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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
番外編 伯爵家の面接風景
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五人前の朝食をぺろりとたいらげて一息ついていたところに、義弟のルカが部屋を訪ねてきた。
「義姉上、今日は使用人の面接の日ですので、お迎えにあがりました」
九歳とは思えない優雅な動作で、ルカは騎士のように恭しくリーゼロッテに手を差しのべた。
ルカは、亜麻色の髪と水色の瞳の、なんとも可愛らしい男の子である。目に入れても絶対に痛くない。その可愛いさは、もう、食べてしまいたいほどである。
背丈はまだまだリーゼロッテの方が高いが、あと数年もすればきっとかなりのイケメンに育つだろう。未来のダーミッシュ伯爵として、社交界で令嬢の引く手あまたの貴公子になるに違いない。
(だめよ。まだわたしだけのルカでいて!)
何も言わずにリーゼロッテはひしとルカを抱きしめた。
「あ、義姉上」
照れて困ったようにルカが顔を赤らめる。差し出していた手が宙をさまよって、行き場に困っているようだ。
(ああ、可愛すぎる)
家族のことをいえないくらい、リーゼロッテは超がつくほどのブラコンなのであった。
ルカに手を引かれて、リーゼロッテはお屋敷の長い廊下を歩いていく。
廊下をリーゼロッテが歩くと必ず一度は転ぶのだが、ルカが手を引いてくれると、なぜだか何事もなくスムーズに歩けるのだ。
どんなに慎重にすり足で歩いても、いきなり足を引っかけられたかのようにリーゼロッテは転んでしまう。
どれだけ運動神経がないのだろうと、自分でもあきれてしまうのだが、こればかりはどうしようもない。最近ではすっかりあきらめ、痛くない転び方、かつ令嬢にふさわしく優雅に見える転び方を研究し模索する毎日であった。
今ふたりが目指しているは、父親の執務室である。
「父上、義姉上をお連れしました」
ルカがノックすると、家令のダニエルが扉を開けて、恭しくリーゼロッテを部屋の中へいざなった。
「おお、わたしの可愛いリーゼ。今日も愛らしすぎて、もう、食べちゃいたいくらいだ」
ダーミッシュ伯爵であるフーゴは、立ち上がってリーゼロッテをその両手で抱きしめた。
「本当だわ、わたしの可愛いリーゼ。目に入れても絶対に痛くないわ」
奥のソファに座っていた母親のクリスタも、リーゼロッテを抱きしめてその頬にキスをする。
亜麻色の髪に水色の瞳のクリスタとルカは、母息子でそっくりな顔立ちをしている。フーゴはブラウンの髪に、やはり水色の瞳をしていた。
この家族にして、ハニーブロンドに緑色の瞳をしたリーゼロッテは、血を分けた家族というにはあまりにも異質な存在であった。
リーゼロッテは三歳の時に養子に入った。当時子供がいなかったダーミッシュ伯爵夫妻は王命をたまわり、リーゼロッテを養女として迎え入れたのだ。
その翌年にルカが誕生したが、夫妻はふたりを分け隔てすることなく愛情をもって育ててくれた。ひきこもりなリーゼロッテがこうも明るく生きてこられたのも、この家族のあふれんばかりの愛情あってこそだった。
時々、そのなみなみならぬ愛に溺れそうになるけれども、ダーミッシュ家の一員として、リーゼロッテは幸せを感じずにはいられなかった。
「では、早速面接を始めようか。ダニエル」
ダニエルは心得たとばかりに面接予定の者を案内する。
ルカ、フーゴ、クリスタ、リーゼロッテの順番に腰かけている部屋に、本日、面接する四人の使用人候補が連れてこられた。みな頭を下げ、伯爵であるフーゴに礼を取っている。
「顔を上げなさい」
フーゴがそう言うと、四人は恐る恐る顔を上げた。面接までこぎつけた者はみな、しかるべき推薦状を持った素性がしっかりした者たちである。
しかし、ダーミッシュ家では、それ以上に採用条件に重要な項目があった。それは、リーゼロッテに対する反応である。
なぜだか理由はわからないのだが、リーゼロッテを目の前にして、あまりにも失礼な態度をとる人間が少なからずいるからだ。
青ざめるくらいならまだいい。もちろん採用などしないが。
こんなにも愛らしいリーゼロッテを前にして、悪魔だなんだと騒ぎ立てる者までいた。そんな者は永久にダーミッシュ家出入り禁止だ。
