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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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ほどなくして馬車は、開けた丘の上で停車した。馬車を降りると、一面の白い花が広がった大きな花畑だった。この花は、ダーミッシュ領にしか咲かない高山植物で、領地にはあふれるほど咲いているありふれた花だった。
さわやかな風が吹くと、ふわっと花の芳香が広がる。
「お義母様とおなじ香りがしますわ」
リーゼロッテがそう言うと、クリスタはおかしそうに笑った。
「あらだって、この花を使った香水をつけているもの」
「え? そうなのですか?」
「おや、リーゼは覚えていないのかい? この花で香水を作ろうと言い出したのはリーゼなのに」
馬から降りたフーゴがそう言った。
「わたくしが、そのようなことを……?」
「ああ、そうだよ。リーゼのおかげでダーミッシュ領に大きな特産品ができたのだよ」
記憶をたどると、小さい時にそんなことを言ったような記憶もある。
何も特産のないダーミッシュ領を嘆いていたフーゴを見て、目の前に掃いて捨てるほど咲いている花があったので香水でも作ってみてはと軽い気持ちで言ったのだ。
転生令嬢ものにあるような香水とかコスメとかを作ってしまうチートにあこがれたが、自分の持つ日本の知識は全くと言っていいほど役に立たなかった。
(いやだって、ふつうコスメとかドラッグストアで買うでしょう。キャン〇イクとか、ちふ〇とか、セザ〇ヌとかコスパのいいものいっぱいあるし)
香水などは自分で使ったことがあったかどうかも怪しいくらいだ。
香りのいい花が無駄に咲いているのを見て香水でもと思ったのだが、実際に香水の作り方が分かるわけでもない。それが製品化したというなら、子供の思いつきを形にした、領地の技術者の努力の賜物だろう。
「まあ。子供の戯れを形にできるなんて。領地のみなのおかげですのね」
リーゼロッテは自領の産業のことなど、まったく気に留めていなかったことを恥ずかしく思った。領民が汗水流して働いているからこそ、今の自分の生活があるというのに。
そのことをフーゴに話すと、フーゴは驚いたように言った。
「何を言っているのだ。可愛いリーゼの助言があったからこそ、今の領地があるのだよ。領民はみなそのことを承知しているし、リーゼは領民にとっては富をもたらしてくれた奇跡の妖精なのだから」
妖精、というキーワードにリーゼロッテはピクリと反応した。
「なぜ、妖精なんですの?」
リーゼロッテのその問いに、フーゴは満面の笑みで答えた。
「それは、リーゼが自分で言ったのだよ。当時三つだったリーゼが香水なんて突然言い出すものだから、どこでそんなことを知ったのか聞いたら、自分は妖精の生まれ変わりでその記憶が残っていると」
その答えに、リーゼロッテはぐふっと脳内で声を上げていた。妖精呼ばわりの元凶は自分であったのか。
(そう言えば、子供のころは脳内突っ込みが外にもれ出てしまうこともあったけ……)
小さいときはもれ出た脳内突っ込みを、妖精という言葉でごまかしていたような気がしなくもない。今の年齢でそれが通用するはずもなく、今後は今まで以上に気をつけようと誓ったリーゼロッテだった。
いつの間にか使用人たちが、テーブルの上にお屋敷で作ってきた料理を並べていた。椅子とテーブルは、荷台に積んで運んできたようだ。
ピクニックとなにかが違うとリーゼロッテは思ったが、貴族がゴザを敷いて手づかみでお弁当をほおばるわけにはいかないかと納得した。
さわやかな風が吹く青空の下で、食べる食事は格別だった。屋敷の料理人が腕をふるった料理はいつも以上においしかったし、どれもリーゼロッテの大好きな物ばかりだ。何より、家族が揃って、みんなが笑顔でいることがうれしかった。
「……何かしら?」
護衛の職務中だからと、控えめに伯爵一家を見守っていたアデライーデが、ふと緊張した声で顔を上げた。
そばにいたダーミッシュ家の護衛の男は、アデライーデの見ている方向に目をやるが、何も変わったものは確認できず訝し気な顔をする。しかし、程なくしてその方向から馬を駆る人影が近づいてくるのが目に入った。
ダーミッシュ領は平和で、護衛たちはわりとのんびりとすごしていた。アデライーデの緊張感に触れ、護衛の男はこの令嬢は伊達に騎士団に所属してないのだと、その身を引きしめた。
「あのバカ、何をしにきたのかしら」
横にいたアデライーデが緊張を解いた様子でそう呟いたので、護衛の男は近づいてくる馬影に目をやった。
襲歩で近づいていた馬は、やがて速歩となってこちらに向かっている。馬上の人物は、黒衣の騎士服を纏った黒髪の青年であることに護衛は気がついた。
近づくほどに、その青年からは妙な威圧感を感じる。黒衣の騎士は少し乱れた黒髪をなびかせ、ピクニックを楽しんでいた一同の近くへと馬を進めた。
「ジークヴァルト様!?」
リーゼロッテが驚いたようにその名を口にした。
馬上から無表情で見下ろすジークヴァルトは、麗らかな陽の光の下をもってしても、その場にいたほとんどの人間を震えさせ、すくみ上らせたのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。突然現れたジークヴァルト様にさらわれたわたしは、例のごとく突拍子もない行動に翻弄されて!? わざとなのか天然なのか、もう判断がつきません!
