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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
第15話 母の面影
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「小鬼は視えるな?」
「はい、視えますわ」
ジークヴァルトの問いに、リーゼロッテは神妙な顔で頷いた。
ふたりは王太子用の応接室のソファに並んで腰かけていた。リーゼロッテは、ジークヴァルトの守り石をその手に握りしめている。
目の前のテーブルには、カイの淹れた紅茶が置かれ、その横、リーゼロッテの正面に一匹の小さな異形の者がうそうそと蠢いていた。
ジークヴァルトは大きな手を伸ばし、リーゼロッテが手にするペンダントを無言で取り上げた。リーゼロッテはその動きを黙って目で追う。
「どうだ、視えるか?」
ジークヴァルトは再び問いかけた。
リーゼロッテが視線を目の前のテーブルに戻すと、そこにいたはずの異形の姿が消えている。
「……視えないですわ」
リーゼロッテが絶望的な顔でそう言うと、それを後ろで見ていたカイが盛大にため息をついた。
「結局、振り出しに戻ったってだけ?」
あの日、王城に集まった異形たちは、リーゼロッテの力によってそのほとんどが浄化された。城内で起きていた体調不良や怪我の発生なども、あれ以来なりをひそめている。
それどころか、肩こり・腰痛・古傷の痛みなど、関係ないようなものまで改善したという者が続出していた。
城下町である王都ビエルサールでは、その日は犯罪の発生がほとんどなかったとの報告も上がっている。
異形はどこからか集まってくるので、ちらほらと再びその姿を現していたが、それはどこでも普段からいる程度の数であった。
「あれだけ強烈な力をぶちかましておいて、何この体たらく」
あきれたようなカイの言葉に、リーゼロッテは追い打ちをかけられた。リーゼロッテはジークヴァルトの守り石なしでは、やはり異形を視ることはできなかったのだ。
「カイ、それくらいにしておけ」
ハインリヒもカイの意見に概ね同感だったが、リーゼロッテを責めてもどうしようもなかった。
リーゼロッテは領地の屋敷で、日中は異形に取りつかれ、毎夜眠りと共に守護者の力を解放しては、それらの浄化を繰り返していたのだ。
毎晩のように見る夢は、浄化を夢で具現化したものだろうということに落ち着いた。
王城に来てから見る悪夢は、力が解放できずに、それであんなに消化不良の内容だったのだと、リーゼロッテは妙に納得した。
(あの日見た夢は、久しぶりにやりがいがあったもの)
翌日に目が覚めたときは、夢のせいか寝足りなくてしばらくぼんやりしていたが、心はいつになく晴れやかだった。起きがけにエラにクッキーを食べさせてもらうのも久しぶりで、王城に来てからは初めてのことだった。
ハインリヒ王子の説明では、浄化の力を使い果たすとお腹がすいて力が出なくなるらしい。領地でのこれまでの食生活は、エネルギー切れのせいだったのだと、リーゼロッテはこれまたおおいに納得した。
(あの日、夢の中でジークヴァルト様にクッキーを食べさせてもらっていたような気もするけれど……)
リーゼロッテは気づいたらいつもの客間のベッドの上だった。
このままリーゼロッテを領地に帰しても、リーゼロッテが自分の意思で異形を浄化できないことにはどうにもならなかった。
眠りについたリーゼロッテが放つ力はあまりにも強く、ハインリヒにはその身を削っているように感じられた。このままその状態を放置するのは、リーゼロッテにとってあまりにも危険だった。
かといって、ジークヴァルトの守り石を身につけて、ずっと力を放出しないでいるのもリーゼロッテの命に関わる状態だ。それに、力をためすぎると、また同じように異形たちが集まってくるだろう。
「でも、どうして眠りが力の解放になるって分かったんです?」
「ジークハルト様が教えてくださったのです」
カイの疑問にリーゼロッテが答えると、カイはその目を見開いた。
「ジークヴァルト様の守護者が?」
だったらもっと早く教えてくれればいいのに、とあきれたように言った。
「おもしろいから黙っていた、と言っている」
不機嫌そうにジークヴァルトは、宙を睨みつけた。
「奴が言うには、あれはダーミッシュ嬢の守護者の力らしい。ダーミッシュ嬢がもっと守護者と同調できれば、力を制御できるかもしれない」