出入りの業者も、このリーゼロッテの面接をクリアしたものだけが、ダーミッシュ家ご用達となることを許されている。ちなみにエラは、満場一致で即採用が決定した。
今回の面接者は、中年男性に、ひ弱そうなひょろっとした青年、メタボ気味な中年女性に、ルカと同じか年下くらいのそばかすがかわいい少年であった。
一人目の中年男性がフーゴに自己紹介をし、クリスタ、ルカ、そしてリーゼロッテに視線をやると、その顔がぶるぶると青ざめだした。
二人目の青年も同様に青ざめ、リーゼロッテを見たとたん「神よ」と小さくつぶやいた。
中年女性に至っては、言葉を発する前に泡を吹いて気絶してしまった。
最後に残ったそばかすの少年は、リーゼロッテを見ると恥ずかしそうに目をそらした。ちらりとリーゼロッテを見やり、さらに赤くなって目をそらす、それを何度か繰り返した。
リーゼロッテがにこりと少年に微笑むと、ゆでだこのようになって手に持っていた帽子でその顔をかくしてしまった。
「なんかムカつくから不採用」
ルカがボソリとつぶやいたが、この日ダーミッシュ家に召し抱えられたのは、この少年ただ一人だけであった。
好待遇のダーミッシュ家への就職は、倍率が高い上、採用基準がとても厳しい。他家の使用人の間でもこれは常識である。
最終選考に残れた者でも、最終的に採用されるのはほんの一握りの難関であった。
採用されたものは口をそろえて言う。
ダーミッシュ家には妖精のような可憐で儚げな姫がいると。
その一方で、ダーミッシュ家の令嬢は、黒い悪霊を身にまとった、悪魔の令嬢だという噂が確実に存在した。
ほとんどの者は、採用されなかった逆恨みだろうと相手にしなかったが、その噂が真実か否か、それを知る者は数少ない。
今日もダーミッシュ家は、笑顔が絶えない愛情あふれる一日をすごしている。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。十五歳の誕生日を迎える直前、家族のみんなでピクニックにでかけることに! アデライーデ様に馬に乗せてもらえることになったわたしは、初めての乗馬にテンションあげあげです! そんなとき、ヴァルト様から手紙が届いて……?
次回第20話「不機嫌の肖像」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
「義姉上、今日は使用人の面接の日ですので、お迎えにあがりました」
九歳とは思えない優雅な動作で、ルカは騎士のように恭しくリーゼロッテに手を差しのべた。
ルカは、亜麻色の髪と水色の瞳の、なんとも可愛らしい男の子である。目に入れても絶対に痛くない。その可愛いさは、もう、食べてしまいたいほどである。
背丈はまだまだリーゼロッテの方が高いが、あと数年もすればきっとかなりのイケメンに育つだろう。未来のダーミッシュ伯爵として、社交界で令嬢の引く手あまたの貴公子になるに違いない。
(だめよ。まだわたしだけのルカでいて!)
何も言わずにリーゼロッテはひしとルカを抱きしめた。
「あ、義姉上」
照れて困ったようにルカが顔を赤らめる。差し出していた手が宙をさまよって、行き場に困っているようだ。
(ああ、可愛すぎる)
家族のことをいえないくらい、リーゼロッテは超がつくほどのブラコンなのであった。
ルカに手を引かれて、リーゼロッテはお屋敷の長い廊下を歩いていく。
廊下をリーゼロッテが歩くと必ず一度は転ぶのだが、ルカが手を引いてくれると、なぜだか何事もなくスムーズに歩けるのだ。
どんなに慎重にすり足で歩いても、いきなり足を引っかけられたかのようにリーゼロッテは転んでしまう。
どれだけ運動神経がないのだろうと、自分でもあきれてしまうのだが、こればかりはどうしようもない。最近ではすっかりあきらめ、痛くない転び方、かつ令嬢にふさわしく優雅に見える転び方を研究し模索する毎日であった。
今ふたりが目指しているは、父親の執務室である。
「父上、義姉上をお連れしました」
ルカがノックすると、家令のダニエルが扉を開けて、恭しくリーゼロッテを部屋の中へいざなった。
「おお、わたしの可愛いリーゼ。今日も愛らしすぎて、もう、食べちゃいたいくらいだ」
ダーミッシュ伯爵であるフーゴは、立ち上がってリーゼロッテをその両手で抱きしめた。
「本当だわ、わたしの可愛いリーゼ。目に入れても絶対に痛くないわ」
