けてなくなった。

 そんなリーゼロッテを気にする様子もなく、ジークヴァルトは自分の親指についた溶けたチョコをじっと見つめている。しばらく考え込んだ様子だったジークヴァルトが、その指先のチョコをぺろりと舐めとった。

「甘いな」

 眉間にしわを寄せてそう言うと、「菓子はもう終わりだ」とリーゼロッテに向かって言った。

(舐めた! 舐めたよこの人!)

 二の句を告げられずにリーゼロッテが口をぱくぱくしていると、「残りは屋敷に届けてある」とつけ加えて、ジークヴァルトはリーゼロッテの頭をポンポンとあやすようにたたいた。

 まるでお菓子がなくなって拗ねている子供のように扱われて、リーゼロッテはどこをどう突っ込めばいいのかわからなくなった。お礼を言う場面なのかもよくわからなかったが、リーゼロッテは「ありがとうございます」とだけ小さな声で返した。

(この世界に間接キスの概念なんてないのよ)

 動揺を抑えつつ、ジークヴァルトの行動はただの餌づけであると結論づけた。子供の扱いに困っているから、この男はいつもおかしな行動をとるのだ。
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