ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
116 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
 馬上は想像以上に視界が高く、リーゼロッテは思わず身をすくませた。馬が進むとリーゼロッテの横向きの体がジークヴァルトの胸に押し付けられて、その頬が騎士服の胸に当たる。

 騎士服からふわりとたった香りに、リーゼロッテの鼓動がどきりと跳ねた。
(ヴァルト様の匂いだ……)

 整髪料なのか衣類の洗剤の残り香なのか、ジークヴァルトからいつも感じていたその香りに、王城で過ごした日々が急速に脳裏によみがえる。

 つい半月前の話なのに、ほぼ毎日ジークヴァルトと一緒にいたことを思い出したリーゼロッテは、無性に懐かしさと気恥ずかしさを覚えた。

 手綱を握るジークヴァルトの腕に挟まれるように座っていたが、馬が進むたびに上下に揺れるので、リーゼロッテは落ちたらと思うと急に怖くなった。ジークヴァルトの騎士服をつかむ手に、知らず力が入る。

 それに気づいたジークヴァルトは、片腕をリーゼロッテの腰に回した。引き寄せるように腕に力を入れると、ジークヴァルトは足を蹴って馬を走らせた。

 軽やかに走る馬は全力疾走には程遠かったが、リーゼロッテにしてみれば初めての体験だ。ジークヴァルトの腕のおかげで安定感は増したが、やはり上下に揺れる馬上が怖く感じられた。

「力を抜いて馬の動きに合わせてみろ。怖かったらしがみついていればいい」

 ペンダントの守り石が、リーゼロッテの顔の前で踊るように跳ねている。何を思ったのか、ジークヴァルトは手綱を手にしたまま、跳ねる守り石を器用につかみとった。

「ふぎゃ」

 リーゼロッテの口から淑女にあるまじき声が出る。こともあろうにジークヴァルトは、コルセットでできたささやかな胸の谷間に、守り石をその指で押し込んだのだ。

(ななななんてことするのよ!)

 しかも守り石が押し込まれたのは、リーゼロッテの龍のあざがある場所だった。馬が揺れるたびに、胸の間で石も揺れる。守り石があざに触れるたびにリーゼロッテは、ジークヴァルトがあざに触れたときと同じような熱を体に感じた。

「ふ、ゃ」

 切なそうに息を弾ませて、リーゼロッテはジークヴァルトの背に手を回した。
 ぎゅっとしがみついたリーゼロッテが、ジークヴァルトの胸にその頭をぐりぐりと押し付ける。その行動に驚いたジークヴァルトは、あわてて馬の速度を落としてその足を止めさせた。

「怖かったのか?」

 めずらしく動揺したような声でジークヴァルトが問うと、リーゼロッテはしがみついたまま涙目でジークヴァルトを見上げた。

「いいえ、そうではないのですが、石が……」
 肌に触れて熱いのだ、とは言えず、リーゼロッテは上気した顔をジークヴァルトの胸に再びうずめ、切なそうにすり寄った。

「おい」

 普段と違うリーゼロッテの行動に、ジークヴァルトは困惑した。リーゼロッテが頭を押し付けるたびに、ジークヴァルトの体も熱を帯び、みぞおちを中心に耐えがたく熱が広がった。

 ジークヴァルトはリーゼロッテに触れるたびに、それなりに熱を感じてはいたが、ここまで強く感じることはなかった。リーゼロッテがそこを刺激するたびに全身が熱を帯び、ジークヴァルトはいつになく動揺した。

 慌ててリーゼロッテの肩をつかんで体から離すと、ジークヴァルトは馬から降り、次にくったりしているリーゼロッテを抱えて馬上から降ろした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

処理中です...