奥のソファに座っていた母親のクリスタも、リーゼロッテを抱きしめてその頬にキスをする。
亜麻色の髪に水色の瞳のクリスタとルカは、母息子でそっくりな顔立ちをしている。フーゴはブラウンの髪に、やはり水色の瞳をしていた。
この家族にして、ハニーブロンドに緑色の瞳をしたリーゼロッテは、血を分けた家族というにはあまりにも異質な存在であった。
リーゼロッテは三歳の時に養子に入った。当時子供がいなかったダーミッシュ伯爵夫妻は王命をたまわり、リーゼロッテを養女として迎え入れたのだ。
その翌年にルカが誕生したが、夫妻はふたりを分け隔てすることなく愛情をもって育ててくれた。ひきこもりなリーゼロッテがこうも明るく生きてこられたのも、この家族のあふれんばかりの愛情あってこそだった。
時々、そのなみなみならぬ愛に溺れそうになるけれども、ダーミッシュ家の一員として、リーゼロッテは幸せを感じずにはいられなかった。
「では、早速面接を始めようか。ダニエル」
ダニエルは心得たとばかりに面接予定の者を案内する。
ルカ、フーゴ、クリスタ、リーゼロッテの順番に腰かけている部屋に、本日、面接する四人の使用人候補が連れてこられた。みな頭を下げ、伯爵であるフーゴに礼を取っている。
「顔を上げなさい」
フーゴがそう言うと、四人は恐る恐る顔を上げた。面接までこぎつけた者はみな、しかるべき推薦状を持った素性がしっかりした者たちである。
しかし、ダーミッシュ家では、それ以上に採用条件に重要な項目があった。それは、リーゼロッテに対する反応である。
なぜだか理由はわからないのだが、リーゼロッテを目の前にして、あまりにも失礼な態度をとる人間が少なからずいるからだ。
青ざめるくらいならまだいい。もちろん採用などしないが。
こんなにも愛らしいリーゼロッテを前にして、悪魔だなんだと騒ぎ立てる者までいた。そんな者は永久にダーミッシュ家出入り禁止だ。
出入りの業者も、このリーゼロッテの面接をクリアしたものだけが、ダーミッシュ家ご用達となることを許されている。ちなみにエラは、満場一致で即採用が決定した。
今回の面接者は、中年男性に、ひ弱そうなひょろっとした青年、メタボ気味な中年女性に、ルカと同じか年下くらいのそばかすがかわいい少年であった。
一人目の中年男性がフーゴに自己紹介をし、クリスタ、ルカ、そしてリーゼロッテに視線をやると、その顔がぶるぶると青ざめだした。
二人目の青年も同様に青ざめ、リーゼロッテを見たとたん「神よ」と小さくつぶやいた。
中年女性に至っては、言葉を発する前に泡を吹いて気絶してしまった。
最後に残ったそばかすの少年は、リーゼロッテを見ると恥ずかしそうに目をそらした。ちらりとリーゼロッテを見やり、さらに赤くなって目をそらす、それを何度か繰り返した。
リーゼロッテがにこりと少年に微笑むと、ゆでだこのようになって手に持っていた帽子でその顔をかくしてしまった。
「なんかムカつくから不採用」
ルカがボソリとつぶやいたが、この日ダーミッシュ家に召し抱えられたのは、この少年ただ一人だけであった。
好待遇のダーミッシュ家への就職は、倍率が高い上、採用基準がとても厳しい。他家の使用人の間でもこれは常識である。
最終選考に残れた者でも、最終的に採用されるのはほんの一握りの難関であった。
採用されたものは口をそろえて言う。
ダーミッシュ家には妖精のような可憐で儚げな姫がいると。
その一方で、ダーミッシュ家の令嬢は、黒い悪霊を身にまとった、悪魔の令嬢だという噂が確実に存在した。
ほとんどの者は、採用されなかった逆恨みだろうと相手にしなかったが、その噂が真実か否か、それを知る者は数少ない。
今日もダーミッシュ家は、笑顔が絶えない愛情あふれる一日をすごしている。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。十五歳の誕生日を迎える直前、家族のみんなでピクニックにでかけることに! アデライーデ様に馬に乗せてもらえることになったわたしは、初めての乗馬にテンションあげあげです! そんなとき、ヴァルト様から手紙が届いて……?
次回第20話「不機嫌の肖像」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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