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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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「子供の頃のジークヴァルト様はどんな感じだったのですか?」

 アデライーデは少し考えた後、「今のまんまよ」と答えた。

 ジークヴァルトは昔から無表情で、感情の機微に乏しい子供だった。口数も少なく、合理主義で無駄なことが嫌いな、可愛げのない弟だった。必要なことは黙々とこなしてはいたが、物に執着するということが全くなかった。

 ジークヴァルトが心を開いていたのは、それこそあの黒馬だけだったのではないだろうか。ジークヴァルトが愛馬を失った時の様子は、まわりが見ていられないほどそれはひどいものだったから。

 そんなことを思いながら、アデライーデはリーゼロッテをじっと見つめた。

 その視線に小首をかしげながら微笑んだリーゼロッテは、次の瞬間、アデライーデにぎゅっと抱きしめられていた。

(失えないわ、絶対に)

「アデライーデ様?」
「ジークヴァルトを見捨てないでやってね?」

 さびしげな表情で微笑むアデライーデに、リーゼロッテは困惑した。

(見捨てるなと言われても、ヴァルト様は託宣の相手なのだから、むしろ一蓮托生なんじゃ……)

 アデライーデの真意がつかめないリーゼロッテは、「もちろんですわ、お姉様」と曖昧に微笑みを返した。

「それにしても、ヴァルト様は馬にお乗りになれるのですね」

 リーゼロッテがうらやましそうに言うと、アデライーデは一瞬だけきょとんとした顔をした。

「ああ、ヴァルトはそういう話はしてないのね。公爵領は馬の産地で有名なのよ。公爵家の人間は、男女問わず子供の頃から馬に慣れ親しんでいるわ」
「まあ、そうなのですね。……申し訳ございません。わたくし勉強不足ですわね」

 言われてみれば、公爵家の家紋には馬があしらわれている。リーゼロッテは今さらながらに、嫁ぐ予定の公爵領について何も知らないことに気がついた。領地の事どころか、ジークヴァルトに姉がいたことすらつい最近知ったのだ。

 父親であるジークフリートに会ったのは子供の時の一回だけだし、ジークヴァルトの母親に至っては名前さえ知らなかった。さすがにこの状態はまずいのではないだろうか。

「まあ、そんなのは嫁いでから知ればいいことよ。むしろヴァルトにまかせとけば知らなくていいわ」
「そのようなわけには……」

 困ったような顔をしているリーゼロッテに、アデライーデは内心、嫁げばそれどころではなくなるのよ、と苦笑した。
 今はまだ知らなくていい。

(逃げられたりしたら困るものね)

「それより、リーゼロッテは馬に乗ったことはある?」
 アデライーデは話を変えるように明るく言った。

「いいえ。でも乗馬はあこがれますわ」
 そこまで言って、リーゼロッテはしゅんとした顔になる。

「ですがわたくし、昔からなぜか動物に嫌われてしまって……。きっと馬には乗れませんわ」
 リーゼロッテは、昔から犬・猫・鳥など、様々な動物と遭遇するたび、怯えられたり威嚇されたりしていた。日本の記憶では、動物は大好きだった覚えしかないのだが。

「あら、もしかしたら、それは例の小鬼のせいじゃなくって?」

 アデライーデにそう言われたリーゼロッテは、ぱあぁっと顔を明るくした。

「まあ、わたくし気づきませんでしたわ。さすがですわ、アデライーデ様」

 動物たちが、リーゼロッテに憑いた異形たちにおびえていたのなら、今の自分を怖がることはないかもしれない。
 キラキラした瞳で尊敬のまなざしを向けられたアデライーデは苦笑しつつ、この子の方が小動物っぽいわと、そんなことを思った。

「だったら、今度出かけるときにわたしが馬に乗せてあげるわ」
「まあ、うれしいですわ、アデライーデ様」

 みなでピクニックに行くことになっていたので、そのときに馬に乗せてもらえるかもしれない。

(ああ、アデライーデ様がオスカルに見えてきたわ)

 騎士服のアデライーデと一緒に馬に乗っている姿を想像したリーゼロッテは、ベルばら的世界を想像して、「きゃっ」とひとり脳内で悶えていた。

 義父フーゴの仕事の調整待ちな状態だったので、ピクニックはいつ行けるかはまだわからないが、リーゼロッテはますます楽しみで仕方なくなってきた。

(遠足の前日の子供みたい)

 リーゼロッテは自分でも浮かれすぎだと感じていたが、異世界に転生してから外に自由に遊びに行くなど初めてのことだ。そこら中をくるくる回って、よろこびを表現したいくらいだった。

 成人を迎える誕生日を目前とした令嬢が、家族とのお出かけにうきうきしている様を見てアデライーデは、余程リーゼロッテは狭く不自由な生活をしていたのだなと、改めて思っていた。
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