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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 びりびりとリーゼロッテにあてがわれた客間の壁が振動している。

 その時カイは、遠くから響いていた異形たちの咆哮が何か大きな力に飲まれ、やわらかく溶けていくのを感じていた。その力は、徐々にこの部屋にも近づいてきているようだ。どれだけ大きな力だと言うのだろうか。

 アンネマリーがエラの部屋から出てきた。
 先ほどまで三人でお茶を飲んでいたが、エラは異形の気にやられて気分が悪くなったようで部屋で休ませることにした。さすがの無知なる者でも、この数の異形には耐えられないということか。

「エラは今眠りましたわ」

 アンネマリーは少し疲れた顔で静かに言った。彼女の方は影響が少ないようだ。無知なる者にも力の差があるのかと、カイは興味深げに思った。

「アンネマリー嬢は気分が悪くなったりしてない?」
「はい、わたくしは問題ありませんわ」

 部屋に沈黙が訪れる。

 この部屋にはカイとアンネマリーしかいない。アンネマリーは居心地の悪さを覚えた。カイは人当たりこそ柔らかいが、どこか他人を拒絶しているようにアンネマリーはいつも感じていた。

 それに彼に関するよくない噂も耳にする。それは主に女性関係であった。噂を鵜呑みにしてはならないと身をもって感じていたアンネマリーだったが、カイに関しては、十中八九それは正しいのではないかと思っていた。

(エラの部屋にいたほうがいいかしら?)

 しかし、アンネマリーとカイは同じ侯爵家とはいえ、カイのデルプフェルト家の方が王家に近く、家格としては上だった。むげに扱うこともできない。この部屋での待機も王子の命であると言われれば、勝手に出ていくわけにもいかなかった。

 そのときアンネマリーは、ふわっと何か暖かいものに包まれる感覚を覚え、思わず周囲を見回した。と、いきなり目の前のカイが、半ば崩れ落ちるように片膝をついた。

「カイ様?」

 アンネマリーが肩に手を添えてのぞき込むと、カイは何とも苦しそうな顔をしていた。その額に脂汗が滲んでいる。
「だ、いじょうぶ」と床を凝視したまま言葉を紡いだカイは、どう見ても大丈夫そうには見えない。

 何か汗を拭く物をと、アンネマリーが立ち上がろうとすると、カイがその細い手首を乱暴につかんだ。そのままカイに抱きすくめられ、アンネマリーは体を硬直させた。

 膝立ちのまま、ふたりの距離がゼロになる。

「ごめん、ちょっとだけこうしてて」

 アンネマリーの肩に顔をうずめたカイが、うめくように言った。アンネマリーはカイを抱きしめ返すこともできずに、そのまま動けないでいた。
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