ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
118 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
 強めに吹いた風がリーゼロッテの髪をさらっていく。蜂蜜色の髪がふわりと巻き上がり、陽の光にキラキラと反射した。舞い上がる髪を片手で抑えながら、リーゼロッテは困惑していた。

 広い花畑の真ん中で、ジークヴァルトの膝の上にのせられて抱きしめられている。これではまるで、久しぶりの逢瀬を楽しむ恋人同士のようではないか。

(違うわ。わたしが具合悪そうにしていたから降ろしただけよ)

 ちらりとジークヴァルトを見上げると、ジークヴァルトは丘の向こう、みなのいる方向をじっと見やっていた。リーゼロッテもつられてそちらの方に目を向けた。

 丘の向こうの面々は、みなこちらの方を向いているように見える。少し遠いので、ふたりが何をしているかまではわからない距離に思えたが、今の状態を家族に見られるのは少し恥ずかしかった。

(そろそろ膝から降りてもいいかしら……?)

 そんなことを思って遠くを見ていると、不意にリーゼロッテの口の中に甘い味が広がった。

 驚いて視線を戻すと、リーゼロッテの口に何かを押し込んだジークヴァルトの指が、ゆっくりと離れていくのが目に入った。

(この前もらったショコラのお菓子だわ!)

 お礼の手紙に、その菓子が一番好きだと書いた気がする。
 口どけのいいチョコレートが、口内に広がって甘くゆっくりと溶けていく。甘酸っぱい果実のソースがとろりと出てきて、程よい酸味がその甘さにアクセントを与えている。

 リーゼロッテは思わず目を閉じてその味を堪能してしまった。あまりの美味しさに、ほう、とため息をつく。

(って、そうじゃなくて)

 はっと我に返り、早く膝から降りなくてはと思った瞬間、ジークヴァルトが再び菓子を差し入れてきた。丸くて小さなショコラを押し込むとき、ジークヴァルトの親指がリーゼロッテの唇にふにと触れた。

(ヴァルト様の指が……)

 唇に残る甘くしびれるような感触に驚いて、ふたつ目のチョコは味がわからないまま、口の中であっという間に溶けてなくなった。

 そんなリーゼロッテを気にする様子もなく、ジークヴァルトは自分の親指についた溶けたチョコをじっと見つめている。しばらく考え込んだ様子だったジークヴァルトが、その指先のチョコをぺろりと舐めとった。

「甘いな」

 眉間にしわを寄せてそう言うと、「菓子はもう終わりだ」とリーゼロッテに向かって言った。

(舐めた! 舐めたよこの人!)

 二の句を告げられずにリーゼロッテが口をぱくぱくしていると、「残りは屋敷に届けてある」とつけ加えて、ジークヴァルトはリーゼロッテの頭をポンポンとあやすようにたたいた。

 まるでお菓子がなくなって拗ねている子供のように扱われて、リーゼロッテはどこをどう突っ込めばいいのかわからなくなった。お礼を言う場面なのかもよくわからなかったが、リーゼロッテは「ありがとうございます」とだけ小さな声で返した。

(この世界に間接キスの概念なんてないのよ)

 動揺を抑えつつ、ジークヴァルトの行動はただの餌づけであると結論づけた。子供の扱いに困っているから、この男はいつもおかしな行動をとるのだ。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...