次回、第21話「あまい果実」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
さわやかな風が吹くと、ふわっと花の芳香が広がる。
「お義母様とおなじ香りがしますわ」
リーゼロッテがそう言うと、クリスタはおかしそうに笑った。
「あらだって、この花を使った香水をつけているもの」
「え? そうなのですか?」
「おや、リーゼは覚えていないのかい? この花で香水を作ろうと言い出したのはリーゼなのに」
馬から降りたフーゴがそう言った。
「わたくしが、そのようなことを……?」
「ああ、そうだよ。リーゼのおかげでダーミッシュ領に大きな特産品ができたのだよ」
記憶をたどると、小さい時にそんなことを言ったような記憶もある。
何も特産のないダーミッシュ領を嘆いていたフーゴを見て、目の前に掃いて捨てるほど咲いている花があったので香水でも作ってみてはと軽い気持ちで言ったのだ。
転生令嬢ものにあるような香水とかコスメとかを作ってしまうチートにあこがれたが、自分の持つ日本の知識は全くと言っていいほど役に立たなかった。
(いやだって、ふつうコスメとかドラッグストアで買うでしょう。キャン〇イクとか、ちふ〇とか、セザ〇ヌとかコスパのいいものいっぱいあるし)
香水などは自分で使ったことがあったかどうかも怪しいくらいだ。
香りのいい花が無駄に咲いているのを見て香水でもと思ったのだが、実際に香水の作り方が分かるわけでもない。それが製品化したというなら、子供の思いつきを形にした、領地の技術者の努力の賜物だろう。
「まあ。子供の戯れを形にできるなんて。領地のみなのおかげですのね」
リーゼロッテは自領の産業のことなど、まったく気に留めていなかったことを恥ずかしく思った。領民が汗水流して働いているからこそ、今の自分の生活があるというのに。
そのことをフーゴに話すと、フーゴは驚いたように言った。
「何を言っているのだ。可愛いリーゼの助言があったからこそ、今の領地があるのだよ。領民はみなそのことを承知しているし、リーゼは領民にとっては富をもたらしてくれた奇跡の妖精なのだから」
妖精、というキーワードにリーゼロッテはピクリと反応した。
「なぜ、妖精なんですの?」
リーゼロッテのその問いに、フーゴは満面の笑みで答えた。
「それは、リーゼが自分で言ったのだよ。当時三つだったリーゼが香水なんて突然言い出すものだから、どこでそんなことを知ったのか聞いたら、自分は妖精の生まれ変わりでその記憶が残っていると」
その答えに、リーゼロッテはぐふっと脳内で声を上げていた。妖精呼ばわりの元凶は自分であったのか。
(そう言えば、子供のころは脳内突っ込みが外にもれ出てしまうこともあったけ……)
小さいときはもれ出た脳内突っ込みを、妖精という言葉でごまかしていたような気がしなくもない。今の年齢でそれが通用するはずもなく、今後は今まで以上に気をつけようと誓ったリーゼロッテだった。
いつの間にか使用人たちが、テーブルの上にお屋敷で作ってきた料理を並べていた。椅子とテーブルは、荷台に積んで運んできたようだ。
ピクニックとなにかが違うとリーゼロッテは思ったが、貴族がゴザを敷いて手づかみでお弁当をほおばるわけにはいかないかと納得した。
さわやかな風が吹く青空の下で、食べる食事は格別だった。屋敷の料理人が腕をふるった料理はいつも以上においしかったし、どれもリーゼロッテの大好きな物ばかりだ。何より、家族が揃って、みんなが笑顔でいることがうれしかった。
「……何かしら?」
護衛の職務中だからと、控えめに伯爵一家を見守っていたアデライーデが、ふと緊張した声で顔を上げた。
そばにいたダーミッシュ家の護衛の男は、アデライーデの見ている方向に目をやるが、何も変わったものは確認できず訝し気な顔をする。しかし、程なくしてその方向から馬を駆る人影が近づいてくるのが目に入った。
ダーミッシュ領は平和で、護衛たちはわりとのんびりとすごしていた。アデライーデの緊張感に触れ、護衛の男はこの令嬢は伊達に騎士団に所属してないのだと、その身を引きしめた。
「あのバカ、何をしにきたのかしら」
横にいたアデライーデが緊張を解いた様子でそう呟いたので、護衛の男は近づいてくる馬影に目をやった。
襲歩で近づいていた馬は、やがて速歩となってこちらに向かっている。馬上の人物は、黒衣の騎士服を纏った黒髪の青年であることに護衛は気がついた。
近づくほどに、その青年からは妙な威圧感を感じる。黒衣の騎士は少し乱れた黒髪をなびかせ、ピクニックを楽しんでいた一同の近くへと馬を進めた。
「ジークヴァルト様!?」
リーゼロッテが驚いたようにその名を口にした。
馬上から無表情で見下ろすジークヴァルトは、麗らかな陽の光の下をもってしても、その場にいたほとんどの人間を震えさせ、すくみ上らせたのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。突然現れたジークヴァルト様にさらわれたわたしは、例のごとく突拍子もない行動に翻弄されて!? わざとなのか天然なのか、もう判断がつきません!
次回、第21話「あまい果実」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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