ジークヴァルトの言葉に、ハインリヒは「そうか」とつぶやいた。
「はい、視えますわ」
ジークヴァルトの問いに、リーゼロッテは神妙な顔で頷いた。
ふたりは王太子用の応接室のソファに並んで腰かけていた。リーゼロッテは、ジークヴァルトの守り石をその手に握りしめている。
目の前のテーブルには、カイの淹れた紅茶が置かれ、その横、リーゼロッテの正面に一匹の小さな異形の者がうそうそと蠢いていた。
ジークヴァルトは大きな手を伸ばし、リーゼロッテが手にするペンダントを無言で取り上げた。リーゼロッテはその動きを黙って目で追う。
「どうだ、視えるか?」
ジークヴァルトは再び問いかけた。
リーゼロッテが視線を目の前のテーブルに戻すと、そこにいたはずの異形の姿が消えている。
「……視えないですわ」
リーゼロッテが絶望的な顔でそう言うと、それを後ろで見ていたカイが盛大にため息をついた。
「結局、振り出しに戻ったってだけ?」
あの日、王城に集まった異形たちは、リーゼロッテの力によってそのほとんどが浄化された。城内で起きていた体調不良や怪我の発生なども、あれ以来なりをひそめている。
それどころか、肩こり・腰痛・古傷の痛みなど、関係ないようなものまで改善したという者が続出していた。
城下町である王都ビエルサールでは、その日は犯罪の発生がほとんどなかったとの報告も上がっている。
異形はどこからか集まってくるので、ちらほらと再びその姿を現していたが、それはどこでも普段からいる程度の数であった。
「あれだけ強烈な力をぶちかましておいて、何この体たらく」
あきれたようなカイの言葉に、リーゼロッテは追い打ちをかけられた。リーゼロッテはジークヴァルトの守り石なしでは、やはり異形を視ることはできなかったのだ。
「カイ、それくらいにしておけ」
ハインリヒもカイの意見に概ね同感だったが、リーゼロッテを責めてもどうしようもなかった。
リーゼロッテは領地の屋敷で、日中は異形に取りつかれ、毎夜眠りと共に守護者の力を解放しては、それらの浄化を繰り返していたのだ。
毎晩のように見る夢は、浄化を夢で具現化したものだろうということに落ち着いた。
王城に来てから見る悪夢は、力が解放できずに、それであんなに消化不良の内容だったのだと、リーゼロッテは妙に納得した。
(あの日見た夢は、久しぶりにやりがいがあったもの)
翌日に目が覚めたときは、夢のせいか寝足りなくてしばらくぼんやりしていたが、心はいつになく晴れやかだった。起きがけにエラにクッキーを食べさせてもらうのも久しぶりで、王城に来てからは初めてのことだった。
ハインリヒ王子の説明では、浄化の力を使い果たすとお腹がすいて力が出なくなるらしい。領地でのこれまでの食生活は、エネルギー切れのせいだったのだと、リーゼロッテはこれまたおおいに納得した。
(あの日、夢の中でジークヴァルト様にクッキーを食べさせてもらっていたような気もするけれど……)
リーゼロッテは気づいたらいつもの客間のベッドの上だった。
このままリーゼロッテを領地に帰しても、リーゼロッテが自分の意思で異形を浄化できないことにはどうにもならなかった。
眠りについたリーゼロッテが放つ力はあまりにも強く、ハインリヒにはその身を削っているように感じられた。このままその状態を放置するのは、リーゼロッテにとってあまりにも危険だった。
かといって、ジークヴァルトの守り石を身につけて、ずっと力を放出しないでいるのもリーゼロッテの命に関わる状態だ。それに、力をためすぎると、また同じように異形たちが集まってくるだろう。
「でも、どうして眠りが力の解放になるって分かったんです?」
「ジークハルト様が教えてくださったのです」
カイの疑問にリーゼロッテが答えると、カイはその目を見開いた。
「ジークヴァルト様の守護者が?」
だったらもっと早く教えてくれればいいのに、とあきれたように言った。
「おもしろいから黙っていた、と言っている」
不機嫌そうにジークヴァルトは、宙を睨みつけた。
「奴が言うには、あれはダーミッシュ嬢の守護者の力らしい。ダーミッシュ嬢がもっと守護者と同調できれば、力を制御できるかもしれない」
ジークヴァルトの言葉に、ハインリヒは「そうか」とつぶやいた。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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